1−26 チョロ受付嬢

「さっきの酒場はハンターギルドの入口だったんだね」


 今俺達はホールの入口で、豪華な装飾に目を奪われている。

 上を見あげているシャムスはなぜかウェイトレスに抱きすくめられて自由も奪われている。

 最初は抵抗していたシャムスだったが、すぐにされるがままになった。諦めはやくない?


 ギルドは国の機関であるため、システムは各支部で統一されている。

 待合室を兼ねたバーとホール。ホールの壁には病院の診察室に似た、魔石鑑定用の小部屋がならぶ。狩人はバーの入口で番号札を受け取り酒や飲み物を飲んで待ち、順番が来ればウェイトレスが呼びに来る。


 さっきのテラスがすでにギルドの施設だった。俺もテーベの異文化ぶりに目を奪われていて、ウェイトレスが涼風を求めて居座っていた所でようやく違和感に気づいたくらいだ。

 ホールの景色は細かい紋様を織った薄い絨毯と天井にかかる白い布、俺も聞きかじっていただけで本物を見るのは初めてだ。


「布地の透かし模様もきれいだね」


 天井の光が白い布に隠されていた模様を浮かび上がらせている。シャムスはほかにもタイル、柱、タペストリと、建物の内装をしきりに見回している。


「でしょ? 私も気に入ってるのー。シャムスちゃんが着てるのはティベリウスの服でしょ? 私行ったことがないから、ここにいる間だけでも向こうの話をきかせてー?」


 くるくる回る灰色の頭がくすぐったいだろうに、それさえ嬉しいのかほおずりせんばかりにシャムスの頭をなでながらウェイトレスがいっている。あったばかりの人間をなぜここまで愛玩できるのか理解できない。


「ティベリウスにもギルドがあったけど、どれもここみたいに豪華じゃなかった」

「港町や大都市のギルドは魔石の買取額が高いんだ。輸送の中継地だけじゃなくて一大消費地でもあるからな。だから予算が沢山あって、人気取りのために建物も受付嬢もレベルが高いんだ」


 目の前のウェイトレスが肩をふるわせている。やっぱり薄着のくせに風魔法に当たりすぎたんじゃないか?

 今は真昼で酒場もホールもガラガラだけど、夕方になればそれなりに人が来るのだろう。ホールに面している、魔石を鑑定する部屋もほとんどが開け放たれている。


 その一つにウェイトレスが入ったので続いて入る。すると店員が書棚にある用紙やらステカ発行の星遺物やらを取り出している所だった。


「ん?」

「ん?」

「……ん?」


小首をかしげる俺と店員を不審におもったのか、シャムスまで続き、三人が首をひねる変な構図が出来上がった。


「なにしてんの?」

「なにってギルド加盟手続きの準備だけど?」

「なんで君がやってんの?」

「受付嬢だからだけど?」

「なんでウェイトレスが受付嬢やってるの?」

「昼間ってヒマなのよねー」


うーん。昼にギルドに入ったことが無かったから受付嬢がウェイトレスをやってるなんて知らなかった。

そんなやりとりをしているうちにウェイトレスが腰に巻いたエプロンをとり、机の隣に立った。


「ではあなたたちの加盟手続きを担当させていただきます、高レベルな美人受付嬢のマリーです!」


 赤みがかった金髪を肩から前に垂らしたマリーは芝居がかったお辞儀の直後、ごちそうを目の前にした山猫のような顔をしてきた。


「ねぇねぇ、どんな気持ち? 自分がいつの間にか受付嬢のマリーちゃんに『君って美人だよね』って言ってたってどういう気持ち?」


 マリーが目をキラキラさせながら机の端に座って指で机をタララッタララッと鳴らしてあおってくる。


 なにこの受付嬢はげしくウザい。今まであったこいつ並の見た目の女性ならもうちょっとこう、あれだぞ? ドンと構えているというか、美人と言われるのが当然の空気という態度の人たちばかりだったぞ? 私美人だよね、と他人に念押ししてくるこいつはどれだけ必死なんだ?


「悪かったよ。こういうのは相手の目をみて言わなきゃな。俺はユーリ。出会って突然申し訳ないけど言わせて欲しいんだ。『君はまるでソレイユのなかのひまわりのように明るく飾らない美しさを持った美人だね』」


 しっかりと目を合わせていってやる。普段なら仮にも美人におっさんが至近距離で笑顔を向けるなんてキモいだろうが、今回は許されるだろう。いや、自分が許した。さあ、普通キモがるところだが、承認欲求の塊のこいつはどうする?


「ふぅ、ん。たいしたことない口説き文句だけど、言われて悪い気はしないわね?」


 チョロかった。マリーの右手はしきりに肩から垂らした髪の先をいじっている。どうやら高レベル美人受付嬢さんは高値の花すぎて正面突破になれていらっしゃらないようだ。ソレイユなのに。

 今更皮肉だなんてかわいそうで言えないからそういう事にしとこう。


「ユーリ、それって凡百のウェイトレスと見間違えるくらい庶民的な明るさをもった町娘だねって意味じゃないの?」


 シャムスが挙動不審なマリーをみて耳打ちしてくる。余計な事いわないで。ほら、聞こえてるっぽいから。露骨にしょげてるじゃない。


「それじゃ、早速登録手続きを頼むよ」

「え……うん」


 髪をいじる手が止まる。俺が何事もなかった様に話を進めるのでマリーが置いてけぼりを喰らった犬の様な顔をしている。でも気にしない。


 ギルド登録自体は普通に進んだ。星遺物の前でステカの一部を開示して個人認証をすれば登録自体は完了する。それと同じ星遺物で加工された、複雑な模様の入ったドッグタグも二枚渡された。


「シャムスちゃんは正式にギルドには所属できないけど、その一対のタグはユーリが保証人、っていう意味の被保証人証明になるからね」


 二人でそろって首にかける。これでシャムスも一人で街を出歩けるようになった。護衛の仕事は都市の中ではしない。肩の荷が一つ下りた気分だ。


 後はレクチャーみたいなものだ。ギルドは加盟した狩人から魔石の買い取りを行うとか、狩人のランクは鉛(初級)、鉄(一般)、銅(熟練)、銀(英雄)、金(伝説)の五段階あって、各ランクに応じて引退後に恩給が支給されるとか、そういったものだ。

 ちなみに金になると領地がもらえ、実質貴族になれる。もちろん伝説クラスなので、本当に貴族になったのは一人くらいしかいないらしい。

 でも既にしってる事ばかりだから半分聞き流させてもらう。


 さて、早速だけど登録した目的を果たさせてもらおう。


「話はわかった。さっそく魔石の買い取りを頼むよ」

「ほんとに聞いてた? さっきから適当に相づちを打たれてた気がするんだけど」


 マリーが不信感を漂わせながらも魔石を鑑定する準備をしていく。


「じゃあ魔石を出して?」


 袋を櫃から取り出し、中身をトレイに一度全部出していく。と、そのうちマリーの顔が唖然としたものになった。


「ちょっとユーリ、さん? この大きな魔石、一体どこで?」


 シーサーペントのこぶし大、淡い水色に濁った魔石を指さしていった。


「ああ、これは売らないよ。もうすぐ連絡が来ると思うけど、乗っていた船がシーサーペントに襲われたんだ。追いつかれそうだったけど秘蔵の魔鉱をつかったから倒せた。命には代えられないからな」


 エルフの刻印魔法を隠すために魔鉱をつかったと押し通す。このあたりはシャムスとも相談済みだ。


 そう言いながら袋に戻そうとするとマリーが手をつかんだ。


「ちょっ、ちょっとまって! 売らなくて良いから後学のために見せて」


 マリーに渡すと下から魔石を照らす白光台と設置型ルーペを使ってうなりながら見ている。相当みてる。穴が開くほどみてる。

 5分くらい見てようやく魔石を下ろした。


「ありがと、すごいもの見せてもらったわ」


 これがかぶりつきかー、としばらくぼーっと見ていたので反応が遅れた。


「でもごめんなさい、討伐依頼が出ていないから魔石買い取りは出来てもギルドとして報酬は出せないの」


 申し訳なさそうにマリーがいう。

 だよね。出現がレアで討伐が難しい魔獣はたとえ災害級でも討伐依頼がでない。なので討伐しても報奨金は0だ。


「うん、それはしかたない。国だって予算に限りがあるからな。貯金として考えておくよ」

「でも気をつけてよ? 私の鑑定では大金貨3枚、300万ディナは下らないわ。大きさだけだったら高齢の大型魔獣の魔石程度だけど、魔力の質が陸のものとは違うし、クラックによる魔力漏出もない稀少品よ。他の魔石とは格が違うんだから他人にみられないように隠しときなさい」


 そう言いながら魔石を俺の手に戻してきた。そうはいってもこの後シャムスが刻印するんだけどね。


「ほかの魔石は買い取りでいいの?」

「ちょっと待ってくれいくつか抜くから……よし、残りを頼むよ」


 シャムスに刻印させるための魔石は残しておかなくちゃならない。


 するとマリーがすごい手裁きで属性とグレードごとに魔石をより分けていく。

ルーペだけではわかりづらいものは土魔法のクレイで薄くのばして光にすかす。シャムスがその光景に見とれている。

 一般に受付嬢、と呼ばれているけれど、彼女らは正確には魔石鑑定士資格保持者だ。魔石買い取りのプロといえる。

 一瞬で見極めはじいていく手際からするに、おそらく高位の魔石鑑定士の資格も取っているんだろう。素直にすごいな。


 あっというまに鑑定が終わり、二つの山がはかりにかけられる。


「100ディナ/ルム級魔石が30ルム、1000ディナ/ルム級魔石が45ルム、単体鑑定ではこの若草色の魔石が5万ディナ、この海棲生物の深い群青色の魔石は3万ディナ 全部で12万8000ディナということでいい?」


 すらすらと出てくる言葉にシャムスと二人で顔を見合わせてしまう。ちなみにルムはほぼグラムだ。


「その額でいい。素早いし正確だし、相当勉強したんだな」

「さっきの褒め殺しのせいで素直にうけとれないわね。それは良いとして、これは全部魔獣からとったものよね? 興味本位で聞くけど前職はなんだったの?」


 やっぱりさっきのシャムスの告げ口は聞こえていたらしい。鑑定の腕を褒めたのは本当なのにな。クチをとがらせて抗議するのはいいけど興味本位で人の経歴を聞かないでほしい。


「軍人だよ。もう除隊してるけど」


 実質は日雇い労働者だったけど、嘘ではない。新しいステカにも工兵科(中尉相当技官)除隊とか書いてあるし。


「ふーん。そういうことなら実戦慣れしてるってことで、ランクは鉄級第十位で登録しとくわ。一定期間同じ成績なら第一位までは自然と上がっていくからそのつもりでいてね。昇級は魔獣の暴走、スタンピードからの都市防衛とか、国への特別な功績があった時に審査されるから」


 ドッグタグに情報を追加され、もう一度わたされる。


「わかった、ありがとう。それじゃ魔石がたまったらまた来るよ」


 シャムスを促して鑑定室をでると、いつのまにか、何組かの狩人がホールを行き交っていた。



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