1−19 センベツってなんだっけ

 いや、訳ありにもほどがあるだろう。なんとか中継地であるこのギルドまでたどり着けたのは不幸中の幸いだろうけど、なあ。

 ダークエルフの子供に目を向けると緊張からかにらみ返してきた。

 狩人がねらうような価値のある物は、見たところ彼女自身くらいしかない。

 ダークエルフは差別こそされていないけど、立場の弱さから『さらってもいい美人』と考える下種もいる。

 けれどそれでも違和感がある。娘一人をさらえばステカに犯罪称号が刻まれる。そのリスク覚悟で狩人が娘一人欲しがるだろうか?

 それにポーターだけど、逃走が完了してから事切れる、というのもおかしい。LPが削れていくまで傷をうけていたのなら、受けた時点でSPは0だ。もうまともには動けないのだ。よほど優秀な恩寵をもっていれば別だろうが、そんな奴がポーターをしているだろうか?


「今の手持ちのシーフ達じゃこの仕事はむずかしい。狩人に戻れるおめぇならいけんだろ?」


 トマスの言葉を聞いた直後、懐かしい声が蘇った。


『できるのならやらないと、後で後悔するから』


 割に合わない事をするとき、彼女はいつもそう言っていた。この仕事は、割に合わない。どんな爆弾をこのダークエルフが抱えているかまったくわからないのだ。

 だから爆弾のことは少しでも知らなくてはならない。くそ。


「仕事を受ける前に確認したい。襲われる可能性は今後も続くのか?」


 すこし詰問口調になるが、しかたない。こっちだって命をかけるんだ。彼女みたいに無条件で人助け、ということはできない。


「……続くと思う」


 それきり彼女は黙ってしまった。まあ、とりあえず隠さないのだから及第点だ。

 俺は少女の前に立ち、すこし身をかがめて握手を求めた。

 友好的態度を子供に求めるのも無理な話だ。頼りになる護衛だと安心させるためにもこちらから歩み寄ろう。


「はじめまして。……えーと、ポエニキアまで君の護衛をすることになった。狩人崩れではあるけど仕事は全うする。よろしくな」


「……よろしく」


 差し出した手を取りもせず、眉根にしわを寄せてなんとも微妙な表情をしている。狩人に襲われたばかりだから無理もないか。ダークエルフは長命らしいが、大人になるまでの時間は人間と変わらない。


「ああ、それと君のことはなんて呼べばいい?」


 子供と接したなんて遠い昔に思える。なんとか優しげな雰囲気を出してみる。


「名前はシャムスだけど、あなたでも君でもお前でも返事はする。後ダークはつけないで。一部の白い奴らが差別したくて使い始めた言葉だから」


 ……あー、このコミュニケーションはわりとマイナスからのスタートらしい。

 俺が顔を上げるとシャムスを連れてきたシーフがトマスになにか告げていた。


「顔合わせが済んだなら急いで腹に青い十字が描かれた船に向かえ。軍が港を封鎖して船舶を一斉臨検する動きがある」


 臨検自体は港町では別に珍しいことじゃないけど、亜人のシャムスをつれていれば、どんな因縁をつけられるかわからない。トマスの言うとおり急ぐことにしよう。


「そうか、でもその前にトマス。さっき言っていた経費だ」


 手早く地図などをバックパックに押し込み、手を差しだす。


「ふん、もってきな」


 トマスが差し出してきた革袋を受け取る。なにを偉そうにいってるんだか……ん?


「おいおい、出すなら最初から渡せよ経費。おっさんのサプライズとかいらねぇよ?」


 袋の中には五十万ディナが入っていた。悪態をつきつつもほおは緩むもんだ。


「経費じゃねぇよ。二十万は餞別だ」


 顔を向けるとトマスは忌々しげな顔をして首を曲げていた。

 センベツってなんだったっけ? 言葉がわからず首をひねる。経費じゃないなら目の前の大樽はなんで金をくれるんだ?


「……あん時はすまなかったな。余裕が無かった」


 ああ、そういうことか。ようやくわかった。ようするに慰謝料のことか。ならわかる。


「礼はいわねぇぞ? なにせ慰謝料だからな。じゃあな」


 もう会うこともない昔の同僚に挨拶をし、五十万がはいった革袋をバッグに突っ込んでその場を後にした。

 トマスのなんとも言えない表情に違和感を覚えるが、とにかくもらうものをもらったのだから先を急ごう。 

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