1−25 テーベ入港

 青空には雲一つなく、南国の強い日差しは遮られずにティーラ最古の港町テーベに降り注いでいる。


「テーベ、テーベだ……」

「良かった、また家族にあえる」


 皆一様に安堵の声を上げ、泣く人までいる。俺も同じ気持ちだ。家族はいないけど。


「しかし、本当にいいのか?」


 船長は下船の際に、船の中で何度も言い合ったことを確認した。


「いいんだよ。俺達は眼晶二つに魔石までもらったんだ」


 眼晶二つは討伐証明になるし、大きな空色の魔石はシャムスの刻印魔法に使える。


「しかしなぁ、シーサーペントの角と牙といったらどれだけ……」

「それも聞いたよ。討伐不能といわれていた海棲魔獣で、素材は浜に打ち上げられた死体からしか得られないから貴重なんだろ?」


 氷から引き上げたシーサーペントの死体は氷上で解体してから乗客達に配っていた。


「それになぁ、あっちの嬢ちゃんには貴重な極凍岩の大物を使わせちまった」


 シャムスの魔法は秘密なので、結局複合魔法ではなく、特大の魔鉱を使ったということにしている。太古の生物が放った魔法の残滓といわれる魔力の結晶は、使用者の能力に関係なく強大な魔法を発生させる。


 このやりとりも何度目か。きりがない。これから忙しいからこちらが折れよう。


「わかった。じゃあ半分な。顔の右半分の素材をもらうよ」

「そうしてくれるとありがたい。こっちも船主の懐にはいるより命の恩人の懐に入るほうが気持ちが良い」


 航海中に倒した魔獣の所有権はまず仕留めたものがもつ。だけど、船員に限っては仕留めようが他人からもらおうが、航海中に得た利益はすべて船主のものになるんだったか。

素材が入った袋を受け取って背負い櫃(ひつ)にしまう。櫃の背中側に細工をして、櫃にいれた荷物を自由に腰のマジックバッグに落とし込めるようにした。船中でヒマだったので手慰みにやった小細工だ。


「じゃ、連れもまってるから行くよ。世話になった」

「おう。また船に乗るならこいつを覚えておいてくれ」

 船長は青い十字が描かれた後ろの帆船を誇らしげに親指でさし、ニカリと笑った。


 船長と別れ、上陸手続きをするゲート前の広場にはシャムスが不満げに立っていた。


「遅い! 暑い!」


 シャムスは開口一番文句を言ってきた。確かにな、その北国使用のマントじゃ暑いよな。けど中の服がほぼ黒いからマントを脱ぐに脱げない状況だ。


「悪い。そして俺も同じ気持ちだ。さっさと手続きをしてどこかで一息つこう」

「賛成ー」


 ゲートはナフタに入るときと同じくらい緩かった。シャムスについても何も言われない。保証タグは都市内の主要施設で作れるのでそっちで作れということだろう。外国船も入るのに緩すぎないか?


 ゲートを抜けると古い港町らしく潮風に吹かれて良い具合に寂びた日干しレンガとタイルの街並みが広がる。

 元々帝国の領土ではなく、今はなきケート首長国の都市だった歴史が長いため、帝国の属州となったいまでも異国情緒にあふれている。

 少し坂をのぼると、まるで寺院のように大きい、細かいタイルで装飾がされた建物が現れた。大きなドームの根元にあって、入口にあるテラスが良い具合に影になっている。


「ここで休もう」


 ウェイトレスに手を振りながら透かしのはいったベンチに座る。


「飲み物は何にする?」

「店員……おすすめ……ノンアルコール」


 ぐったりとテーブルに突っ伏したシャムスが息も絶え絶えに答える。この世界にカフェという言葉はなくて、飲食を提供するところはみな酒場だ。酒を飲むのが基本なのでこんな注文になる。


「すみませーん。冷やした水二つとアイスマルドの原液一瓶おねがいします」

「はーい、ただいまお持ちしまーす」


 店の奥から若い女性の元気な声が聞こえてきた。


「ユーリは店員、じゃないでしょ……」


 シャムスが肩で息をしながら答える。このままじゃ熱中症になるな。


「シャムス、日陰にはいったからもうマントぬいでいいぞ……ブリーズ」


 風魔法で乾いた空気に流れが生まれ、少し強いけど心地よい風が生まれる。シャムスがよろよろと起き上がってマントを脱いだ。


 シャムスのマントの下は針葉樹を思わせる緑の上着と漆黒の膝丈スカートだ。シャツにフリルがふんだんにあしらわれていて、似合っているけど非常に暑苦しい。


「飲み物が来るまでこれ食べてな。SPが回復するぞ?」

「……うぅ、すっぱい」


 シャムスが顔をしかめながらウルソの実をかじる。どうやら酸っぱいのは苦手らしかった。


 それでも口の中で転がしているうちに大分楽になってきたみたいだ。


「はぁ、日除けのためでもやっぱりマントは暑いよ」

「脱いでも暑そうだけどな」

「だよね。うーん……うーん……」


 うなってはこちらを見てやはりうなる。服を買って欲しいと願うべきかどうか悩んでいるんだろうな。俺のなかでは買うのは確定なんだけど。


「おまたせしましたー。アイスマルドでーす。大銀貨15枚でーす」


 トレイに飲み物を乗せたウェイトレスがあからさまなぼったくりをしてきた。あったよなこういうフリ。


「お、来た。服はあとで買いに行くから、今は冷たいものを飲んで休もう。はい、小銀貨15枚」

「おぅ、お客さんスルーですか? ではアイスマルドを注ぎますねー」


 ワインをベースにスパイスを入れて煮詰めたアイスマルドの紫が氷の中に広がっていく。自分のネタがすべった後、何事もなく仕事をこなすあたりにプロフェッショナルを感じていると、シャムスが口をむずむずさせている。


「服のことなら経費だよ。対象の快適さを保つことだって護衛の仕事だ」


 シャムスと俺の前にグラスが置かれたので口をつける。甘みと酸味と香辛料のバランス、なにより冷たいのがありがたい。

 ところでなんでウェイトレスが俺の後ろに侍ってるんだろう。至近距離にいられるとおちつかないんだけど。


「すーずしー……、あ、お構いなく」


 ウェイトレスはタダ乗りブリーズをしていた。お構いなくの使い方が違う。遠慮というものがないな。


「でもここまでの乗船賃で5万使ったじゃない。すぐに足りなくならない?」


 シャムスもウェイトレスはスルーすることにしたらしい。


「足りなくなるな。どれだけ節約しても45万ディナじゃポエニキアどころか宗教都市のハギアまでの船賃にもたりない」


 シャムスの顔を覆う不安の色が濃くなる。トマスの奴、依頼人のシャムスに行程の話はしていなかったのか?


「え? じゃあどうするの?」


 俺が45万ディナを持ち逃げすると考えないくらいには信頼してもらえているっぽいな。ステカが汚れてしまうし、そもそも人としてそんなことしないけど。


「そりゃ陸路で行きながら魔獣を倒して稼ぐよ。海の上じゃ使えなかったけど、俺が得意なのは知っての通り土魔法だ。こんどこそ道中の安全は保証する」


 本当は一抹の不安があるけど、可能性の話を今しても仕方が無い。後で確認に行かなくちゃな。


「稼げるとしてもユーリのお金であって私うのお金じゃないでしょ? そこはきっちりしてもらわないと気持ち悪くて私が嫌」


 なるほど、シャムスは下手な借りは作るのが嫌らしい。


「俺も狩人になって稼ぐけど、シャムスだって稼げるんだ。問題ない」

「私レベルのアレじゃ黒字にならないよ? 出来る方法があるの?」


 へえ、この年齢で経費への理解があるのか。やるな下町娘。


「それもこの街にいる間に何とかする。まずは一緒に狩人ギルドに入ろう」


「そうだよ入っちゃいなよー。今なら特典で私が着てるのと同じ服をあげちゃうよ?」


 後ろから援護射撃もされていることだし。ん?


「まだ風に当たってたのか。そんなヘソ出してたらいい加減風邪ひくぞ?」


 怪訝な顔で振り向くと、ウェイトレスが満面の笑みでをしていた。


「普段からこの格好なのでご心配なく。ハンターギルドテーベ支部にご新規さま二名ごあんなーい」


 くるくる回り飾り袖を翻して奥にむけた手を思わず見た。

 なにこのウェイトレステンション高い。


    ――◆ ◇ ◆――


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