1−23 シャムスの刻印魔法

「ねぇ、休まなくていいの?」


 シャムスが心配そうな声をかけるが、それに向かって不敵に笑ってみせる。


「攻撃以外で貢献するさ」


 何しろ俺の魔力は無尽蔵なんだから。

 船尾楼ではまだ魔法を舷側から海上にむけて打ち続けていた。中央では大人が数名と子供達が固まっていた。シャムスくらいの子供も2人いる。皆一様に上をむき、帆をに向けて手をかざしている。


「悪い、俺達は下位魔法しか使えないができることはあるか!」

「風属性持ちなら真ん中で帆にゲイルを当て続けてくれ、ブリーズでも良い! すこしでも船足を速くしたい!」


 忙しく立ち回る近くの水夫に声をかけてから子供達の集団に加わった。


「俺もブリーズを使いたい。皆風の中心はどこにしている?」

「帆の真後ろ2ジィだよ」

「わかった」


 近くで手をかざしている少年に尋ね、俺も同じようにする。ゲイルもブリーズも気圧の高い球を空中に作るイメージだ。中心がずれれば相殺しかねない。やり始めてもすぐに船足が変わるわけじゃないけど上から吹く風が強くなったため、それなりには貢献しているだろう。

 

「おっさん疲れないのか? 使ってるのゲイルだろ?」


 しばらくして攻撃魔法を打つ間隔がまばらになってきたところでさっきの少年が声をかけてきた。ドラフトラインが目立たないようにつかってたのにめざといな。


「途中参加だしな。それに魔力量は多めでね」


 周りの子供達は息を切らせている子が多い。MPが少なくなり、意識がもうろうとしている子もいる。


「大丈夫か?」


 船長がこちらの様子を見に来た。さすがに疲労の色を隠せていない。


「子供達はしばらく休ませないと回復しない。俺もそろそろ息が上がりそうだ」


 ごまかさなければいけないのでそう答えただけで、実際はいくらでもいけるだろう。船長は内心はともかく頷いて船べりの大人達を見回した。かれらも多くは肩で息をして、縁に手をついている。


「そうか。でももう少し続けられるか? 群れの包囲からは出られたようだが……しつこいやつがいてな」


 そういって船長は言葉を濁した。

 そういえばいつの間にか魔法を撃つ音がやんでいる。

 今まで襲ってきた魔物はほとんどが待ち伏せて追いかけてきた奴らだ。この船足に真後ろから追い続けられる海棲魔獣はそうとうタフだな。


「なんて魔獣だ?」


 船長が俺たちだけに聞こえる声でつぶやいた。


「……シーサーペントだ」


 思わず船長の目を見返すが、冗談では無かったようだ。ゆっくりと頷き返される。

 タフどころの話じゃ無かった。海でシーサーペントに襲われた時の生還率は低い。つまり、それなりに覚悟しとけということだ。

 あらためて船べりの大人達に目を向ける。さっき手をついていたのはへばっていたからじゃなく絶望していたからだった。

 シーサーペントが飽きて引き返すという可能性の限りなく低い運に身を任せるほかない。


「まじか……」


 俺も小声で返す。大人達に引き離す手段があるならとっくにやっているだろう。異世界のチート持ちでもいない限り打開の手段はない。そしてそのチート持ちである俺は土属性特化でいまここでは役立たずだ。

 ……チート?

 さっきの魔物の反応を思い出し、目の前の船長からみえないように自分のスキルを確認し、ある事に理解した。

 これは、だめだ。思わず顔を手で覆った。


「なに、まずいの?」


 それまで黙って後ろにいたシャムスが聞いてきた。他の子供達だって表情を見ているのだからまずい状況というくらいは察している。


「デカい蛇が追いかけて来ている」


 小声ではあるがシャムスには隠さずに伝える。さっきの戦闘での位置取りから、彼女には驚いたりパニックに陥ったりしないくらいの分別はあるだろう。


 でもシャムスの反応はさらに意外なもので、しばらく人差し指の背を唇に当てて考えていて、顔を上げていった。


「ちょっと見に行ってもいい?」


 珍しい鳥を見に行っていい? くらいの気軽さだ。

 ちょっと空気よんでもらっていい?


「シャムスが行ったら子供達もついていく。収拾がつかなくなるからやめてくれ」


 制止の言葉をかけると、シャムスはくるりと実を翻し指を立てた。


「私の奥の手を出そうと思うの」


 結構きつめに制止したのに全く意に介さずにシャムスが提案してきた。そういえばエルフ独自の魔法、とかいってたな。


「さっきの話じゃ中位魔法程度じゃなかったか? それじゃシーサーペントは避けもしないぞ」

「それは中位魔法使いがへばってるのみればわかるよ。それに中位魔法が使える、と答えてもそれ以上が使えないとは言ってないし」


 なるほど。そういうなら、ノーリスクで出来るなら何だってやるべきだ。

 それにだめでも最悪、シーサーペントが欲しいものを船から落とせばいいだけだ。

 ……タダでくれてやるつもりはないけれど。


 大きくため息をついてから、船長に向き直った。


「……わかった。船長、これから奥の手を使うからこの子と船尾楼に行く。誰にも見られたくないから、大人達も含めて全員船室に入ってもらってくれ」


 船長は広い胸板を思い切り膨らませ、大きくため息をついた。


「おう。やるだけやってくれ。俺は扉の後ろにいる」


 シーサーペントへの普通の対策法は逃亡一択だから、実質万策尽きている。専門家だからこその諦めの良さで船長が頷いた。


「全員聞け! これから帆に向けてゲイルどころじゃない大風を吹かせる、あぶねぇから子供らを連れて船室に入れ!」


 潮風で枯れた大声に従い、大人達が次々と降りてくる。親と思われる大人達は子供を連れて船室へと降りていく。


「おっさん! その子は船室に入るんだろ?」


 さっきの少年がシャムスを心配そうにみながら聞いてくる。


「私は残るよ。これからつかうのは複合魔法だから」


 シャムスはきびすを返して船尾楼へと向かっていく。

 複合魔法は複数の人が同時に魔法を使い編み上げる特殊な魔法だ。

 船長とシャムスの作り話は言い訳としては妥当だろう。最後に降りていった船長が重い扉を閉めるのを確認し、俺も船尾楼への階段を上った。

 

~~~

 

 船尾楼に着くと脇に寝かされていた3つの遺体に思わず足が止まる。


「どうしたの? 狩人だったなら見慣れているんじゃないの?」


 シャムスが髪をはためかせこちらをみていた。

 うん、確かに見慣れている。


「そうだな。それより敵は見えてるか?」

「頭だけ出してる、大きいミズチみたい」


 ミズチは淡水の湖に住む蛇の魔獣なのであながち外れてはいない。海上に目を向けると船の30ジィほど後ろに角の生えた蛇の頭がこっちを見ていた。上下動もせず海面をすべっている様が気持ち悪い。


「あー、アレは嫌だな。時間も無いし、とっととやってくれ」

「そんな軽々しく言わないで。エルフの魔法は本当は人間に見せてはいけないものなんだから」


 シャムスがため息をつきつつマントの下から取り出したのはこぶし大の結晶だった。


「魔石?」

「ただの魔石じゃないの。ここに模様が掘られてるでしょ?」


 そこには小さな幾何学紋様とトライバル柄、文字を組み合わせた紋様があった。


「これは――」


 魔獣ブレイニク、という言葉を飲み込んだ。なるほど、エルフの魔法はこうやって発動させるのか。

 しかし俺がエルフの秘密を知っている事を話せば、なぜ知っているかという話をしなければならなくなる。今はまずい。後でタイミングを見て話そう。


「魔法陣?」

「確かに似ているけど、魔法陣は最下位、良くて下位魔法レベルの魔法が発現するだけでしょ? あれはエルフが受け継いできた紋様の劣化コピーなの。エルフの魔法は刻印魔法っていうんだよ」


 シャムスの口ぶりは少し得意げだ。こういうエルフが秘密を漏らして魔法陣が人間社会に広まったのかと妙に納得してしまった。


「この魔石は何の魔法を出すんだ?」


 我ながら白々しいけどここは質問しておこう。


「すごく強い氷結魔法。使ってるのを見た時はもっと小さい魔石を使ってたんだけどね。広い湖を一瞬で凍らせてミズチの群れを閉じ込めてたよ」


 この船はさっきまで俺が吹かせていたゲイルも止まって減速を始めているからあまり時間はない。じきにシーサーペントに追いつかれてしまう。


「じゃあ俺が投げよう。水に落ちたら発動するのか? それとも時限式?」

「時限式だけど投げる直前にこれくらい強い衝撃を与えて。そしたら8秒後に発動するから」


 俺に魔石を渡してからシャムスが結構強く船縁を叩いて見せた。

 たしかそういう手榴弾を戦争映画でみた。どこの世界でも発想は同じなんだな。


「じゃあさっさとやるか」


 手に取り、盾にたたきつけ、助走をつけて投げる。視界の端にシャムスの驚いた顔が見えたけど落下地点を見つめる。ぶっつけ本番だけど魔法は発現するんだろうか……

 魔石が蛇の喉元に落ちたあと、はじけるように氷の華が広がった。よし!


「良かった成功したな! あと全然音しないな!」


 すごいな刻印魔法。コスト管理が難しそうだけど、稀少な魔鉱とほぼ同じ使い方ができるのがすごい。しかも獣魔法が使えるなんて——


 蛇の首は数度に渡って氷から逃れようとしていたけど、ついに氷の中に閉じ込められた。氷の華はさらに広がっていく。この分だと海中の胴体も氷の中だろう。

 感心しながら眺めていると、シャムスが驚愕の表情のままこちらを向いていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る