復讐メイド

 

 あのボンクラは、昔婚約破棄した女の事なんて覚えていないんでしょうね。


 私はステイド。今は訳あってメイドをしている。

 豪商の娘として生まれ、良家の子息と婚約を結んでいた。

 政略結婚になるはずだったが、私にとっては一時の僥倖だった。

 偶然出会い、恋した人が、婚約相手だったのだ。


 運命だと思った。

 しがない村娘を装っていたときに出会ったから、叶わない恋だと思っていたのにと、私はますます彼に夢中になった。


 まだ婚約者としての顔合わせはしていなかったが、調べればすぐ分かること。

 私もそれで彼との事を知っている。

 それに、顔合わせの日も近かったので、わざわざ言葉にすることはなかった。


 彼は別れを切り出さなかったし、当然、結婚に前向きでいてくれていると思っていた。


 そう思っていたのは私だけだったのだけど。


 彼は逃げたのだ、家の責任からも、私との結婚からも。

 最後に会ったときまでずっと優しかったのに。

 私と結婚する気なんてなかったのだ。


 もう、今考えると腸が煮えくり返るが、当時は本当に好きだったから、あり得ないほど泣いた。

 流石に家族には心配されて、頃合いをみて別の相手を宛がわれそうになった。


 他の人と結婚するなんて、考えられなかった。

 誤解の無いように言っておくと、別に彼とよりを戻したいなどと思っていない。


 女心を弄んだあの男に、復讐してやりたかったのだ。


 赦すまじ、インセント・パーカー。




 数年が経った。

 復讐の意志は変わっていない。

 私は家族に、好きな人がいるからどうしても結婚できない、と涙ながらに訴えた。

 私は復讐に身を費やすと決めた。

 勘当も覚悟の上だった。

 家を出て、奴の側へ行くつもりだ。

 しかし、激怒すると思っていた両親の反応は意外なものだった。

 私が一途にインセント・パーカーを想っていて、彼を追いかけたいのだと思ったらしい。

 私の意志を尊重する、必ず彼を取り戻して来なさい、と応援された。

 いずれこうなると思っていたとか言って、彼の現在の情報とともに、送り出されてしまった。


 感情の面では大きな違いはあるが、向かう先は一緒なので、面倒だから訂正しないでおいた。



 腹立たしいことに、あの頭の軽そうな男は成功していた。

 甘やかされて育ったかと思っていたが、しっかりした仕事をしているようだ。

 気にくわない。


 両親からの情報をもとに、奴の屋敷の求人に潜り込んだ。

 試験も面接も難なくクリア。

 私は出来る女だ。


 メイドとして働くに当たって、変装の用意をしていた。

 奴と最後に会ったときから髪を伸ばし続け、栗毛の髪を黒く染めた。

 自慢の栗毛を染めるのは、少し勿体ないと思う。


 栗毛の髪は、昔奴が褒めたことがあった。

 私は別に、それで自分の髪を好きになった訳ではない。

 断じてない。

 私は最初から栗色がお気に入りなのだ。



 職場は思ったより快適だ。

 給金は高いし、人間関係も良好。

 仕事もこなせている。

 復讐のことさえなければ、とても居心地がよく、ずっと働くのも良いかもしれない、なんて思うほど。


 復讐について、具体的なことは考えていなかった。

 逃がした魚は大きい作戦で、私自身が魅力的になってやると思ったこともあるが、一瞬鼻を明かすために長い努力をするのではなく、苦痛の瞬間を、より長く側で見届けたいと思った。

 今はチャンスを窺うのだ。


 取り合えず、幸せな恋愛はさせてなるものか。

 徹底的に邪魔してやる。

 あんな男、一生独身を貫けばいいのだ。



 私は奴に目をつけられたらしく、頻繁に口説かれるようになった。

 無論、本気にはしていない。

 中身を知らなければ、ただの色男だが……いや、私は騙されない。


「私はステイドにしか興味が無いんだ」


 奴はそう言うと、いつもの緩んだ顔ではなく、真剣な表情を作ってきた。


 顔が良いからって調子にのりおって……


「私は旦那様に微塵も興味がございません」


 ええ、ありませんとも。

 恋愛的な意味ではね。




 なかなか復讐の案が浮かばないまま、結構経つ。

 もうすぐ一年だ。

 半月ほど後に入ったハームルとは、すっかり気安い仲だ。


「相変わらず鉄壁ですね~」


 ハームルは間延びした声で、私に話しかけてくる。


「鉄壁って私のこと?」


「そう。旦那様がボソボソ言ってましたよ?」


 なんだそれ。気持ち悪い。

 鉄壁……やはり、私を陥落させたいのか、あの男は。


 どうせ捨てるくせに。


「なんか、レドリーさんとかに嫉妬してるみたいです。ステイドさんは、しないんですか? 旦那様が他の女性と話していても。あ、これ、旦那様がこっそり聞いてこいって~」


 こっそり聞けていないじゃない。

 ハームルと話すと、毒気がぬかれる。


 とうとうハームルまで使ってきたか……最近奴の必死さが怖い。

 遊ばれる女性の身にもなってみてほしいものだ。


 私はハームルの質問に答えてやる。


「嫉妬? はっ、何それ?」


 奴に向けたつもりで言った。

 ハームルには、笑顔で、諭すように告げる。


「好きでもない相手に、嫉妬なんかしないわよ」


 自分に言い聞かせているように思えるのは、私の勘違いだ。



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