1-24 南国の氷原

「あっさり投げすぎ! 私の奥の手なんだよ!?」


 いや、どうしろと言うんだ。もったいぶっても変わらないだろう。


「そんな余裕無かったって。あれ以上近づかれてたら……」


 言いかけて、背後から石が割れるような音が迫っているのに気付いた。

 嫌な予感がして後ろを振り向くと海上を氷が走り、こちらに迫っている。

 やばい、氷が船まで飲み込んじまう!


 つかまれと叫んだのとほぼ同時に氷が船に追いつき、激しい氷の破砕音とともにゆっくりとブレーキがかかっていく。 船体が聞いた事もない悲鳴をあげて止まった。


「あぶねー……やべぇなブレイニク……」


 起き上がってみると、船の周りを囲むように氷の平地が広がっていた。南国の日差しを反射してやたらとまぶしい。


「ごめん、こんな強力とはおもわなかった……」


 しばらく呆然としたのち、はっと我に返りやるべき事をする。

 船尾楼の手すりにぶつかって止まっていたシャムスがまぶしそうに顔をしかめながら戻ってくる。


「なにしてるの?」

「舵がやられたらしゃれにならんから放水」


 さっきから割と全力で水魔法のスプラッシュを真下にむかって連射している。舵がやられたらせっかく助かったのに漂流しなくてはいけなくなる。


「手が離せないから扉までいって船長に終わったって言ってきてくれ」


 シャムスが階段を降りていく音を聞きながら遠くのシーサーペントを見つめる。動く様子はないけど死んでいるかは確かめないといけないな。眼晶も欲しいし。


 どう対処するか考えていると大人達が戻ってきた。みな眼の前の光景に呆然としている。


「うおぉ……、一面氷かこれ」

「窓から氷が追いかけて来た時は肝まで冷えたけど、安心してみれば絶景だな……」

「あれ、もしかしてシーサーペントか? がっちり凍ってんじゃねぇか。ハハ、お前らすげえな」


 恐怖から解放された力ない笑いは次第に歓声に変わっていった。


 そんな歓声の中、樽をカトラスで叩く音が響き、ざわめきは次第に静かになった。


「とりあえずの危機は去った。だが、陸につくまでは安心するな。シーサーペントは向こうで動かねぇが、本当に死んでいるかわからん。確かめに行くから腕に覚えのあるやつは何人かついてきてくれ」


 しばらく皆顔を見合わせていたが結局3人が前に出てきた。一人が火の上位まで使え、二人がそれぞれ風と火の中位を使えるらしい。


「それから残る奴にも仕事がある。舵だけはこの男が凍らせないでくれたが、船全体が氷で囲まれて動けねぇ。氷を火でもなんでもつかってたたき割れ。いつ新手の魔獣が来るかわからねぇからぼやぼやすんなよ!」


 船長の号令で皆が慌てて動き出した。水夫は縄ばしごを氷原におろし、一人が降りて足場を確認すると残りが次々と降りていく。皆は進行方向の船首側、船長達の一行は船尾側だ。


「お前達は休んでて良いぜ。これだけの大魔法を使ったんなら余裕ねぇだろ?」


 後から声をかけられ一瞬とまどったが、複合魔法を使うって話にしたのを思いだした。


「気にしないでくれ。眼晶を取りに行くついでだ」


 船長の気持ちは有り難いが眼晶をとりにいきたいので船長についていく。

 眼晶は文字通り魔獣の目だ。

 魔獣は死ぬと目が結晶化する性質がある。これは討伐証明になる。素材としての価値はないので、ごく一部の好事家が蒐集するくらいで流通はしない。


「まあ、そういうならありがてぇんだけどよ」


 シャムスもついてきたけど、向こうであの少年に魔法についてきかれるよりましだと思ったんだろう。

 シーサーペントの前まできた。ここまで来た6人は船の備品の槍を持って来ている。


「さて、どこから溶かす?」

「蛇ならクチか、目か、耳だな。溶かしてそこから槍を突き入れる」

「耳は硬くて無理だな。角が生えてる」

「じゃあ右目周りを溶かすぞ」


 眼球の結晶化は魔獣の生死の基準に使われる。生きていればそのまま眼球の奥にある脳を破壊できるので目を潰すのはとどめを刺す際の王道だ。


「じゃあ俺がファイアでゆっくり溶かしていくぞ。皆いざというときにそなえてくれ」


 比較的魔力が残っている船長の指示で各自が槍を構えた。気配から俺とシャムス以外は身体強化をしているのがわかる。

 しばらく火であぶっていると、向こうの眼球が透けて見えるほど顔の周囲の氷が溶けてきた。皆に一層の緊張が走り、全員が槍を構え直す。


 火属性上位の狩人らしい男が槍で注意深く目の周りの氷を割っていく。

 と、男が顔に喜色を浮かべた瞬間、眼球がぐるりと回った。

 周囲に幾重もの悲鳴が響く。

 くそ、中までは凍らなかったか! 

 皆は槍を構えるなか、俺は一気に間合いを詰めた。


 氷のひびが右目から左目にかけて走り、一瞬後に細く割れた氷から顎門が現れた。

 血のように赤い口の正面に立ち、手に持ったホーシールドを至近距離で掲げる。

 シールドは防具だけじゃない。鉄の塊でもある。つまり土魔法の素材になる。


「メタルアロー!」


 シーサーペントの喉が不気味にゴポリと鳴るのに合わせ、ホーシールドを原料にした鉄の矢を三本、最速その口の中に叩き込んだ。

 が、シーサーペントはまだ死なない。再び開けた顎門から水色の霧が生まれる。

 さすが竜種、この程度じゃ死んでくれないか。だけど、俺の番はまだ終わっていない。


「クレイ!」


 手元に残った残りの鉄を伸ばしてシーサーペントの口に突き込んだ。

 クレイ自体に魔獣の身体を突き破るような強さはない。

 が、既に作った傷を広げることはできるのだ。

 

「爆ぜろ!」


 手に持った鉄の棒に魔力を流し込み、先端を広げて口に刺さった鉄の矢と接続。

 鉄の矢を螺旋にして回転させていく。

 一つ大きく痙攣すると、蛇体はゆっくりと氷の上に身を横たえた。


 蒼い眼球が霜が降りたように眼晶化するのを確認し、止めていた息をぶはぁとはき出した。


(——あっぶな! 一手遅れていたら水の獣魔法で吹き飛んでたぞ! 海上なのに土魔法だけで竜種と戦うなんてどんな縛りプレイだよ!)


「だ、大丈夫? しとめた?」

「おう、目玉が今度こそ眼晶になった。足場があるならこれくらいどうってことない」


 シャムスがおそるおそる近づいてきたので親指を立ててやった。

 本当は過呼吸になりそうなほど胸を上下させていたんだけどね。

 ほら、やっぱりクライアントに不安な思いをさせる訳にはいかないじゃない。




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