1−20 クズ認定されてました

 売り子から買ったパンとブラウンシチューを船室で食べていると、


「ねぇあなたって割とクズなの?」


 対面のシャムスが何でも無い事のように非常識を口にした。

 これまでの船旅で口数は少なく上品というエルフのイメージは崩れ去っているけど、非常識という属性までつけなければいけないのだろうか?


 これまでの人生でそれなりに人の罵倒は聞いてきたのでシャムスが悪感情からクズと呼んでいるわけじゃないのはわかっているんだけど、何なのこの子?


「まあ、よそ様からすれば恥の多い人生を歩んできたけどさ、シャムスとシーフギルドで会ってからここまで、なにかクズらしい事をしたかな?」


 皿に残ったシチューをパンでかき集める手を再開しながらとりあえず聞いてみた。


 なんとか臨検をかわし、テーベ行きの中型船に乗り込んでからずっと暇だったので船室や甲板で雑談をしていた。といっても俺はシャムスがしゃべるのを聞いているだ。


 シャムスが赤ん坊の頃、故郷が狩人に潰された事。家族が知り合いのいたティベリウスの小さな街に逃れ、下町で育ったことなどを聞いた。おしゃべり好きなんだなと微笑ましく思っていたところにこれだ。


「自覚がない所が救えないね」


 怪訝な顔をしているとシャムスに半目で軽くため息をつかれた。反抗期の子供にため息をつかれるってこんな気持ちなのか。


「さっきから私はあなたを”あなた”としか呼んでないよ? 名前を教えてくれないから。これから長い旅になるんだから仲良くしようと思った私が馬鹿みたいじゃない」


 なるほど。非常識は自分だった。


「確かに、シャムスの言うとおりだ。改めて言わせてもらう――」


「その前にもう一つ大きな理由をいわせて。シーフギルドにいたトマスって人、別れ際にとっても悲しそうな顔してた。あなたが昔に何をされたのか知らないけれど、旅の無事を祈って渡す餞別をひったくって出て行ったのは正直ありえないとおもう」


 あー、うん。

 名乗らなかった方の言い訳として、裏通りを這いずる生活では自分の情報はなるべく明かさないのが当然だったし、もっと根本的な理由もある。

 しかし、無愛想な子供に優しく接する大人のつもりだったのに、実は逆だったというのはひどく滑稽な話だ。彼女の言うとおり、本当に救えない。


 それにトマスとの事も言い訳できない。

 あの後センベツの正しい意味を思い出して一人自己嫌悪に陥っていたが、やっぱり駄目だったよなあの対応は。

 たしかに思いかえすと、なにかがっかりしたような、申し訳ないような顔をしていた気がする。

 善意を表す単語も忘れているなんて、神経の修復はできても低下したコミュニケーション能力のリハビリは必要って事、なんだろう。


「……名乗りもせず、世話になった旧知に別れの挨拶もしないなんて確かにあり得ないよな」


 このまま旅に出るにはあまりに気まずい。とりあえず、名前についてから事情を話そう。


「あー、とりあえず、名乗りについて言い訳するこれをみてくれ」


 首からストラップでぶら下げていたステカを外して見せる。


「ステカ? ……え、なにこれ? 名前欄って隠せる、わけないよね?」


 ステカを顔の前にかざしてのぞいたシャムスが怪訝な顔をする。


「うん、隠すなら『名』の部分ごと消えるはずだろ? これは俺にとって二枚目のステータスカードなんだ。高い金を積めばシーフギルドで作ることが出来る。まあ顧客は主に犯罪歴を消したい奴らだな」


「つまりあなたは犯罪者」


 シャムスの声のトーンが下がる。なんでそうなる。


「違う。俺の場合は例外だ。俺はつい数日前まで最下層民だった。狩人をはじめいろんな職業・ギルドを転々として、浮き沈みはあったけど、結局どこも除名された。理由は恩寵で魔法適性が最下位に限定されていたせいだ。それがややこしい理由で……とにかく限定が緩和されたんだ。だからまたどれかの職業に復帰しようとしたんだけど、除名の履歴が消えない限りまともな仕事につけない」


「だから偽造をナフタのシーフギルドに頼んでいたわけか。最下層民だったのによく頼めるお金をもってたね」


「犯罪はしていないぞ? 街道で魔獣に襲撃された便の荷をあさっただけだ」


 またシャムスがジト目になった。やっぱだめかこれも。



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