1−21 新しい名前で信頼を勝ち取る

「とにかく、そういうわけで偽造したステカの名前はブランクなんだ。生まれ変わるのに名前がそのままなんてありえないからな。で、俺は名前を決めかねたから保留にしておいたんだ。依頼人であるシャムスを不安にさせたらまずいとおもって話さなかったけど、不信感を抱かせてしまったなら謝る。悪かったよ」


 椅子に座り直してしっかりと頭を下げる。年齢は関係ない。


「そう……、でも不便だから名前はちゃんと決めて」


 よかった、納得はしてもらえたみたいだ。


「わかった。そうだな……ユーリというのはどうかな?」


 一応案はあったのだ。でもこちらにきたばかりの頃、名前を安直に決めたため、”ライド家なんて聞いたことが無い。よっぽどの田舎からきたんだな”と学院の連中に馬鹿にされてしまった。ステータスカードに家名を記すのは貴族くらいのものらしい。偽名でも他人にとっては本名だ。今回は慎重にきめたい。


「なんで私にきくの? 自分が良いと思ったらそれでいいじゃない」


「いや、俺のイメージにあってるか、とか客観的な意見が欲しくてさ」


 シャムスはしばらく窓から見える海を眺めながら考えてくれていた。傍目からみればシャムスは明らかな美少女だ。物憂げな表情で窓の外を眺める姿は絵画の題材にふさわしい。


「……第一印象はしょぼくれたおっさんだったんだけど、意外とそつはないんだよね……倫理観に乏しいというか、常識が無い所もあるけど人柄は多分信用できるし……ユーリってグスタフとかディルクに比べるとちょっと頼りない名前だけど、名前負けするよりましか……」


 おしゃべりな絵だな。この世界の絵に音声再生機能はないはずだけどな。


「ユーリ、ユーリね……。うん、いいと思うよ」


「そうか、良かった」


 シャムスは灰色の髪を揺らしてこちらを向き、力強くうなづく。

 よかった。ついでにトマスの事も弁解してしまおう。


「それからトマスの話になるけど、俺はナフタのシーフギルドにも所属していたんだ。でもしばらくして、やっぱり仕事で使えなかったから除名になった。そのとき追い出した当事者がトマスだ。いざこざというか、そういう事情ではある」


 やはり他人事のように思えても、自分の過去を語るのは気恥ずかしい。俺も窓の外をながめさせてもらおう。


「ふーん、あの人は昔自分が不幸にした人が立ち直るのを見て喜んでたの? へんな話」


 シャムスにはいまいち納得できなかったようだ。

 確かに、今思えばあいつは俺が狩人に復帰することを喜んでいたな。そうか、門出を祝ってくれていたのか。


「まあ、それはそれ、これはこれだ。しかしあいつには悪いことをした。また会うことがあるならありがとうと言っておくよ」


 今後会うことはないだろうけど、奴だけじゃなく他の人に対して同じ失敗はしないようにしよう。


「へんな言い方かもしれないけど、常識を思い出させてくれてありがとう。改めて名乗らせて欲しい。俺の名前はユーリ。まもなくハンターギルドに登録する予定で、君の護衛だ。よろしく頼むよ」


 これがあたらしい俺の門出だ。そしてシャムスは出会った最初の特別な人だ。

 しかし差しのばした手は盛大に空振りした。名乗って差し出した握手を無視しないでほしいかな?

 文句を言おうとしたがシャムスが食い入るようにステカの続きをみている。


 まずい。さっき慌てて渡したからどこだけ見せるか決める開示指定をしていなかったかもしれない。取り上げるか? いや、ここで取り上げればさっきまで上がっていたシャムスの俺への信頼度が急降下することになる。持ち上げておいて落とすのは普通に落とすよりもダメージが大きいのだ。ダメージを受けるのは当然落とした側の俺。


「なんか変なもの、あった?」


 内心冷や汗をかきながら白々しく聞いてみる。


 シャムスが翠色の目を見開いたままカードからこちらに顔を向けてきた。


「いや、どれもこれも変でしょ…… MPはロックがかかってるし、LPがマイナスって意味わからないし。魔術が全適性あるのはありえなくはないけど驚いたし、土魔法は限定がないし、技能スキルだって解放されているのだけでもいくつあるのこれ? ほんと何なの?」


 呆然とつぶやきながらシャムスはステカに視線を戻し、反対の手でスワイプしながら目を上下に動かしている。A4サイズの拡張現実的なアレを読み込んでいるんだろう。


 普通の人はステカの内容を親しい人にしか見せない。手の内をさらけ出すのはあまりに危険だからだ。街に入るときなど、個人認証などの時は名前だけを開示指定して見せてあとは隠しておく。

 シャムスは夢中になって手を止めず、結局最後まで全部見てしまった。

 呆然としていたシャムスがはっと我に返った。


「あなたが見ろって言ったんだから、私は悪くない……はず……」


 今更だけど他人のステカを全力で見た気まずさが押し寄せてきたらしい。


「気にすることはないよ。確かに普通は見せないけど、シャムスには信用されたかったから……他にやり方が思いつかなかった」


「そう、別に信用してないわけじゃないけど……」


 見られたのは偶然だけど、止めなかったのはわざとだ。こちらが誠意として過剰なコストを払い、相手の罪悪感を利用して譲歩を引き出す。今回だとステカ情報という過剰な秘密をシャムスに押し売り、シャムスを信用させる。

 誰でもやってる。普通だと、思う。いや、スラム以外でも普通だったか? 自信がなくなってきた。


「それにしても、あなた何者なの?」


 やっぱりそこだよね。この世界に俺達を転移させた天使やロガーに口止めはされていない。自分の身の上を語ってもいいだろう。どうせ見ているだろうし。


「信じてもらえないかもしれないけど――」


 語り始めようとした途端に船が大きく揺れる。

 非常事態を知らせる船鐘の音がけたたましく響いた。



    ――◆ ◇ ◆――


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