1−27 女の園とアジーザ屋

 今俺達はバザールの人混みに紛れている。


「この根元にかごがついた棒はなに?」


 似たような品がずらりと並ぶ店先でシャムスが質問している。


「これはね、棒がストローになってるの。先にある籠のなかに色々な薬草を詰めて、お湯につけて蒸気を吸ったり、お湯自体をお茶として飲んだりして楽しむものなのよー?」


 返事をしているのはギルドを早上がりしたマリーだ。同僚に「後よろしく」だけ言ってその場を後にした。すげぇな受付嬢。

 目の前でキャッキャウフフしながら歩く女二人の頭越しに、流れる人混みを見ている。

 さすが国際港らしい賑やかさだ。こうして眺めて彼らと一体になるとなんとも言えない安心感につつまれる。


 そんな多幸感に浸っていると目の前に黒いアリアベールをかぶった恰幅の良いおばちゃんに目の前を塞がれた。


「はいはい、こっからさきは女だけだよ。旦那は外でまってな」


 追い立てられて建物の外に出る。振り返るとそこは女性ものの服屋だった。ガラス越しにみればマリーとシャムスが笑いながら手を振っている。


「ぼっとしてっからだ。この辺はアーリア文化が強く残ってるからそこかしこの女の園には気をつけねぇと」


 店の正面の柱にもたれかかっていると、近くのテーブルのじいさんが声をかけてきた。


「女の園?」

「ああ、その格好、帝国内地から来たんか。アーリアの文化じゃ街のところどころに、ならず者の男から女が身を守るための聖域がある。たいていさっきのばあちゃんみたいな気の強いのがいて、そこに入った男は一切言い訳できずたたき出されるのさ。アーリアの男衆と女衆との間にはそういう約束がある。気をつけな」


 へぇ。アーリア世界は男尊女卑って聞いていたけど、意外と女もつよいのかな。


「ところでにいちゃん草もってねぇか?」

「草?」


 あらためてじいさんをみて納得した。その手にもったコップには、さっきシャムス達が見ていたストローみたいな道具が顔をだしている。


「ああ、薬草のたぐいですかね? どんなのを使うんですか?」

「そうさな。今わしが吸ってるのはミーラムの葉だが、これは喉が涼しくなって痰切りにいい。興奮したきゃクシャ、ちとたけぇが落ち着きたきゃホーリーワーツだな」


 だいたい帝国で使われる薬効通りの使い方だな。そりゃそうか。マジックバッグからひとつかみくらいの乾燥したホーリーワーツをとりだす。


「旅の途中にホーリーワーツが生えてたんで採っておいてよかった。俺も試したいけど、やり方教えてくれませんか?」

「ほ、半生じゃねぇか! それ分けてくれたらならいくらでも教えてやるわ!」


 じいさんが店にいた子供に大声で注文すると、すぐにお湯と俺用のアジーザというらしい薬草吸いの道具が来た。ついでにガチムチなおっさんたちも来た。いや、俺もおっさんだけどさ。


「にいちゃん俺にもホーリーワーツ売ってくれよ! このあたりじゃ貴重品だぜ?」

「すごいなこれ、半生じゃないか! 仕入れ先があるなら教えてくれないか?」


 老いも若きも、貧乏人も金持ちも男がわらわらとくる。女の買い物をまつのにちょうど良いんだろうな。男の園といったところか。


「良いけどさ! このあたりの事色々教えてくれよ!」


 声を張り上げないといけない始末になった。


~~~


「城壁の向こう? なんもねぇよ。俺のじいさんが若い頃に先々代の皇帝がティーラの内陸に植民都市をつくるように勅令を出したらしい。城壁のずっとずっと先には開けた場所があるらしいけど、海の方が楽して実入りの良い漁ができるからだれも狩りにいきたがらねぇし。守るもんがねぇから討伐依頼もでねぇしな」

「へー」


 ソファに座りながら現地で活動する狩人と話していると店から二人が出てきた。


「どうユーリ? シャムスちゃんかわいいでしょー」


 通りの反対側からマリーに押されたシャムスがいた。さっきまでの見るからに暑そうな服装からがらりと印象が変わっている。はにかみつつこちらの様子をうかがう姿にいつもの下町娘らしさはみられない。


「へぇ、見違えたよシャムス。似合ってるじゃないか」


 シャムスはマツダ教国の僧服である群青色のハカマと、草木の模様が入った灰色の長巻衣をまとっていた。

 赤ベースの色違いを着ているマリーと違うのは頭に薄緑のアリアベールをつけているくらいか。

 確かに素材が良いので大抵の服は似合うだろうとおもっていたけど、予想以上に似合っている。長巻衣に使われている、違う色を重ねた2枚の亜麻布が涼しげだ。


「……ありがと。そっちはずいぶんなじんでるね。何があったの?」


 リラックスしつつも賑やかなアジーザ屋の中を見回してシャムスが聞いてくる。


「嬢ちゃんあんたの連れ最高だよ、俺すっげぇ幸せ」


 近くでクシャを吸っていたハイテンションな若者がアジーザを掲げると店内の皆が真似してきた。俺もお返しにアジーザを高くあげる。


「……お酒でもおごったの?」

「まあ、似たようなもんかな?」


 ふと思いついて目の前にいる瞳が深い青の狩人に聞いてみる。


「なあ、知ってるだろうけどあそこにいる受付嬢のマリーって人気あるの?」

「そうだねぇ、張り出されてる成績ランキングではギリギリ十位に入るくらいかな? 顔は良いんだけど背が高すぎて乳が足りないからなぁ。他の上位はみんな華奢で出るとこ出てるから若い奴らはみんなそっち指名するんだよね」


 カラカラと青い目の狩人が笑った。なるほど、決め手は乳か。


「何話してたの?」


 買い足すものがあるといって服屋へ戻っていたマリーが帰ってきた。


「いんや、なんでも? そろそろ行くか。まだ買い物が残っているしね」


 青年に挨拶して席を立つ。会計の心配はない。

 店主には多めのホーリーワーツを渡した代わりにお湯代席代タダ、さらにアジーザを三セットもらった。後でシャムス達にもあげよう。


「あと必要なのは防具と武器だな」

「だったら良い鍛冶師紹介するわよ」


 ギルドの受付嬢だけあって狩人関連の情報には自信があるみたいだ。


「そうか。その人の専門は?」

「うーん? 魔導鍛冶は当然として、魔導技士もやってるとは聞いてるけど。なんでそんなこときくの?」

「ちょっと欲しいものがあってね。それよりシャムスの装備なんけど」


 魔導技士なら多分道具も売ってくれるだろう。


「シャムスちゃんは護身用の魔鉱は持っていても素人なんでしょう? ならSP自動回復型の魔導甲冑とか良いんじゃないかしら」


 なぜ前線突撃用の装備を勧めてくるのだろうか? なんでこの女は拾いづらい球をなげてくるんだろうか?


「シャムスに甲冑で街を歩けと?」

「展開式があるじゃない」


 なにいってんだという呆れ顔を見せてきた。

 ボケではないらしい。非常に残念だ。残念な頭だ。


「そもそも予算的に却下だよ。とっとと店に入らせてくれ」




    ――◆ ◇ ◆――


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