「もう大丈夫……俺が背負えるだけの災厄を背負ってあげた。それに他の者も手を貸してくれたようだ。今、取り戻した花火を抱えて山を下っているね」

 そう言いながら、涙を流しながら安堵の表情を浮かべる柚季に微笑みかけてくる。一度は消えて蘇った神様、青い炎はほろほろと消えていく。

「……まさか、こういうふうにお守りを使うとは」

 はっきりと見ることのできる姿に、柚季は無理矢理に笑顔を作って見せる。

「私が……変なことに使わないって信じていてくれたくせに」

「まあな」

 くしゃくしゃに髪を解し、神様は柚季に目線を合わせたまま笑った。

(温かい。ああ、もう無理だ。笑顔、もう、持たないや)

 柚季は痛む足など忘れ、神様に飛び付いた。懐にダイブして一瞬、神様が白目を剥いて失神しそうになっていたが、しかし、抱き留められた柚季は想いきり声を出して泣き始めた。

 今年の夏は、泣くことから始まった。そして忘れようもない出来事に、たくさんの涙を流した。今日という日を忘れはしない。そう誓った柚季の頭をそっと神様が撫でてくる。

「ぼろぼろになっちまって……でもまあ」

 神様は言う。はっきりとした声が耳に届き、柚季は涙を流しながら白い歯を見せて笑った。

「お嬢ちゃんの優しさは、ちゃんと伝わって来た。ありがとう、あの子がここに来てくれるまで、絶対に消えない」

「当たり前よ」

 さて、と柚季はそっと神様から離れる。

「おじいちゃんのところに花火を持って行かなきゃ。待っている人がたくさんいるから」

「そうか、俺も手伝えるといいんだけれど」

「あなたはここに居て。後でまた来るから、勝手に消えないでよ?」

「もう、そう簡単に消えないさ……じゃあ、代わりに言伝を頼みたい。継に、ここへ来るのは自分がやるべきことを終わらせてからでいいから、と伝えてほしい」

「やるべきこと?」

「言えばわかるよ」

 意味深に微笑み、神様は柚季の背中をそっと押してくる。もしかして文の事だろうか、そう思いながら口元を緩める。今度は、振り返っても消えていない。優しい微笑みを浮かべる神様に、お腹がぽかぽかしてきて、自然と顔に笑みが浮かぶ。

「そうだ、神様」

「なんだい?」

 柚季は背筋を伸ばし、鳥居を背に――改まって訊ねる。

「あなたのちゃんとした名前を、教えてください」

 青い炎の消えた本殿の前、賽銭箱に座った神様はどこから取り出したのか、酒瓶を手に答えた。それはどうにもこうにも、神様とは思えないほどの態度で、でたらめで、まるで自称神様のようだった。


天積之神あまつみのかみ――災厄を背負う、酒好きのおじさんさ」


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