第5話


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「はぁ……どっと疲れた」


 俺は女魔王に通されたデュラハンの元自室でくつろぐ。とりあえず鎧は脱ぎ捨て、ラフな格好になり辺りを見回した。

 魔王の城だというのに中は意外と人間のセンスに近しいデザインであり、今座っているソファーだって割と高価なものだろう。深々と沈む心地よさに浸っていたが、やがて部屋のドアがノックされた。


「……私だ、勇者」


「おう、鍵はかかってねぇよ」


「では失礼するぞ」


 ゆっくりとドアが開かれると、そこには女魔王が立っていた。部屋着なのか、先程戦いの場で見せていたゴツい衣装は着ていない。

しかし、まず目を引いたのはそこでは無かった。


「おまッ……つ、角は?あと翼も!」


「ああ、アレか。ちゃんと生えてるぞ?先程は魔王としての威厳を出すために魔力で大きく見せていたのだ」





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 確かによく見ると小さな角も生えてるし、クルリと背を向けられると翼も申し訳程度に生えていた。


「なんか…大変なんだな魔王ってのも」


「ふむ、それはお前も同じだろう勇者……しかし、本当に良かったのか?」


「ああ…俺が決めた事だからな」






 結局、俺はあの後女神から離反し魔王軍につくことに決めた。それはつまり、人間からの離反ともいえる。

 人間が嫌いな訳ではないが、今はあちらに居ても何も良くはならないと思ったからだ。

 女神もそんな俺にキレてきたが、勇者の証を奪い去るとそそくさと帰って行った。帰り際に『聖剣と儀式に魔力を注いでいなけりゃ…こんなクソガキにナマ言わせないのにぃーー!』と言う言葉。それは即ち、あの反則級のチート武器もポンポンと作れないし、新たな勇者もすぐには現れないという事だ。




「その…お前の親はアレで大丈夫なのか?見知らぬ大陸に逃しはしたが……」


「あ?十分だよ。あの二人はヤワな生き方してねぇよ、商人魂だけは本物さ。家に有った商品も持たせたし、本人達も楽勝だって言ってたよ」


 どこまで手が及ぶか分からないが、俺が人間に反旗を翻したのは事実だ。ならばその皺寄せが両親に及ぶかもしれない。

 だから魔王に頼んでウチの国の指名手配が届かない大陸まで転移魔法で避難させたのだ。

俺が産まれるまでは旅をしながら商人をしていたのだ。だから「はは!なぁ母さん、思ったよりも早いセカンドライフが来てしまったネ☆」と楽観的に受け入れてくれた。もちろん魔王軍に入った事は伏せてはいるが。


 とりあえずこれで俺の憂いはないと思う。


 待遇だって文句は無い。元勇者と言えど新入りなのだ、そこらの雑魚と同じ程度の扱いかと思っていた。しかし、自分で言っていた「あのデュラハンの代わりに」という言葉通り、幹部として奴の後釜として収まる形となったのだ。




「んで、俺は何をすればいいんだ女魔王?」


「うむ、でもまずはキチンと自己紹介だろう、私の名はフィーネだ。父上から魔王の座を受け継いだから八代目という事になるな」


「フィーネか…俺はユーリだ、ユーリ・シルバ。商人の息子だ」


「商人の息子が勇者…?」


「それは俺が聞きてぇよ。いや、もうあの女神の顔は見たくない」


 ズルズルとソファーに埋もれる。座面に背中がくるほどずり下がるが、フィーネはそんな俺を覗き込んできた。


「ふふ、お前は随分と変わった人間なのだな。まぁこれからは魔族として生きていくのだ、気長にいこうではないか」


 目を細めて笑う。今気がついたが、魔王といえど人間に近い見た目だ。ルックスでいえば女神にだって引けを取らない美人の部類だし、そして胸もデカイ。


「?……どうしたユーリ、顔が赤いぞ?」


「……なんでもねぇよ」


 思春期を引きずっている様で恥ずかしいが、そういえばマトモに女と話すのなんていつ以来か。因みにあのバカ女神はノーカンである。


 俺は頬を叩いてソファーから立ちがると、少しシャキッとして辺りを見回した。


「んで、ここでの俺の仕事ってなんだよ?お前の話だと、幹部クラスはほぼ人間の世界に行かないんだろ?」


「うむ、その辺りはスカルロードのカルロに説明してもらうといい。奴はこうゆうのが得意だからな」


「スカルロード?」


「やぁ勇者、それは僕の事だよ。これから宜しく頼むね」


 突然背後で声がして後ずさる。するとそこには、仮面をした骸骨の神官が立っていた。確か外で幹部として並んでいた筈だ。


「おわッ⁉︎……い、いつのまに居たんだよ!あともう勇者じゃねぇから!」


「これは失礼、では僕もユーリと呼ばせてもらうよ。因みに、君が魔王様の胸元を鼻を伸ばしながら見ていた時から部屋に居たけどね」





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 仮面で表情は読めないが、悪戯そうにニヤニヤしている様な声色で話しかけてきた。


「ふふ、私の美しさに目を奪われるのは仕方あるまい。では私は行くぞ、カルロ…後は任せたぞ」


「はい、了解しました」


 フィーネが部屋を後にすると、スカルロードが先程俺が座っていたソファーに腰掛け一息ついた。俺は席を奪われ、仕方なく床に腰を下ろす。


「ではユーリ、僕の自己紹介はもういいね。あ、あと僕の事は親しみを込めてカルロと呼んでくれ」


「あ?…お、おう」


 どうにも俺はこの手の奴が苦手だ。話のペースを握られるというか、掴み所の無さが際立つからだ。


「ではデュー君の仕事の説明をするよ。あ、とは言ってもそこにある引き継ぎ帳をなぞるだけだけどね」


 なんだあのデュラハン、デュー君って呼ばれてたのか。


「引き継ぎ帳…?」


「まぁ僕達、魔物という存在はいつ人間に倒されるか分からないからね。その後任は、自ら選出した後輩である魔物になる。そして自分が亡き後でも役割を引き継がせる為に毎日書いてるんだよ。現にデュー君も君に倒されたしね」


 成る程、理に適ってはいるが魔物に対するイメージが崩れていく気がした。やけに人間じみた気がしてならない。


「主には部下の管理だけど、とりあえず簡単に説明するよ。引き継ぎ帳は後でゆっくり読んだらいい。細やかな補足なんかはそこに載ってると思うから」


 そこからスカルロード、もといカルロは掻い摘んで幹部クラスの仕事について説明し始めた。



 まず、数多く存在する魔物の統括。これは種族ごとに四つに分けられ幹部毎に管轄するらしい。


 竜族や大型の魔物はジャバウォックという竜が。


 異形型や毒を持つ魔物はゼリーアウラというスライムが。


 骸骨やリッチーなど死霊を扱うのがカルロであり、剣を持ったり近接系の魔物がデュラハンの管轄だったそうな。



「えー…なんか体育会系のノリとか多そうじゃねぇか」


「まぁそうだろうね。彼らは特に、自分達より強い者にしか付き従わないから大変なんだよ。デュー君は律儀に全員相手して剣で語り合ったと言ってたね」


「うわー…でもなんか分かるわ」


 あの戦いでも暑苦しさは十分に伝わって来た。まぁ確かに志としては高く、魔物らしからぬ言動というか、俺よりはしっかりと意思を持っていたと思う。そんな奴を雑に倒した事を、心の奥で少しだけ後悔した。


「まぁ直ぐにとは言わない。暫くは僕が兼任で面倒みてあげるからさ、ユーリはそれを見て覚えていけばいいよ」


「お、おう」


 やけに面倒見がいいが、魔物ってこんななのか?まぁいきなり仕事を振られなかったのは大きい。

 目先の事が見えてきたのもあり、とりあえず俺にはやるべき事が一つ頭に浮かんだ。人間から離反してまでここに来たのだ、それを生かさない手はない。




「少し、フィーネと話をしてくる。アイツの部屋に案内してくれねぇか?」


「?…ああ良いとも。しかし夜這いだけは勘弁してくれよ。そういった事はサキュバスにでも頼んでーーーー」


「おい、お前俺の事どんな目で見てんだよ!……ちっ!」


「冗談だよ冗談!あ、それと君にプレゼンがあるんだ。はいコレ」


 そう言ってカルロは何かを手渡してきた。


「これは……鉄仮面?」


「ああそうさ、だって君、鎧はいいとして顔晒して魔王軍にいるつもりかい?事の経緯は魔王軍は理解しても人間側に浸透していない。なら人間が魔王軍にいるなんて不自然じゃないか」


「た、確かに…」


「だからそれを付けなよ。気にする事はない、僕のコレクションの内でも少し黒歴史的な時代に付けていたものだからね。意味なく包帯巻いたり邪眼が疼いたりとかさ。今の君にはピッタリだと思うよ?」


 俗に言う中二病時期の代物なのか?いや、確かに言われてみればそんなデザインだが暗黒騎士っぽいし色味もデュラハンの鎧とマッチしている。

 ありがたく頂戴するが、こいつは何か一言余計な事を言わないとダメだというのはこの数分のやり取りで痛感した。


「さ、魔王様の所に行くんでしょ?モタモタしこしこしてないで行くよ」


「モタモタはしてたが、しこしこはしてねぇよ骨野郎が」


「あはは、じゃあついてきて」

 

 不毛な会話を交わして、俺はフィーネの部屋へと向かった。





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ーーコンコン。





「…誰だ?」


「俺だよ、ユーリだ」


「なんだ、今の今会ったばかりなのに、もう私の顔が見たくなったのか?」


「ちげぇよ馬鹿、入るぞ」


 俺はやや乱暴にドアを開ける。魔王の部屋だというのにドアの周りには誰もおらず、割と無防備なのだなと思った。

 そして何より、多分後からフィーネが魔改造したのだろうがドアの前が花で埋め尽くされている。ガーデニングというのか、薔薇園の様な領域が異彩を放っていた。


「どうだ?綺麗だろう。花は母上の趣味だったのだ。私も花は好きだ」


「なら少し馴染ませる努力をしろよ。髑髏の置物が花でデコられてるのは見てて違和感がすごい」


「ーーで、話とはなんだ?とりあえず座るといい」


 フィーネに促され、俺は大きなテーブルの端の席に座った。そして、フィーネもその対面に座ると、指を鳴らし配下にお茶を運ばせた。


 程なくして、際どいメイドの格好をしたサキュバスがお茶を運んで来る。なんだ?これは先代魔王の趣味なのかは分からないが、どう見ても怪しいお店の店員にしか見えない。俺は一応フィーネに聞いてみたが、やはり先代の仕業らしく、曰く人間界の風習に習ったものだという事らしい。お忍びで人間界に行った時に知ったという。

 間違ってはいないが、えらくディープな場所に行ったのだろう。まぁ人間界の業を現していると言えなくもないが。


「暗黒騎士様、どうぞ♡」


「お、おぅ…あ、アリガトウ」


「…?」


 はだけた胸元に短いスカート。元々サキュバスなんてモンはもっと際どい格好の筈だ。しかし、着エロという言葉がある様に、着ている方が寧ろエロいのだ。

俺は童貞感を全開にした受け答えで、ぎこちなくお茶に口をつける。それを見て、フィーネはニヤニヤしていた。


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「さてユーリよ、要件はなんだ?童貞を暴露しに来ただけではあるまい?」


「ど、どどど童貞ちゃうわ!」


 思わず変な喋り方になってしまう。ただ言いたいのは、俺がモテないのでは無く、たまたまそうゆう女の子に絡む環境で生活していなかったというだけだ。


「ーーったく、とりあえず話っていうのはだな……」



 俺はフィーネに一つ提案をしてみた。


 まず、あの女神の存在だ。アイツが作る武器は魔物に絶大な威力を有する。ならば、ゆくゆく魔物の先遣部隊が相手をするには不利だ。

 そこで、偵察も含めて俺自身が人間界の情報を集めるという話である。魔物に比べれば人間の世界に詳しいのは当たり前だとして、魔王軍には在籍しているが中立の立場で状況を観れる筈だ。

 もちろん、殺しもしなければ魔王軍の不利になる様な事もしない。いわば、真実が分かるまでの間の「現状維持」を念頭においた話である。


「ふむ、理にはかなっているが大変ではないか?」


「それは覚悟の上だっての。それに魔王軍とはいえ欠員を出させたんだ、その責任もある」


「…勇者でもあったと言うのに変な所で律儀な奴だな。まぁ良いだろう、お前の提案を認めようじゃないか」





 こうして俺は、暗黒騎士として人間の世界の監視にあたることになったのだ。

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