第2話


「ユーリ!それってやっぱり勇者の証じゃないか!ははっ見ろよ母さん!凄いぞコレは!」


「まさかウチの家系から勇者が誕生するなんて!お赤飯炊きましょうお赤飯!」



 状況をゆっくりと嚙みしめようとする俺に対し、やたらと馬鹿騒ぎを始めるウチの両親。


 商人の息子が勇者?


 トンビがタカどころの話ではない。あまりに突拍子もない出来事に乾いた笑いすら出てくる始末だった。


「…つかどうすんだよコレ。あーでも黙ってたらバレないよなーー」


 なんて軽い気持ちだったのだが、それと同時に家のドアがノックされる。

 なんてことの無いノック。しかし、それに対して異質な雰囲気を感じたのだ。


 親父が返事をしてドアを開けると、そこには白い装束に身を包んだ怪しい奴らが3人立っていた。頭から下まで覆い隠されてはいるが、所々に金の刺繍がが入っているのでパッと見でも高価なものだと解る。

 お偉い貴族か何かだろうが、何故こんな田舎に?と、思う間も無く目に入った模様で理解した。


「王国の……人間か?」


 俺の言葉に白い装束は静かに首を縦に振り、俺の額を見て静かに切り出した。


「…確かに勇者の証だ。間違いないらしい」


「だ、だったら何だよ」


「……………………」


「……………………」


「……………………」










「んもぅ!そんな怒った顔しないでよお兄さぁん!あ、勇者になったからテンション上がってるとか!?いやー超バズってンじゃんねー!?」


「ね?ね?あたしはもっとゴツいゴリマッチョを想像してたんだけど…うん、これもアリかもしれないわん!」


「若い男の子!若い男の子ぉ!!」



 突如騒ぎ始めた白い連中。そしてアグレッシヴにクネクネしながら悶えている。

 言っておくが、文面では女みたいな喋り方だが聴こえてくるのは40過ぎたオッサンの声だった。顔が見えない分、上乗せして不気味だが俺を無視してキャッキャうふふしてやがる。


「おい!お前ら!一体なんなんだよ!?」


「ん〜?あたしら?…ああ、自己紹介がまだだったわねん!あ、でもーーーー」













「貴方の事、とりあえず連れて来いって王様から勅命が出てるのよ。無理やりでもってね」


「ーーーーはぁ!?」







 ドスッ。









◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「…………ん、ここは?」


 目がさめると、そこは薄暗い空間だった。視界が鮮明になるより先に、冷ややかな感触が背中を蝕む。


 そして鮮明さを取り戻した視界に広がるのは、まぁ見事な牢屋だった。ボリボリと頭を掻きながら自分なりに状況を整理してみるが、勇者の刻印が刻まれて全身白のオネェが来た辺りから色々とおかしい事だらけだ。

 考えるのを放棄した俺だが、牢屋の鉄格子越しに2つのシルエットが見えていた。そしてそのシルエットの内、小さな方が声をかけてきた。


「お目覚めかな?勇者よ」


「……誰だよアンタ、つか説明しろよ。あと暗くて顔見えねぇから」


 逆光で姿が見え辛いが下品な色使いの服だけは確認できた。そして俺の言葉に少しムッとしたのか、横にいた背の高い方の男が番兵に灯を持ってこさせると声の主が露わとなった。そして、怒りを含んだ声で俺を見下し言い放つ。



「口を慎みたまえ、いくら勇者といえど国王に対する口の聞き方ではないな」


 小さな丸メガネをした、いかにも大臣の様なスラリとした初老の男。細い目で品定めするような目つきが気に入らないと内心思った。

 そして、その横にいる小太りの男。大臣の言葉通りならコイツが国王という事になる。


「あー、勇者よ。其方の名前はなんと言う?」


「名乗って欲しけりゃまず名乗れよ?」


「貴様!国王に対してなんというーーーー」


「ジョセフ、声を荒げるでない。此方が手荒に連れて来たのだ。勇者とて腹がたってもおかしくない」


 キレる大臣を宥めた国王。確かにその通りだが、それがわかるなら何故こんな拉致紛いの事をしたのか理解に苦しむ。しかし、俺が質問を投げる前にそれは語られたのだった。


「勇者よ、突然の目覚めで驚いただろう。しかし、それは我々も同じなのだ」


「あ?同じじゃねぇよ当事者ナメんな」


「いや、同じだ。我々とて『女神』の神託がいきなり行われ、国の中も大混乱に陥っている」


「……女神?」


 斜め上からの回答に更に疑問が深まる。しかし、思い返してみればあの変なチラシにも神託がどうとか書いていた気がする。

 極端な話、その女神とやらが余計な事をしなければ俺の平穏は守られていた筈だった。


「じゃあ何か?俺はそのクソ女神の所為でこんな面倒事に巻き込まれたっていうのか?」


「…ああ、そしてその女神というのがーーーー」


『はいはーい!私がそのクソ女神の『オリヴィア』でぇーっす!』


「……は?」






『いやー女神歴は長いけど面と向かってクソ呼ばわりは久しぶりだね!お姉さんビクンビクンしちゃうトコだったよ』







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 牢屋の中に光が溢れたかと思うと、俺の隣辺りでそれが収束し1人の女が現れた。


 大きな天使の羽と、やや透けているような真っ白の服。そしてその見た目と真逆の変なテンションの女神とやらが雑に降臨した。


『少年!いくら若いといっても言葉遣いはキチンとしないと!親御さんが悲しむよ!?』


「………」


『ん?どうしたの無言で?…あ、さてはオリヴィアちゃんのセクスィーな見た目にギンギンさんなのかな?かなかな?』


「…なぁ王様。こいつ本当に女神か?」


「…あ、あぁ…残念ながら」


 全てに置いてネジの消し飛んだ自称女神。まぁ確かに色々と起こったおかしな出来事も、こいつが発端ならそこそこ頷けるだろう。

 何故か突然バカらしくなり、逆に冷静になった俺は床に座り込んだ。


『もぅこれだから若者は!道端とかでよく座ってるの見るケドね、若いんだから足腰鍛えないと将来苦労するよ!特に若い内は腰を酷使するんだからね!腰を!』


「あーうん…そうだな」


 もう全てがどうでも良くなった俺は、ペラペラと喋る女神の話を話半分に聞き流す事にした。


『パンパカパーン!それで勇者ユーリくん、君には大切な使命を与えようではないか!』


「あ?使命だ?…魔王でも倒せってか?」


 俺の言葉にニヤっとする女神。無駄に整った顔故に余計に腹が立つ。


『そーなのよソレよ!いやぁー魔王ン所にカチコんだんだけどさ、「勇者でなければ相手にしない」とか引くくらい甘っちょろい事言うのよ。だからさ、適性の高そうな君を選んで魔王をサクっとヤッちゃおうと決めたのさ!』


「は?じゃあ何か、魔王を倒す口実に俺を選んだってのか?つか魔王だって勇者が現れなければ現状維持って話だろ?こっちから煽ってンじゃねぇよ!」


『いやーいつまでも魔王がいる世界って不便じゃん?なんか嫌じゃん?ほらアレだよ、一回ゴキブリとか逃したらずっと気になって寝れなくなるのと同じだって!』



ーー話にならない。


 この数分のやり取りで理解した事は多い。が、その筆頭とも言える事は1つだ。

それは、この世界で人間側に付いている女神という存在は、果てしなくその場の勢いで生きているのだと。



 この時、既に俺の心は傾いていたのだろう。

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