◆
あの継という少年は、神様が待っていた人だ。
「消えちゃ、ダメだ!」
まだ、あなたは消えちゃダメ、そう心の中で叫び、草むらを掻き分け、石段に足を掛けると――ありったけの力で柚季は駆け上がって行った。ここを登るのはこれで三度目だ。辛い。正直、この階段を上がるのは若い身体であっても辛い。しかし、柚季は叫ぶ。誰にも聞こえない、心の叫び。
(これからも、何度だって私は駆け上がるから! だから!)
躓き、盛大に転ぶ。それでも、柚季は足を止めずに駆け上がり続ける。そして柚季はお守りを手に――願いを込める。
大きな大きな、立派な鳥居が柚季を迎え入れる。不安に満ちた柚季の足音がこだまする中、そよ風が木々を揺らす。目の前の光景に、柚季は自分の目を疑った。
「嘘……」
鳥居はある。しかし、その先に広がる光景は、まるで数十年という時を経たかのように、朽ち果てていた。神社は、本殿は、崩れ落ちていた。この変貌にもかかわらず、不自然さの欠片もない光景に、柚季は唇を震わせる。見る影もない本殿に歩み寄り、転がった鐘を足元に柚季は足を止めた。本殿の壁も、屋根も、縁側も、扉も、何もかもが朽ち果て、触れればボロボロと崩れ落ちるほど。誰にも気付かれないまま、本当にこの神社は終焉の時を迎えてしまった。ほんの少しの間だったにもかかわらず、寂寞とした光景になってしまった。
転んだ時に擦り剥いた傷から真っ赤な血が流れ落ち、痛みは確かにこれが現実であることを知らせている。
お守りを握り締める手に力が入る――ありったけの思いを、願いを込める。
「――お願い、私の願いを叶えて!」
思い切り叫び、喉が裂けるように痛む。
「あなたが会いたがっていた人はちゃんと来ていた! だから消えちゃダメ!」
顔を上げる体力も尽き、項垂れるようにして柚季は声を上げ続ける。
「消えちゃったら、あの人にも会えなくなる! あの人も、あなたに会えなくなっちゃうんだよ! そんなの、辛いじゃない!」息を限界まで吸い込んで、柚季は吐き出す。「毎週会えるわけじゃない、いつだって限られたときにしか会えないあなたの気持ちを私は理解できなかった!」
お守りを両手で持ち、柚季は抱き締めるように胸元へと持っていく。
「今、その人はこの町のために必死になってくれているの! 私には何もできない、でも、あなたならできるはず!」
崩れ落ち、柚季は完全に体力が切れた。肩を震わせながら静かに泣き続けるしかなかった――もとより、このお守りが本当に願い事を叶えてくれるかどうかもわからない。確かに一瞬でも自分の恋を叶えられるのではないかと思った柚季だが、効力そのものを完全に信じてはいない。これは、願掛け程度。気持ちを強くさせる為の願掛け。だから、今の柚季の願いが叶うかどうかなど、柚季にもわからない。しかし、柚季は泣き続けながらも願い続ける。
願う。
「お願い! 継を、この町を、皆を――」
願う。
「――助けて!」
雷が落ちるかのような轟音が本殿に響く。握り締めていたお守りが微弱な光を発している。指と指の隙間からこぼれる淡い、青い光。まるで蛍を包み込んでいるかのような淡い光。そっと顔を上げて、柚季の涙腺は崩壊する。眩いばかりの青い炎が揺らめき、崩れ落ちていた本殿から広がっていく。柚季の足元も、崩れて倒れていた灯篭も、落ちて朽ちかけていた大きな鈴も、包み込むように広がっていく。
「……神様だ」
青い炎が人の形へと変わっていく。その神々しい姿は、まさしく神そのもの。自称神様は――本当の神様。そして、柚季が摩訶不思議な光景に見惚れていると、神様が両手を左右に大きく広げた瞬間、神社の敷地内だけに留まっていた青い炎が一気に波状となって、柚季の体をも通り抜けて、飛んでいった。
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