一日目

 ――電車の揺れに、目を覚ます。

 よだれを垂らしていることに気付き、慌てて拭うと車窓の向こう側、山々の隙間から海が見えた。

「もうすぐ、かな」

 夏休みに入ってすぐ、その日の内に荷物をまとめた。家を出たのが夕方のこと、それから夜行列車に乗って、今は二両編成の電車に乗り換えて、小一時間。今から向かう場所には電車が通っていないため、終着駅からはバスに乗り、ようやく到着する。一度バスを逃せば半日は待たなければならない。歩いて行くにしても海岸線を延々と歩き続けるのは、この夏場には中々に堪えるものだ。

 高校生に上がってから二度目の夏。他の春休みや冬休みも訪れているが、夏休みに限定してみると、青桐継あおぎりけいにとって夏休み6度目の来訪になる。海岸線にあるその町は悠禅町ゆうぜんちょうという名で、海に面しているだけでなく、そばには大きな山々が連なり、四季を通して様々な景色が楽しめるとして、最近では人気の観光スポットとして全国にその名が広まりつつある。とはいえ、中々不便な場所に位置しているせいで、観光客がたくさん訪れるのは長期休暇の多い夏場や冬場がほとんどだ。

 この時期、悠禅町の目玉でもある花火大会を目当てに訪れる観光客は、その圧倒されるほどの鮮やかな大輪が夜空を彩る光景に惹かれて、リピーターも多い。すでにほぼすべての宿泊施設は埋まっている状況だった。しかし、継は毎年訪れるにあたって、親戚が経営する旅館の一室を借りられるように話をつけてあり、心置きなく自分の目的を果たすべく、継はこの夏休みを悠禅町で過ごすことになっている。その旅館がリニューアルしたという連絡を受け、継はかなり心配していた。その旅館には、大事なものがあったのだ。

「あの木、切られていなくて良かった……」

 大切な思い出のある木。さっきの転寝で見ていた夢を――思い出を頭に思い浮かべながら、揺れる電車に再び瞼が重くなっていく。長く続く線路を走る列車は、がたんと揺れて徐々に速度を上げていく。揺れる車内で、継は寝言のように呟いた。

「――会えるといいな」

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