第8話



 結局、俺はあのコスプレ魔法使いが結婚…までは行かずとも、その先駆けとして彼氏くらいは出来るように協力する事を決めた。


 日を改めようという事で、翌日の朝に同じ林の中で落ち合う手筈になったのだ。


 その為に魔王城で数人の手を借りる事になったが、何故か皆が協力的だったのには驚かされた。なに?魔物って暇なの?







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 ーー翌日。




「……で、お前は誰だ?昨日の暗黒騎士はどうした?」


 俺は鎧を脱ぎ去り、暗黒騎士ではなくその知り合いの人間という設定で魔法使いに会うことにしたのだ。

暗黒騎士で来ても良かったのだが、あの通気性で炎天下に晒されるのは厳しいものがある。そして万が一誰かに見られたとして、傍目から見たら人間と魔物が何か画策している様にしか見えないだろう。だから苦肉の策として、カルロに頼んで他の顔を隠せるものを借りたのだがーーーー。


「はは……ははは。俺は暗黒騎士の知り合いの者で……今日はアンタの事を任されて来たんだ」


「ふざけているのか?その可笑しなメガネを取ったらどうだ?あとその鼻と髭、偽物じゃないのか?」


 当たりだよバカ野郎。よりによってカルロの奴が渡して来た新しい仮面、もとい変装グッズ。

 一番人間に近いものをと頼んでみたら手渡されたのは『ヒゲ付きの鼻眼鏡』だ。確かに、人の格好をしてつけるにはピッタリであるが、どうにも悪意が篭っているようにしか感じなかった。


「俺の事はどうでもいいから!とりあえずお姉さんが幸せになれるように頑張ろうじゃないか!な!」



「む…そういう事なら…頼む」



 割と話を聞いてくれて助かる。


 こんなナリで近づいたら暴れられるかと思ったが、結婚の為という事なら案外素直に話がトントン進みそうだ。


「えーと、じゃあまず名前は?自己紹介もまだだよな」


「…そうだったな、私はマーリン・フォビア。今年で…28歳になる」


「俺は……あーえっと、ひ…髭男爵だ」


「…ふざけているのか?」


「ほ、本名だって!名前が変わってるのは異国の生まれで…外国ではポピュラーな名前なんだぜ⁉︎」


「…ふん、まぁいい。で、何から始める?私は今までモテる為に何かした事などないぞ?」


「…任せろ、まずは試したい事がある。だからーーーーーー」













「ここで服を脱いでくれ」












「……は?」











 束の間の沈黙がながれた。そして、マーリンは静かに杖を握ると魔力を込め出した。


「待て!待てって!!違う、話を最後まで聞けぇえええ!」


「下衆が!さては協力するフリをして私に如何わしい事をするつもりだな⁉︎」


「違ッ…年増に興味は無ーーじゃない!その魔法衣をなんとかするんだよ!」


「…魔法衣を?」


 杖から魔力が拡散される。なんとか納めてくれたようだ。今はデュラハンの鎧も無い、つまり今魔法を食らえば粉微塵になるのは必至である。


「一応聞いておくが、その魔法衣は破いたり壊す類の事は出来ないんだよな?」


「ああ、過去に試した事はあるが…どんな魔法でも不可能だった。念のために魔法では無く焚き火に放り込んでもみたが無傷だった。しかも重ね着などしようものなら、上に着た服が炎上する術式までかけられている……だから私はこの魔法少女衣装か裸の二択しかない」


 成る程、壊す事が出来ないだけなら試してみる価値はありそうだ。


「俺に少し考えがある、木影に隠れてていいから服だけ貸してくれ。一応バスタオル持って来たからこれでも羽織っててくれ」


「……不埒な目的じゃなさそうだな。なら仕方ない……後ろを向いていろ」


 マーリンはタオルを奪い取ると木陰に隠れる。いそいそと魔法衣を脱いでこちらに放り投げてきた。そしてタオルに身を隠して、怪訝そうな目でこちらを見ている。


「…はぁ、とりあえず壊すのが無理なら着目する所を変えようと思う。早い話が色を変えてやればいい」


「…色?」


「ああ、この服…百歩譲ってデザインだけなら目を瞑れるが、どうにもこの白とピンクのカラーリングがキツイと思うんだ。だから色を染めてみようと思う、知り合いから強力な着色料を貰ってきた」


 俺はバケツに入った紫色の塗料を見せた。因みにこれもカルロに相談して手に入れたアイテムだ。なんでもスライム型の幹部であるゼリーアウラの体液の一種らしく、毒はないらしいが一度衣類に付着すると洗っても落ちないそうだ。あと成分は企業秘密だとか。


「おお…なるほど!」


「じゃあ染めてみるぞ?色変わるけどいいな?」


「も、勿論だ!コスプレ感が薄れるなら何でも構わない!」


「オーケー、じゃあ行くぜ!」





 ーーザブン。



 俺は一思いに染料の入ったバケツに服をぶち込んだ。


 純白の白がだんだんと紫に染まっていく。染料自体の質感がヌルヌルとしているため手を入れている間は変な感じがするが、やがてムラなく服は薄紫に仕上がり中々の出来栄えだった。


「おおッ!すげぇ!見ろよ完全に淡い紫に染まってんぞ!」


「素晴らしい!これならこのデザインでも…いや、寧ろ高級な服だと言っても信じるレベルだ!!」


 思っていた以上の仕上がりに俺たちは小躍りしながら喜ぶ。


 しかし、舞い上がったマーリンは己が裸にタオル一枚なのを失念していた。






 当然、動き廻ろうものならはだけるのは自然の理である。





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「へ⁉︎……き、きゃーーーーみ、見るなぁぁあああああ!!!」


 時既に遅く、俺は鼻眼鏡越しにマーリンのマーリンをその目に焼き付ける事となった。





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「ーー思い切り殴ってすまない。アレは私にも責任はあった、反省している」


 染まり上がった服に袖を通したマーリンは、顔面が腫れ上がった俺に全力の平謝りをする。


「…気にするな。いや、やっぱ少しは気にしてくれ」


 鈍痛が鳴り響く顔面を撫でながら、俺は次なる作戦の準備を始めていた。

 小さな木箱。そこには、化粧を施す為のメイク道具が収められている。


「…化粧?化粧なら普段からしているぞ?」


「いや、そのなんつうか年相応すぎんだよアンタのメイク。とりあえず、5歳は若返るメイクを教わってきたからそれを試そう」


「…己を偽るなど出来ぬ!」


「彼氏作るためだぞ?」


「是非たのむ!」



 俺はコイツの事がお堅いのか馬鹿なのか分からなくなってきた。しかし、不器用なだけで悪いヤツで無いことだけは間違いなさそうだ。


 なら俺は、俺の出来ることをやるだけだ。






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「化粧はバッチリだな。アイラインをしっかり引いて目力アップ、目元の印象は大事だからな。んで鼻筋に明るめのファンデーションを塗りスッキリとした印象を与えるって寸法だ」


「お…おぉ!なるほど、私のいつものメイクはただ塗りたくっていただけなのに対し、ここまで映えるメイクは初めてだぞ!」


 自分で施しておきながらアレだが、化粧って割と奥が深いんだな。初めてやってみたけど上手くいって良かった、後でフィーネにお礼言っとこう。


「後は髪型だな…その毛量でおさげ髪じゃあ重たい印象を受ける。ここはバッサリセミロングまで切って爽やかさを与える髪型にしよう」


「か、髪まで切ってくれるのか?」


「知り合いを呼んである。ただ訳ありで顔を晒せないから目隠ししてカットしてもいいか?」


「もちろんだとも!…何か自分の殻というやつを破れそうな気がしてきたぞ!」


「じゃあアイマスクするぞー…よし、来てくれ!」









「待ちくたびれましたよ旦那…この人間ですかい?」




 茂みから現れた人影。そう、これはデュラハンの部下であり鋭いハサミを有するカニの魔物、蟹人間シザーデビルだ。刃物つながりでデュラハンの部下でいたのだが、なんでも散髪が出来るらしく来て貰った次第である。


「こいつぁ斬りがいのある髪ですねぇ。スパッといきますかスパッと!」


 そこそこ大きなハサミであるがシザーデビルは器用に髪を切っていく。まるでカリスマの美容師の如く、寸分違わぬハサミ使いはまさにカニの魔物の真骨頂と言えよう。







「へい、完了しやしたぜ!アッシはこれで失礼しやす!」


「助かったぜ!またなんかあれば頼むわ!」


 5分程の早業、しかし類稀なるハサミ使いから生まれる繊細な仕事。

 現にあの野暮ったい30を目前にした魔法使いは、今は見違えた姿に生まれ変わっていた。

そんなマーリンに、俺はアイマスクを外して鏡を見せた。




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「こ、こここ…これが私…か⁉︎信じられない」


「ああ、俺も驚いている。これでコスプレ魔法少女(笑)と馬鹿にされない筈だ」


 感極まり泣きそうになるマーリン。やべぇ、俺もなんだかもらい泣きしそうだわ。


「すまないな髭男爵殿、なんだか今日は生まれ変わった気分だ。もう他の人に負い目も無く自分をさらけ出していける気がする」


 見違えたマーリンはその目に輝きを取り戻しキラキラとしていた。コンプレックスからの解放により自身に満ち溢れていた。


「おう、じゃあ俺が出来るのはここまでだ。後はマーリンが自分で道を切り開いて行くといい。頑張れよ婚活」


「もちろんだとも!もし結婚する時が来たら是非、式に参列してくれ!!」


「ああ、わかったよ」


 こうして俺とマーリンは硬い握手を交わす。ドタバタとした出来事の連続だったが、なんとか一人の魔法使いを救えたと思う。


 というか俺、こんな事してる場合じゃないんだけどな。


 結局、女神にまつわる情報など皆無だったが、コレはコレでいいのだと自身に言い聞かせ魔王城に帰ることにした。














 あの後のマーリンだが青春を取り戻すべく、お洒落なカフェやネイルサロンなどに入り浸っているらしい。

 やがて彼女は、その過酷な過去を消し去るほどに充実した毎日を求め今日も頑張っているそうだ。




 とりあえずサブカルを拗らせた痛い30代にならない事を、俺はただ切に願う。











◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「…………あは、また落ちてた。…この近くにいるんだね、ユーリ♬」

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