「金なんて要らん、自由に使ってええから」と言われて案内されたのは畳がずらりと並ぶ大広間だった。とてもじゃないが一泊無償で泊めてもらうには豪勢過ぎる部屋だ。そして、伊織の手には大量の食べ物の入ったビニール袋があった。

「何だろう……この町の人達って」

 露店で出す品を試しに作ったから、と知り合ったばかりの青桐継という少年と一緒に歩いていただけで、まる三日は持ちそうな量の食べ物をもらった。中には何故か缶ビールまで入っている。それを、付いて回る少女が手に取りそうになり、慌てて取り上げる。

「子供、だから」

 言って伊織は、キョトンとする少女の謎の力のことを思い出す。完全に潰れていた花が復活したのは、この少女が手をかざしてすぐのことだった。あれを『見間違い』だとするにはかなり難しい。そしてぼんやりと見えた白い小人のような姿もまた、伊織を困惑させる。目の当たりにして『見間違い』と言い切るには、記憶の消去をしない限り不可能だった。

 本当は駐在所があるという町の中心へ向かおうと考えていた。しかし、あの光景を見て、少女が人間ではないことを確信した。しかも、継には白い小人は見えていていない、少女のことが見えていないようにも見えた。まさか、自分だけしか見ることのできない存在なのだろうか、今一度少女を見て、そのあどけない無邪気な笑顔が、伊織をがっくりさせる。

「何にしても、泊めてもらえて良かった」

 とても温かい。この町の人達の温かさは、懐かしい場所に戻って来たような感覚にさせる。自然と表情が緩んで、心の扉が自然と開いてしまう。うっかり「ただいま」と言ってしまいそうな、そういう気持ちにさせる。

 もしかしたら、この少女がここに伊織を連れて来たのではないだろうかと疑うが、どうもこうも、早速部屋の中を走り回って遊ぶ少女を見ていると、考えるだけ無駄なように伊織には思えて来た。

 窓を開いて、窓辺に座る。遠くで明日開かれるという花火大会の準備が進んでいる。さっき出会った人達もあそこにいて、もしかしたら継も駆り出されているかもしれない。

「…………あれ?」

 知らぬ間に、自分が泣いていることに気付き、伊織はただただ、流れ落ちる涙の熱さに瞳を潤ませた。そんな伊織に、少女が袖を引っ張って来て、膝に座ってくる。

「ごめん……なんだろう、こう、胸の辺りが、苦しくて」

 少女が手を伸ばし、そっと頬に触れて来る。座ったまま見上げる少女が白い歯を見せて笑う――遠くないどこかで、小さく風鈴の音色が響き、涙は少しずつ止まっていく。

 少女の仕業だろうか、それはわからない。だが、もし一人だったら、この苦しさには耐えられなかったのかもしれない。

「ありがとな」

 そう言って「もらったやつ、食べようか」と少女に訊ねると、少女は嬉しそうに頭を振った。風鈴の音色に重なって、微かに聞こえた犬の遠吠えに少しだけ不安を抱きながら、伊織はそっと窓を閉める。そしてビニール袋の中に、小さな果実がいくつも入っているのを見付けた。

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