追憶メイド

 

 ステイドに恋をしている。

 もう、完全に恋だ。

 一方のステイドは、私に決して笑顔を見せない。

 まるで進展していないということだ。

 そろそろ、ステイドが屋敷で働きはじめてから、一年経ってしまう。

 何をしていたんだ私は……

 このまま、二度目の失恋をしてしまうのだろうか……

 いかん、いつになく弱気になってしまう。



 先日、ハームルから報告があった。


「ステイドさん、片想いしていると思います。私の勘ですけど。あの目は間違いないですよ!」


 なんだそのいらない情報は!!

 いや、いるけど、嬉しくない。


 ステイドに恋しい相手がいるだと……?

 認めたくない。

 私はまだこの想いを諦めていないぞ!


 手頃なところで、レドリーをとっちめてみた。


「まさかレドリーじゃないだろうな!!」


「いきなりなんの話ですか?」


「ステイドの恋の相手だ!!」


 事情を説明すると、レドリーは深いため息をついた。

 おい、雇い主の前だぞ。


「これだから鈍感馬鹿は……分かるだろう、普通……」


 ブツブツと私に聞こえない声で呟いている。


「私に聞こえるように言え。なんだ、悪い事をいわれているのは分かるんだからな!」


「ああ、はい。旦那様。言うまでもないかなと、思っていたんですが……」


「なんだ」


「使用人の身元調査はしておりますが、お渡しした資料に、ちゃんと目を通していますか?」


「………」


「見てないんですね? 焦らしてたとか、駆け引きとかではなくて、真面目に気付いていないんですよね?」


 どうしたものか。

 レドリーがなんの話をしているのか、さっぱり分からん。

 何故、使用人の身元調査の話になるのか。

 まさか、使用人の中に相手がいるということか?

 無言で考えていると、レドリーがまたため息をつく。


「分かっていない上、別の勘違いをしていそうなので、言っておきます。気になる女性の経歴を把握しておいてはいかがですか?

それと、使用人は皆知っていることですよ。直接言われたわけではありませんが」


「何で私だけ知らないんだ!?」


「いや、一年もみていれば分かりますよ。旦那様が鈍感すぎるんです」



 レドリーは引き際まで呆れ顔のまま、仕事に戻った。

 何だか貶されただけで終わった気がする。



 数日経った。

 まだアプローチの仕方は変えていない。

 会話は無理矢理しがみつく感じである。


「ステイド、聞いていいか?」


「駄目です」


「以前、怒らせてしまったけど、ステイドの髪のことで……」


「駄目って言いましたよね?」


「ステイドは、いつから髪を伸ばしているんだ?」


 ステイドの黒髪はずいぶん長い。

 コンプレックスと言っていたが、よく手入れされているようだ。

 ただ何気なく聞いただけだったのだが、

 ステイドは固まってしまった。


「ステイド?」


「人の話を聞く気がないなら話題を振らないでください」


「いや、あるよ!?」


「私にはありません」


「ないの!? いや、それはいつもの事だけど……ステイド、私はまた悪い事を聞いたかな……?」


 様子がいつもと違ったのだ。

 表情は無理に固めて、瞳は揺れている。

 泣き出しそうに見えた。


 私はそんなに、酷いことを言ってしまっただろうか?

 もしかすると、黒髪に並々ならぬトラウマがあるのかもしれない。

 私は何て事を! 彼女のトラウマを刺激してしまうとは!


 私が後悔の念に押し潰されそうになっていると、なんと、ステイドから話題をふってきた。


「旦那様は……願掛けなんて、なさらないでしょうね……」


「願掛け?」


 確かに、したことはないような気がする。

 私は全て実力で望みを叶えてきたのだからな。

 つまり、彼女は願掛けをしていて、髪を切らないのだろうか?


「迎えに来てくれるわけないのに……切れないんですよ。あの日から……」


 ステイドはいつも、正面から見つめ合うことを嫌がる。

 その彼女が、真っ直ぐ私を見た。


 横に流した前髪をあげたことで、顔がよく見えた。


 初めてまともにのぞきこんだ瞳に、遠い記憶が刺激される。


 この瞳は

 どこかで


 思い出す前に、ステイドが前髪と視線を戻してしまう。

 彼女が何を思ったか分からないが、どこか失望の色が見えた気がした。


「旦那様は、どうでもいいことは忘れる質ですか?」


「え? どうだろう……多分、積極的に覚えていようとは思わないだろうけど……」


 そうですか、と微かに聞こえた。


 次の言葉では、彼女は常の調子に戻った。

 冷たく、低い声だった。


「そういう事は、思い出さなくても結構ですよ。むしろ永遠に消し去ってください」


 ステイドは、その後は何も告げずに去ってしまった。

 普段通りの態度なのに、無性に不安になる。


 悲しげに見えたのは、私の思い過ごしだろうか?



 ステイドが、しばらく休暇がほしいと申し出た。

 もちろん、許可したが、詳しい行き先は教えたくないようだ。

 数日間、自由にしたいと。

 彼女のことを信頼しているので、深くは聞かなかった。

 ただ、私が、その態度を寂しく思うだけなのだ。







 何だかモヤモヤしたまま、無為に数日間が過ぎてしまった。

 ステイドは休暇中である。


 そんなある日のこと、一通の手紙が私のもとに届けられた。

 ごく個人的なもののようだが、誰からだ?


 送り主、ロズベルド・ホール


 ……いや、知らん。誰だ。

 ともかく読んでみるか。



 私は手紙を開封し、読み進めた。

 始めは、なんの事を言っているんだ?

 と思い、訝しんだが、内容を理解するにつれて、眉間にしわがよる。

 手が震えてきた。


 やがて、手紙を読み終えた。



 身体中に衝撃が走る。

 息が止まる。

 青天の霹靂である。



 手紙の一部を抜粋すると、こうだ。



 そちらで娘は健やかに過ごしていますか。

 もう一年にもなるので、娘の安否が気になります。

 もしよろしければ、二人で我が家にいらしてください。

 我が家に伝わる花嫁のベールを、娘に渡してあげたいのです。

 娘はインセント様以外は考えられないと言って、家を出ました。

 どうか、娘を、ステイド・エラ・ホールを、宜しくお願いします。


 ロズベルド・ホール





 もっと色々書いてあったが、大体こんな感じだ。


 私は二つの名前に驚いていた。

 ステイド。私の好きな人の名前だ。


 そして、エラは、初恋の君と同じである。


 まてまてまて。

 大体分かっている。理解はした。混乱しているだけだ。


 全ての疑問や違和感が溶けていく。

 レドリーの言葉の意味も、

 ステイドの態度も、

 そして………


 私が仕出かした、最低のことを。


 私はレドリーの元へ急いだ。

 私の鬼気迫る勢いに、若干たじろいでいたが、私が要求したものに、全て理解したようだ。

 すぐに、いつかレドリーが言っていたように、ステイドの経歴を確認する。







 彼女は、私に失望したのだ。

 愛しい女性が婚約者だと気付かず、一方的に破棄した。

 調べもしないで。


 彼女の言葉が脳裏をよぎる。


 ーー旦那様は……願掛けなんて、なさらないでしょうね……


 ーー切れないんですよ。あの日から……迎えに来てくれるわけないのに……



 あの日とは……私が彼女を捨てた日だ。


 何年も待っていてくれたのに。

 私は、エラを諦めてしまった。


 エラはステイドとして、私に会いに来た。


 ーーどうでもいいことは忘れる質ですか?



 どうして気付かなかったんだ!!


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