第018話 √0-8C 『ユウジ視点』『五月六日・五月十日』END
ラッキースケベ。
文字通りのラッキーなスケベ、いわゆる偶発的なアクシデントによってちょっとエッチな行為に至ってしまう事象を示す。
古のマンガやラニメ問わずラブコメの中でも鉄板とも言えるし、ギャルゲーにもよくある。
主人公がヒロインに抱き付いちゃったり、胸をわさわさしちゃったり、パンツを見ちゃったり、むしろ自分自身がヒロインのパンツになったり。
……まぁ最後の一つは割と特殊例なのだが、ようは創作などにおいて読者及び視聴者の劣情とかを刺激するイベントだろう。
そして主人公的には一瞬誰もが思うはずなのだ、役得なのだと。
しかしその一瞬の役得ののち、たいていはヒロインからの拒絶の言葉だったりビンタだったり喰らってしまうわけなのだ。
正直創作上ならばそのあと主人公はなんだかんだでヒロインに許してもらえる、だって主人公だもの。
そうでなければセクシャルハラスメントだと訴えられ、警察に通報され、お縄になってしまえばその主人公の物語はそこで終わってしまうのだから。
「っ!」
……現実逃避はここまでにしておこう。
さて俺の今の状況を説明するとすれば、適切なのはその件の”ラッキースケベ”であり。
詳細な説明をするならば廊下にて俺はあまつさえ女の子を押し倒した上に――俺の手には制服越しに柔らかい感触が。
んん? これは肉まんかな? この柔らかくも弾き返してくれる感じは身がぎゅっと詰まっているいい肉まんに違いない――いや、違うんだけども。
そう、おっぱいですとも。
「い……いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
とある初対面の女の子にしておそらくはヒロインの叫びとともに俺の脳内で”前科”という言葉が駆けまわる。
そして俺の名は新聞やニュースなどで知れ渡ることになるのだ――強制わいせつ罪の犯人として。
つまりは俺の人生終了のお知らせ。
* *
五月六日
目が覚めると、何か夢を見ていたような気がするがどうにも思い出せないかった。
ただいつもの悪夢ではなく、なんというか不思議な夢だったような感じは残っている。
そうして一日が始まっていく――
ホニさんの朝食を堪能し、登校までの時間を少しだけ居間でゆっくりとする。
この間にも遅起き組の桐とユイは朝食を摂っていた。
「そういえばユウジ、今日は新ヒロインが登場するぞ」
と、桐がホニさん特製のたくあんをポリポリ食べながら俺に言ってきた。
というか朝食が終わった俺も超美味いたくあんが恋しくなってきたぞ、どうしてくれる。
「あー、そういえばそんな日だったな」
ギャルゲーとかだと日付がポンポン飛んで各種イベントの日までサクサク進むのだが現実はそうは行かない、だから割とイベントの間隔が空いて今は間延びしている印象だ。
もちろんその間にも俺は学校に通っているのでヒロインとの各種会話などもあるのだが、劇的なことは何もなく、まるで普通の学校生活に戻ったかのような日常が過ぎていくのだった。
「一応意識しておくわ」
「うむ、そうするがよい――もっともお主とそのヒロインはショッキングな出会いとなるのじゃがな」
「え?」
そうして桐は味噌汁を飲み干すと居間を出ていった、俺が聞く間も無くである。
……ショッキングな出会いか、桐がネタバレ出来るってことはやっぱり説明書とかに書いてある程度の情報なんだろうか。
姫城さんとの出会い、というかイベントがショッキングだっただけに、これ以上のことはないだろうとは思うんだがな――
そしてその時はやってきたのだった。
おそらくギャルゲーのシナリオ上に存在し、俺がそうなるように仕組まれていたのだ。
だからおそらく不可避の事象、避けて通れない強制イベントなのだろう。
今日は久しぶりに弁当でもコンビニ飯でも学食でもなかった、今日はNO弁当デイなこともあるが、まぁ気分の問題である。
学食の売店で売っているそこそこ美味しく時々食べたくなるメーカー製の普通の袋入りカレーパン、しかしコンビニにもスーパーにも取り扱いがなく学校のみ扱っているという代物だ。
別にネットで検索した限り限定品とかでもなく、単純にコンビニとスーパーの見る目が無い……ごほんごほん、ようは学食の目の付け所がシャープペンシルのように鋭いのだろう。
そうこうして学食で爆売れもしないがちょくちょく売れてる感のあるカレーパンを手にした。
そんな俺の隣を歩いているユイはチョココロネを持ちながら「チョココロネ上から食べるか下から食べるか。そもそもどっちが頭なんだってばよ?」と貧乳はステータスとか言いそうな人みたいなことを言い出したが「わりとどうでもいい!」と投げやりに返したところ――
「貴様、戦争だな!?」
「ちょ、おい」
するとユイは俺の手からカレーパンをするりと奪い取って駆けはじめた。
別に俺の答えに対してユイは大して怒っているわけではなく、ようはからかうう口実のようなものなのだろう。
「ちょwwwwカレーパン返せwwwww」
「チョココロネ信者を敵に回した結果おwwwww」
と、まぁ俺もカレーパンを取られたことでそこまで怒ってはいない。
何かしらの落としどころもあってこのじゃれ合いのようなものも終わるのだろう。
そう考えればユイはなんとなく妹というよりも弟みたいなものなのかもしれない。
…………いや、実はユイは男の娘でした。
とかそういう展開は今後ありえないので安心してほしい、単に色気の欠片もないだけ。
そうして俺とユイは男子高校生のおふざけ的に廊下でわちゃわちゃしていた時の悲劇とも言えた――
「あ」
「ユウジ!?」
誰かが落としたパンの袋を思い切り踏み込んだことで、滑る。
そして目の前には――気づけば金髪碧眼でスタイルの良い、見知らぬ女の子の姿が。
そうして俺は――
「わ……わ」
危険を察知し自身の防御行動として両手を使って地面につくというのは一般的な”転んだ”際に何も間違ってはいないはずだ。
しかし俺の両手は地面に触れることなく女性の乳房に触れているということだから、一体どういうことなのか。
アニメやマンガではしょっちゅう目にするが「いやいやねーだろ!」と笑いながら突っ込んでいた俺が……まさか当事者になろうとは思いもしなかった。
「い……いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
* *
そうして冒頭に戻ってくる。
「あっ、え!?」
「きゃあああああああっ」
目の前では女子が叫んでいる、俺の耳の奥にも響くつんざくような大きな声で。
「ああぁっ! ごめんなさいっ!」
「いいいやあああああっ!」
俺が謝った途端、その女子はすごい勢いで立ち上がり、触られた部分を両腕で隠すようにして廊下を突っ走っていった。
更に後ろから眼鏡の女子が追って行く――五十メートル走を六秒で走り抜けるぐらいの速さだった、おそらくは。
……後続の眼鏡の女子はもっと速かったかもしれない。
しっかり謝ることも出来ず、置いてかれてしまった俺。
廊下をたまたま歩いていた女子からは侮蔑の籠ったギトっとした痛い視線を頂き、男子からは「またお前か」という嫉妬と羨望とかが渦巻いた怒りの視線を頂くことに。
そして人生の試合終了を知らせるようなホイッスルの幻聴と共に、俺は崩れ落ちたのだった。
「なんか……すまぬ」
「いや、うん……こればっかりはユイは悪くないわ」
いくらか冷静な俺はユイとのじゃれ合いによって引き起こされたとは思っていない。
俺のせいに違いなく、ギャルゲーのイベントからして避けられなかったのだろう。
ユイはあくまで俺がそのイベントに至るまでの状況作りに利用されただけなのだろう。
ユイの言っていた転校生がくるぜえ、桐の言っていたヒロイン登場、ショッキングな出会い、金髪碧眼のおそらくは転校生、そしてラッキースケベ。
これでギャルゲーのイベントじゃなかったらなんなのか、現実の方がよっぽどギャルゲ。
そうして俺は今でこそセクハラが原因とした即お縄になってはいないものの、明らかに暗い将来を考えて気が気でない気持ちのまま。
今日の一日はそれ以降何もなく無残にも過ぎていったのだった。
そしてこの時、俺と転校生であろう名前も知らない彼女の二人を被写体にした写真が撮られていることに、余裕のない今の俺には気付きようもなかったのである。
五月十日
土日を挟んで月曜日が町にやってくる、桜は待ってないし電車にも飛び乗らないけども。
結局あの名前も知らない金髪転校生ヒロインこと彼女と顔を合わせるには至らなかった、それははたまた偶然か彼女が避けた結果なのか。
俺としてはこの土日時折あのセクハラ事件を思い出しては、生殺与奪の権利を握られているかのような気持ちで、俺はいつ家に「警察の者ですが」と警官がやってくるか気が気でなかった。
幸いにもあっちからのアクションもなく警部が動き出してもいなかったものの、そんなこともあって月曜日はいつも以上に気が重かった。
それでも俺は彼女に会えれば伝えたいと思っていたのだ、ごめんなさいと……例え許されなかったとしても、最低限すべきことだろう。
そのあと訴訟沙汰に発展しても非があるのは完全に俺だしな……ああ。
そしていつものユキとの登校も上の空、授業も身に入った気がせず、あっという間に放課後に。
そして今日は生徒会に参加しないといけないというのだから、もう帰って部屋に引きこもりたい気分がマックスだった。
「ユウくん、そういえば生徒会に新しい人が入るんだって」
「そうなのか」
入るんだって、って姉貴は言うもののものすごい他人事である。
「なんか葉桜と暁の元にその子がやってきてね、なんと一発合格」
「へえ、一発合格なんてよっぽど優秀なんだな」
それか、その二人が気に入る様な人材だったか。
「多分今日会えるよ。下之ミナ、入りまーす」
「お、おう。下之ユウジ入ります」
そうして生徒会室を開けて――
目と目が合ってしまった。
「なっ!?」
「あ」
そこには件の金髪転校生ヒロインがいるではありませんか、何か用があったのかな?
「あー、シモノおはよー! 実はさ――」
「なんであなたが生徒会に来るんですの!?」
会長の言葉を遮るように、金髪転校生ヒロインは叫ぶ。
「クランナさん。気持ちは分かるけれど彼、副会長の弟ですもの」
「えっ!?」
気持ちは分かるならなんで俺を生徒会に入れたんだというツッコミをチサさんにしつつも――
「実はさ――転校生のオルリス=クランナが生徒会に入ったんだよ!」
「え!」
まぁ、そういうことらしい。
セクハラ被害者と加害者は意図せずして、同じ生徒会メンバーとなってしまったようである。
…………おいおい気まずいってレベルじゃないんだが、とりあえず――
「……なぁ姉貴、生徒会辞めていい?」
「なんで!?」
あとから考えればこの出会い方は極めてエンターテイメント的というか、創作上の作り話のようというか、ギャルゲー的ではあって。
そうして彼女の名前を俺は知ることとなった、オルリス=クランナ。
彼女が桐の言っていた”ショッキングな出会い”をすることになったヒロインとのことらしい。
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