1-17 シーフギルド長からの依頼
「……ハッハッハッ、子爵もお盛んで。ってか母親も子供に生々しい話するなよ。ぜってぇ性格ゆがんでんだろこの隠し子」
トマスがソファーでだらしなく腹を突き出しながら買い取ったゴシップをみて笑っている。
金に関する取引は大体終わっている。手形証文の類いが八ガケで百六十万ディナ、情報が二百四十万ディナだ。くそ、トマスがギルド長じゃなければもっとつり上げられたのにな。
「しかし、今になって土魔法の上限が上がるとはなぁ……またうちで働かねぇか?」
「俺を追い出したやつがなにほざいてんだか」
ちげぇねぇな、というトマスと笑い合う。
俺はここで働いていたが、ある日に追放された。それを言ってきたのは同僚だったトマスだった。
が、いまさら思うことはない。このギルドが使えない奴を飼う余裕がなかっただけだ。
トマスはデカンタからワインをさらについでいく。五度ほど樽まで往復しているので、ビン三本はいっているだろう。どんだけ飲むつもりだよ。
「おい、悪いがお前と飲みあかすつもりはないんだが?」
「つれねぇこというなよ旧友。おめぇのステカはオーダーが長すぎて書き換えに手間取ってんだ。ゆっくりしてけよ。仕事の荷物も来ないしな」
トマスはテーブルの前の星遺物をチラリと見る。確かに待つしか無いのだろう。ただでさえカードの発行には時間がかかるのに、俺のステータス情報はアホのように多い。
目の前のこの星遺物は普通のハンターギルドにも無い、国営ギルドの地方統括支部のような大きな所におかれている上位互換品だ。
この星遺物はどういう理屈かわからないけど、情報を共有化しているらしい。血を垂らして登録者の情報を読み取るため、カードを無くしたといって再発行しても以前に登録した名前がそのまま使われる。つまり別人にはなれない。
そこを上位互換の星遺物はクラウド上の情報まで編集出来てしまうらしい。想像だけど登録者の血の情報と既存のカードとのリンクを断ち切って、新しい名前が書かれたカードと血の情報をリンクさせているんじゃないだろうか。トマスでも扱えるほど自動化されているのでわからないけど。
「じゃあ移動ルートについて確認するか?」
「そうだな。気が進まないけど、やるからには成功させないとな」
ステカ偽造が終わったらティーラに高飛びする予定だったけど、自由になる前に一仕事することになってしまった。
というのもステカ偽造料金が予想外に高く、金が足りなかったからだ。昔三百八十万ディナだった料金が今五百万ディナで、俺の手持ちは四百万。依頼するには百万ディナ足りなかった。
そこにトマスが護衛の仕事をすれば差額をチャラにするという話を持ちかけてきた。
他人の懐事情を見抜く奴の目は確かで、固有スキルでも持ってるんじゃないかと昔から思っている。
正直仕事を押しつけるためにはめられた気もするけれど、背に腹は代えられない。
「ああ、聞いてやるさ」
こちらが返事をする前にチェストから一枚の地図が引き出され、テーブルの上に広げられた。
「荷物を運ぶ先は南西部のティーラ属州州都のポエニキアだ。そこまで護衛としていくのが依頼内容だ。いいな?」
荷物はシーフギルドにおける護衛対象の隠語だ。トマスはいつの間にかプロのシーフの顔に戻っていた。
「ルートについてだが、ここナフタからポエニキアまでの直行便はない、だから直近の国際港テーベからティーラに入る」
「問題ない」
テーベ港は東部属州や現在戦争をしているけどマツダ教国への便もある国際港だ。外海ともつながっていて、アーリア首長連合への航路はもちろん、オリエント世界ともつながっているとか言われている。
「だがテーベからのんびり船旅をするような予算はねぇからテーベからポエニキアまでは陸路を使うことになるだろう。もちろん陸路の途中で稼げれば船旅にするのもアリだ。その辺の臨機応変は荷物も了解している。だが属州ティーラは知っての通り、海沿いの植民都市は栄えているが内陸の開拓は少しの農地以外全くといっていいほどすすんでねぇ。近くの漁村までの道はあっても隣の都市にいく街道すらねぇんだ。陸路は道なき道をすすんでもらう事になる。いいな」
真面目な顔のところ悪いが言わせてもらおう。護衛で使う消耗品だって無料じゃないんだ。
「良いわけないだろ。荷物がどこまで手のかかる奴かわからないし、必要経費として五十万ディナは追加でつんでくれ。文無しじゃ装備も整わない」
「三十万だな。どうせ狩人に復帰すんだろ?」
地図の上に手をつきながらトマスがニヤニヤと笑ってくる。
「なんでわかった?」
別に隠すものでもないけど訊いてみる。
「ばぁか。犯罪者でもねぇのにわざわざ高い金だしてステカ偽造するなんておめぇくれぇだよ。魔法が使えるようになったから割の良い仕事につきたくなった。だが
だれでもわかる、といいつつ背もたれに腕をあずけるトマスは得意げで腹が立つ。
「まあ、誰でもわかるか。お前でもわかるんだからな」
皮肉まじりに肯定してやる。狩人には復帰、というか別人としてハンターギルドに再び登録するつもりなのは確かだ。
とはいっても割の良い仕事もあるというだけで、ギルドに加盟するのはステータスでもなんでもない。そもそも狩人は職業ですらない。
帝都周辺の狩人、ほぼ傭兵か護衛のみで食べているガーディアンハンターは、貴族や豪商の目にとまり、騎士や専属護衛になるために研鑽するエリート候補生だったりするけれど、辺境ではまちなかの漁師や大工が本業のかたわら副業として狩人登録をしていたりする。
魔獣から採れる魔石は旅をするにも、移動しながら得られるので魅力だ。しかしその魔石の換金を独占しているのがハンターギルドだ。だから登録をする。
余談だが、魔獣目撃情報や討伐依頼、避難指示などまったくせず、魔石の買い取りしかしていない支部も多い。
今後も逃亡者として居場所を頻繁に変える可能性が高い俺にとっては外せない加盟先だ。
「ほれ、ステカできたぜ」
星遺物から引き抜かれたカードを受け取り、目の前にかざす。時間、ステータス諸々は前の物と同じく表示されているけど、若干チラチラと画像がみだれる。
「おい、なんかノイズが走るんだが?」
「規格外ではねられたカードを無理して書き換えてんだ。贅沢言うな。何があっても保証外だからな」
そのあたりのリスクは込みけど、ギルド員時代にジャンクカードで致命的なエラーが起きた話は聞いたことが無い。
カードをソファに戻ってステカの詳細を確認していると、入口に人の気配がした。
「やっと荷物が来たか」
トマスが重い腰を上げると座っていたソファが大きくきしんだ。
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