勇者の肩書きを捨てて魔王に寝返り暗黒騎士はじめました

名無し@無名

第1話

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 目の前に広がる魔物の軍勢。


 雑魚ばかりかと思いきや、その後方には圧倒的な威圧感を放つ四体の魔物がこちらを見下ろし鎮座していた。

 おそらく、よく言う所の『四天王』と呼ばれる類の魔物だろう。


ーー巨大な竜。


ーー仮面を付けた骸骨の司祭。


ーー首なしの黒騎士。


ーー明確な形を成さない黒ずんだスライム。




 何故、こいつらは丸腰同然の俺に対してここまで本気なのだろうか。しかも人間サイドは『俺ひとり』だ。


 沸々とこみ上げる、この理不尽に対する怒りの様な感情。


 しかし魔物達はそれを気にする様子もなく、ただ只、俺を静かに見下ろしていた。




ーー何故こんな事になったんだっけか?



 そう、それは半日前に遡る。






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 チチチチ……



「ん…朝か…ダリぃ」


 まどろみの中で意識が鮮明になっていく。だんだんとハッキリとしていく感覚に対し、布団から出たくないという思いが俺の身体を尚もベッドに縛り付けた。

季節的には夏も終わりを迎え、やや肌寒くなってきた頃だろう。自らの体温で完璧な暖かさを得た布団は、何者にも勝る凶器と言えなくもない。


 しかし、俺の朝はその大体が打ち砕かれる運命にあるのだ。


 その証拠に、直ぐそこまで悪魔の如き足音が聞こえてきていた。やがてその音の主達は、こちらの気も知らないで盛大な音を立てて部屋のドアを開けてくる。


「グッモーニン!!今日もいい朝だなコンチクショウめ!!」


「おっはようユーリ!!朝日が眩しいわね!!ああ、神さまありがとう!」


 このクソやかましい生物達は、世の中で言う所の『両親』というものらしい。

 何が毎日楽しいのか、朝から晩までこのテンションを維持してくれる。その反動で俺自身はというと、口数も少なく基本的にモチベーションが低いと近所でも評判だった。


「とりあえず出てってくれ。朝くらい自分で起きられるから」


「寂しい事言うなよマイサンーー


 朝からキレッキレの蹴りでドアを閉める。何かがドアに当たる感触と、ドアの向こうで声にならない声を上げる親父を無視して俺は着替えを済ませた。




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「いやーすごいなユーリ!その蹴りは一流のモンクでも中々出せないぞ!?これを機に転職してみたらどうだ!?」


「んもぅアナタ!ユーリはこの前商人に転職したばかりじゃないの!そもそも、うちの家系はみんな商人ばかりでしょ!?」


 食べながらだと言うのに喋り散らす両親。この2人、こんな感じではあるが一応有名な商人で名前は広範囲に知られているそうだ。甲高い声が客の購買意欲を煽るだとか言われているが、普段から聞かされる俺にとっては只うるさいだけでしかない。


 俺はと言うと、特になんの夢も無く生きてきて今年18歳をむかえた。

 一応職に就く事にしたが、やりたい事も無いし親が商人だからという理由で、なし崩し的にその道に乗っかっただけだった。


 唐突であるが、この世界には魔物も居るし魔王と呼ばれる存在もいる。


 しかし今君臨している魔王がどうやら変わり者で、勇者が現れるまで世界全土は支配しないという謎の条約を国王に進言してきたらしい。

 つまり勇者が現れない限り、魔王はそこそこの牽制程度に魔物を散りばめるだけに留まり、有ったとしても小競り合いのみという事だ。


 ちなみにだが、魔物は倒すと金塊を落とす。


 皮肉にも、この金塊が世界に流通したお陰で人間の世界経済も円滑に回っているのだ。



 魔物が現れればそれを討伐する者が現れる。


 そしてその者達に武具を扱う商人が現れる。


 そしてその商人を求めて人々が街に集う。


 そしてその商人の旅路を護衛する為にギルドの様な組織が成り立つ。



 こうして、魔王によって程よく平和が脅かされる事でメリハリのついた生活を送っているという訳だ。





「ヘイ、マイサン?」


「…………」


「…ヘイ?」


「…………」


「ヘ、ヘイユーリ、少し聞いていいかい?」


「あ?…なんだよ急に」


 俺が誰かに向けた自分語りをして遠い目をしていると、何故か神妙な顔で親父がこちらを見ていた。気が付けばお袋も似たような険しい表情で見てきている。


「えっと…なんて言うか…うん…そのだね」


「…だから何だよ!!モゴついてないでハッキリとーーーー


 煮え切らない両親に苛立ち、椅子から立ち上がった時だった。

 壁に掛けていた鏡に映る自身の姿。それは普段の俺となんら変わりのないーー


ーー筈だった。


 その違和感は直ぐに目に映り込んだ。

それは額に浮かぶ見たこともない模様。触るとほんのりと浮き上がりザラザラしている。昨日までは間違いなくなかった。

 両親も俺の部屋では気付かなかったのか、やけに驚いた表情をしている。この2人がここまで動揺し口を閉ざすなんて見たことがない。

 その光景に内心笑えてきたが、親父が黙って棚から一枚の紙を取り出し差し出してきた。その紙を見て俺は心臓が止まりそうになった。


 なんとその紙には、俺の頭の模様と同じものが描かれていて横にこう付け加えられていた。


『昨日、神託により「勇者」が選ばれました!この刻印が刻まれた方は是非王国まで連絡を!!さぁ、君も今日から勇者だ!』









「……は?」



 こうして、俺の日常は予備動作も少なめに凄まじい速度で崩壊を始めた。


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