1−22 船上戦闘、および魔法について
急いで甲板に出ると乗員乗客の多くは船尾楼に集まっていた。
「見ればわかるだろうが、今この船は海棲魔獣の標的にされている。中位魔法以上が使える乗客は出来れば戦闘を、下位魔法持ちは帆に風を送るか側面でレジスト防御を担当してくれ!」
階段を上っていくなか、魔導具の拡声器を使った船長の大声が響いてくる。
「シャムス、中位魔法は?」
「使えるけど、エルフ独自でやり方が特殊だから人前で使いたくない」
なるほど、エルフは魔法を使えないのになぜ魔物・魔獣の棲む瘴気の森で生活できるのか謎とされていたけど、外の世界で使わないだけだったんだな。
「そうか。じゃあ船首に行っておこう」
皆の集まる船尾に背を向けて船首を目指す。
「え、ユーリって中位魔法使えるでしょ!?」
シャムスが不安げな声を上げる。
「使えるよ。でも土魔法限定だ。木と水しかない海の上じゃ土魔法は使えない」
「使えない! それじゃ私以下じゃない!」
今のは土魔法が使えないって意味だよね? 人として使えないとか言われてないよね?
「大丈夫、土魔法以外でもやりようはある。まあ見ててくれ」
「見ててくれって、船首に魔獣はこないでしょ?」
中型船なので船尾楼での喧噪がここまで聞こえてくる。船尾に迫っているのは速く泳ぐことができるシーウルフ、クロエオルカなど、海で船を襲う魔獣の定番だ。
あいつらは海に住んでいるくせに水属性じゃなく、火や風属性持ちだ。狩りの方法はわかっていないけど、攻撃力が低い水属性もちばかりの海では有利なんだろう。人間の船にもファイアーボールやウィンドブラストに相当する獣魔法を撃ってくる。
けど皮肉にも、彼ら自身も火魔法に弱い。
船には船員、乗客ともにたいてい火属性持ちがいるので彼らが船を沈めた事はない。
「魔獣はともかく、魔物はくるんだよ。フレイムアロー!」
腰に下げていたホーシールドを掲げ持ち、を船首右舷から海上の不自然な所に向けて攻撃をする。水中からなにか青黒いものが浮かび、後ろに流れていく。いちいち不明瞭だが、大体魔物なので気にしない。どうせ後から集団で来るんだ。そのまま4回右舷の怪しい影に向けてフレイムアローを打ち込んでいく。
「下位魔法なのに全然威力減衰しないなんて……あ、左にもいる!」
「わかった!」
シャムスがいつの間にか高さのある船首楼に上がって海を見渡している。
左舷に回りさっきと同じように2つの海の影に矢を打ち込んでいくが数がすくない。
「ユーリ、目の前! サハギンが上がってくる!」
「わかった! 十分だ、もう降りてこい!」
どれだけいるかわからないが、甲板での白兵戦もありうる。戦力にならないシャムスは後ろにいてもらう。
「おい船長! 艦首に魔物がとりついてきた! 余裕があれば人を回してくれ!」
素早く後ろに回り込んだシャムスを確認しつつ、風魔法のブリーズに声を乗せて応援を求める。
「まだ手が離せねぇ! 三分くれ!」
あまり期待していなかったので構わずに目の前に現れたサハギンの顔に至近距離からファイアを見舞う。
そいつは火炎放射をもろにくらい海に落ちていったが、鱗をまとったゴブリンのような顔が次々と顔を出してくる。
威力はないが速いウィンドブラストで牽制しつつ、甲板を走り回ってファイアで仕留めていく。アローは飛距離があるけど威力が弱い。
「ユーリ、正面から一匹上がってきた!」
右舷の最後のサハギンを落として一息ついた所でシャムスが叫ぶ。
左を見れば典型的なサハギンがトライデントを構えたところだった。
切っ先が緑に光る。
――――ィン!
反射的にレジストしたけどほっとしている場合じゃない。さっき俺がしたのと同じ牽制の風魔法の後には距離を詰めたサハギンのトライデントが迫ってくる。
「チッ!」
小指側に盾部分が来る、逆手に持ったホーシールドを回すことで敵の穂先をたたき落とし、間合いを取り直す。火魔法は甲板上では使えない。焦げたら賠償になるからだ。
ホーシールドは農具が元の小盾で、攻撃手段は単純なシールドバッシュだけど、昔熟練の農民がトンファーのように扱っているのを見て可能性に気づいてしまった。
活殺自在で対人用として便利だったからしばらく愛用していた。今もそれなりに使えている。
特に意味はないが手首をならすために風切り音を立てて振り回しているとサハギンが吠えてきた。
「マセキ……マセキッ! クワ! クワセテ……ッ!」
マセキ、魔石? 魔物が魔石を欲しがるのも、片言でしゃべるのも普通だけど、魔物は魔石をただ集めるだけだ。魔獣のように食べはしない。クワセテって違う意味があるのか? わからないけど魔石を欲しがっているのは確かだ。でもマジックバッグの中の魔石は認識できないはず。襲ってくるなんてそれこそ軍の物資輸送馬車ぐらい大量の魔石じゃないと……あ。
魔石に思い当たった思考は中断し、さっきと同じ戦法でつっこんでくるサハギンのトライデントを受け流してから踏み込む。槍をつかみつつ首を盾の先で突き上げた。ホーシールドの刃はないけどそれなりにとがったエッジが強引にサハギンの喉笛のおしつぶしていく。
「多いな」
甲板には3体のシーリザードマンが這い上ってきたところだ。その右手には曲刀が握られている。速攻で盾を右手順手に持ち替え、中型ナイフを左手逆手に抜く。
「ゲイル!」
足を踏み込んだ瞬間、はじかれたように前進する。風魔法は気圧操作が主な使い方なので瞬間的な加速・制動ができ、身体強化なしでも近接戦闘に使える。
不意を疲れたリザードマンが慌てて振り下ろした曲刀の鍔元近くを押さえ、盾とナイフで挟み込むように手前に引き、相手の手首を切る。
「ゲァァァ!」
リザードマンが叫ぶが構わずナイフを捨て、曲刀を奪い取りそのまま切り伏せた。
先ほどからシャムスは後ろを警戒しつつ、他のリザードマンとの間に俺を挟むように動いている。基本を押さえてくれていて助かる。
曲刀を手に入れたので、後はごり押しさせてもらう。速さで圧倒し2体のリザードマンの首を切って戦闘を終えた。
「疲れた……」
階段まで戻るとそのまま樽にもたれた。緊張で余計なSPを減らしてしまった。そばで待っていたシャムスと目が合う。
「や、大分ブランクがあるし、ここじゃ土魔法の身体強化も使えないし……」
つい言い訳をしてしまったけど、シャムスは目を見張ったまま首を振った。
「いや、言い訳しなくても大丈夫だよ? 一人で二十匹倒して生き残ってるなんて普通にすごいし」
攻撃の要の火魔法も使えないし、武器も量産品だから――という続けようとした言い訳は飲み込んだ。
「そうか。そう言ってくれるとほっとするよ」
かつてゴブリンやサハギン程度の魔物なら百匹くらいショート・ソード一本で倒せると考える奴がいた。転移直後の俺である。
この世界で育っていても、物語の英雄のように雑魚ならいくらでも殺せると思っている人は都市の城壁外にでたことのない内地人を中心に意外と多い。
普通の人が魔法を使うこの世界でも、普段は徒歩で歩くし荷物も手や荷車で運ぶ。
身体の強度は前の世界の人間よりむしろ弱いくらいで、上位の軍人や狩人が戦闘で超人的な動きができるのは中位以上の魔法適性をもつ人が使える身体強化の技術を磨いてきたからだ。
そんなエリートでも一般兵士50人とまともにぶつかれば死ぬ可能性が高い。
重火器、爆弾に相当する魔法も威力減衰を考えると中距離でしか使えないし、そもそも50名もいれば属性がかぶる敵が何人もいる。
弱い彼らでもレジストは出来てしまう。攻撃魔法は封じられ、自分はそれ以外の属性魔法で一方的に攻撃される。多対一は怖いものなのだ。
それは魔物についても言える。ゴブリン、サハギンはこちらの世界でも最底辺の魔物だけど、大人くらいの力はある。
そうなると身体強化で逃げ回り一人ずつ倒すしかないが、MPだって有限だ。無限に逃げ回れるわけじゃない。MP切れで全方位から一斉に襲われればあとはタコ殴りだ。
SPをガンガンけずられたら傷はなくても痛みでまともに動けず、0になればLPも削られはじめ、
前の世界で例えるならば、刀をもった侍相手でも、現代人はサブマシンガンを持てば無双できる。でも弾倉が空になっても雑魚と呼べるか、という話だ。
そんな事を考えていると、甲板を叩く靴音がこちらにやってきた。
「魔物が待ち伏せていたか。すまん、判断ミスだ。ここまで魔物・魔獣が集まってくるとは予想外だった。後ろ甲板の戦闘もまだ終わっていないが、ここは見ておく。休んでくれ」
背の低い若い男がカトラスを片手にわびてきた。たしか水夫長だったか。
後の事を任せ、シャムスを促して後ろ甲板に向かうことにした。
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