第七章 ユウジさんに女神の祝福を!<体験版>

第013話 √0-7A 『ユウジ視点』『五月一日』



五月一日



 元々原作のギャルゲーのイベントの間隔が長かったのか、生徒会イベント以来のヒロイン登場となりそうな肝試しの日がようやくやってきた。

 そこそこ慌ただしい印象なのも……まぁ現実でギャルゲーと別枠で色々あったからだろう。

 なにより母親の再婚にユイの義妹化・同居化とか……現実はギャルゲーより奇なり。


 ほぼ毎日続くユキとの登校を終える、ユキはユキで自分の交友関係があることもあって「おはよー!」とクラスの友達に駆け寄って言った。

 しかしこう見ているとユキはギャルゲーのヒロイン由来と思えないほどに人間らしいというか、本当にユキという存在がこれまであったかのように錯覚してしまう。

 もっとも存在していたとしても、幼馴染じゃなければ俺なんかと関わることはなかっただろうし……お互い意識することもなかったのだろう。


「ユウジ様、おはようございます」

「姫城さん、おはよう」


 教室に着くなり姫城さんは深々とおじぎをするのだ!

 相変わらず姫城さんを間近で目の当たりにすると、本当に綺麗な人だと思えてならない。

 礼儀も正しい印象で、運動も出来成績もかなり良いらしいとユイ情報である……非の打ちどころがないじゃん。

 ……一時期俺に向けていた愛の方向が斜め上だったことを除けば。

 

「改めて肝試しにお誘いいただきありがとうございます」


 そう、マサヒロに肝試しに誘ってくれと言われた為に玉砕覚悟で姫城さんを誘っていたのだった。

 すると結果は「ぜひ参加させてください!」と食い気味の即答だった……肝試し、好きなんだろうか?


「いやいや、マサヒロが人集めてくれ言うから声かけさせてもらったんだ。もしなんか用事とかあったならすまん?」

「まったくありません! 私見た目通り友達とかいないので、週末はいつも暇しているんですよ」


 見た目通り……いや、見た目は最高なんだけど。

 やっぱりこれまで他の子とコミュニケーションを取っている場面を見たことがないあたり、とっつきにくいと思われているのかもしれない。


「なら良かった」

「お供えものは本当に特に指定はなかったのでしょうのか?」

「あー、マサヒロからは適当としか聞いてないなー」 

「わかりました、ありがとうございます」


 そうして姫城が自分の席に戻っていくと同時に始業のベルが鳴ったのだった。





 藍浜高校はもしかしたら珍しいのかもしれないが、隔週で土曜日に授業がある。

 正確には隔週というよりも奇数週といったところで、つまり第五土曜日がある月に関してはなんだが生徒の気分としては損しているのだ。

 実際次の週は月を跨ぐことでまた第一週になるからして、連続で土曜日学校があることになる……微妙な理不尽感!


 まぁともかくそんな土曜日の授業も午前授業で終わることになっており、生徒のような体力が有り余っている世代としては午後からは休日のようなものだ。

 そして例外的に今はゴールデンウィークに入っている、明日から数日は休める解放感から放課後肝試しへの参加は気持ちも軽やかだ。

 そんな土曜日の夕方、マサヒロ主催ユイ協力の肝試しが開催されることになったのである。





 ……まぁ、俺としては最低限人が集まればいいかと思っていたのである。

 しかし――


「なんか夏を先取りしたみたいでいいね! ユウジ!」

「……これはユウジ様と密着するチャンス到来ですね」

「ユウくんとペアになりますように!」

「興味深いから来たぞ! 楽しみだわい!」

「チサ! 夜に出歩くなんて新鮮だよ!」

「アスちゃん、本当ならもうおねむの時間だものね」

「肝試し、幽霊なんて気合でぶっ飛ばすぜ!」


 超集まった、なにこれ。

 ちなみにユキ・姫城さん・姉貴・桐・アス会長・チサ先輩・福島という面子。

 

「いやーしかしユウジはいい仕事したなぁ! まさか生徒会フルメンバー揃えてくるとは!」

「……まぁ」


 そう、いつも一緒にいる面々に加えて生徒会メンバーも来てしまった。

 ……来てしまった、というのも俺がストレートに呼んだわけではなく、どうやら姉貴経由で伝わってしまったようだ。


「ユウくん肝試し楽しみだね!」

「あぁ……うん」

「お供えもの持ってきた?」

「一応な……」


 何故かタッパー入りのお揚げなんだけど……。

 というのも先日のドンベー会議で触発され、きつねうどんのトッピングを豪勢にしようといなり用お揚げを買い足したのはいいものの、割と量が入っていた為に余って持て余していたのだった。

 姉貴は秘蔵の羊羹を持って来たらしい、なんというか凄いお供えものにピッタリなこともあって俺もそうすれば良かった気がする。

 ちなみに桐は給食(桐は実は小学校に通っている)で余った袋入りコッペパンを持ってきていた、もうそれパッサパサじゃね。



 俺が呼んだのはいつもの面々と、そして姉貴と桐も誘っておいただけなのだ。

 おそらく生徒会が参加するのも「ユウくんと肝試し楽しみだなー!」などと生徒会で漏らした結果なのだろう、生徒会活動の際にそれを聞かれ参加が決まったのだった。

 

「それではようこそ地獄の入り口へ! 今回は肝試しに参加していただきあざーす!」 


 そこは最後まで丁寧に言えよマサヒロ。


「ルールは簡単! この墓地を抜けた先にある寺を右折した先にある”神石”前に”お供え”をして帰ってくるまでが遠足です」


 遠く足を延ばすほどじゃないじゃん。

 そこにマサヒロは「お供え物はあとでスタッフがおいしく頂きます」とか言ってたが、何が来てもマサヒロもユイも絶対食えよ? 絶対食えよ!?


「そして今からくじ引きでペアを決めてもらいます。もっとも俺とユイは、脅かし役なので参加しません。ユウジハーレムかよ」

「ハーレムじゃねえよ」


 そりゃいつもの面々で肝試しして、マサヒロが運営サイドならそうなるわ。

 男一人だけに対して、女子七人にもなるわ。


「くじには番号が書かれてますので、同じ番号の人とペアを組んでください。番号順に肝試しに行ってもらいます」


 なるほど、そこは合理的だな。


「ではくじを、あざーす!」


 今あざーす言うタイミングじゃなくない?

 そうしてくじ引きの時間がやってきたのだが――!?


「「…………」


 擬音を付けるならゴゴゴゴゴと、でも出ていそうなほどに一部の女子勢から放たれる気迫が半端なものではなかった。

 何がどうしてこんなことになっているのか、俺が知らない間に修羅場一歩手前な空気が流れ始めている。

 主には――


「ユウジと……」

「ユウジ様と……」

「ユウくんと……」


 なんかユキも姫城さんも姉貴からすごいオーラを感じる、そしてどうやら察するに俺とのペアを狙っているようだった。

 いやー、俺超モテ期っすねー! ……すんません調子乗りました許してください。


 ……本当に、ギャルゲーの主人公ってのはモテて羨ましいもんだよな。


 こう女の戦い~ってのが主人公を取り合う形で行われるんだぜ? 俺の意思は関係ないとはいえ、こう男冥利に尽きるよなあ……でもこんなの創作でしかマジアリエンティ。

 少なくとも現実の俺じゃ俺と組みたがるなんて姉貴ぐらいだろうし、そもそも肝試しに誘っても来ないだろうし……なんで俺微妙にヘコんできてるんだろうか。

 なにはともあれ俺たちはペットボトル容器を加工した手作り感満点のくじ入れから、割り箸で作られたくじを引いたのだった――





 結果的に言えば俺は四番を引いた。


 一番のペアは姉貴と桐だった、二番のペアは会長とチサさん、三番のペアは福島とユキだった。

 …………なんかこれ仕組まれてね? って具合に意外性のないペアばかりだった、下之姉妹(仮)に生徒会コンビとクラスメイトコンビ。

 今更だが福島コナツは一年二組所属の俺のクラスメイトである……もっとも俺にとって福島の印象が全くなかったのは――まぁそれがいつか話すとして。


 そうして俺はといえば――


「トリですね、ユウジ様」

「そうみたいだな」


 唯一意外性があるとすれば俺と姫城さんのペアだろうか、まぁ桐じゃなくて良かったとは思う……うるさそうだし。


『(なんじゃと貴様)』

「うわ」

「? どうかしましたか、ユウジ様」

「い、いやなんでもない……」


 桐、頭に直接話しかけて来るんじゃねえ。


『(ファムチキください)』


 残念ながらこの町にファムリーマートのチェーン店は存在しない、隣街へどうぞ。


『(しょうがないのう。まぁわしの悪口を言ったから話しかけたのもあるがの)』


 通話料押さえたいから切っていい?


『(ま、待たぬか……ってわしからのテレパシーなのに、お主に切るも切らないもあるか!)』


 普通に厄介な能力使いやがるなこのエセロリ。


『(このタイミングでヒロイン登場じゃ、という予告をな)』


 そういやお前がこれぐらいの日に新ヒロイン言ってたな、やっぱり肝試しのタイミングだったのか。


『(そうじゃよ。まぁ達者でな)』


 わざわざありがとよ、と言う前に桐の声は脳内に聞こえなくなった。

 なんというか割と律儀なヤツだ。


「…………どうした、姫城さん?」

「今別の女の子のことを考えていた匂いがします」


 に、匂いですと。

 そういうのって分かっちゃうものなのか、恐ろしや……。


「い、妹のことだよ」

「そうでしたか、なら安心ですね」


 と、言って姫城さんの不機嫌オーラは鳴りを潜めた。

 今更だけど姫城さんってストレス管理が難しいヒロインなんじゃね……?


「そ、そういえば姫城さんはお供えもの何を持ってきたんだ?」

「あ、そうですね。こちらです――」

「あ」


 そうして姫城さんが取り出したのは、ギラリと光る刃先をした鋭利な代物だった。

 多分小刀というヤツである、地味に姫城事件で使われた記憶のある見た目もしている。


 あ、これは良く分かんないが俺死ぬかも――そう、俺は直感し覚悟を決めたのだった。


「模造刀ですよ」

「なーんだ」

「ほら試しに切って見ても……あ」


 あ、ってなんだ! あ、ってなんだ!?


「……最近の模造刀は切れ味がいいですね」

「おい! なんで自分の腕で試したよ!? ああ、もう……」


 あくまでも傷は深く無さそうで、紙でピッと切った程度だったのだが血がにじんでいることに違いはなかった。

 こんなこともあろうかと自分の財布には絆創膏を常備していることもあり、更に肝試しで草むらに入るかもしれないと消毒スプレーを持ってきて正解だった、これで応急処置は出来そうだ。


「ちょっと染みるぞ」

「あぁっん」


 …………なんか色っぽかったが聞かなかったことにする、心頭滅却心頭滅却悪霊退散悪霊退散ドーメンセーメンドーメンセーメン――


「これで、よし」

「……ありがとうございます」

「もしかして自分でやった方が良かったか?」

「いえ……私はこの絆創膏を生涯外すことはないでしょう」

「いや、不衛生だからこまめに交換してくれよ!?」

「ならば、家に帰ったら栞にして生涯大切にします」

「お、おう……」


 やっぱ姫城は変わった子だな(オブラートに包みまくった表現)……。

 それでも姫城さんが俺の貼った絆創膏を愛おしそうに撫でているのは、見ていて悪い気はしなかったのだった。



 ……というのが、四番目のペアだけに暇している俺たちの出来事だった。

 先行組の姉貴と桐の声は特に聞こえてこず、二組目の会長が超うるさくて近所迷惑甚だしい、三組目は時折ユキのきゃっという声が聞こえてくる……可愛い。

 そうしてようやく俺たちのターンがやってくるのだった。





 基本的にこの肝試しは裏山出発地点の草林の近くを抜け広々とした墓地を進み寺が見えたところで右折し神石を目指すというものだ。

 ちなみに――


「おおう」


 道が開かれた山林を歩いていると、突然木々の間から白い布が飛んできてビビった。

 よく見るとリール線が張られており、そのリール線上をローラー付きのシーツが横切っただけのようだった。

 タネが分かれば単純にして怖くもなんともないが、不意打ちというのはなかなかに強力とも言える。


 そのほかに歩いていたら水を多いに含んだ新聞紙を踏まされたり、道の端を覗き込むと血(糊)だらけになった白装束のカカシが置かれていたり。

 冷風機を用いたとされる突如吹いてくる冷風とともに「さむいよぉおおおおお、さむいよぉぉおおおお」と怨霊染みた演技が聞こえてくる、しかしよく聞けばユイの声変えのボイスがやっているようだった。

 割と低予算感はあるもののマサヒロとユイ、この肝試し想像以上になかなか頑張っている印象だ。


「ユ、ユウジ様は私が護ります」


 と言って模造刀を構えながらビクビクとしている姫城さんは割と新鮮だった。

 なんというか、刃物で俺をヤろうとしたり自分でシようとしたりとバイオレンスな印象だったのだが。

 バイオレンスだからと怖いのにも耐性がありそうな勝手なイメージだっただけに、今は完全に怖がっていそうな姫城さんは……なんだか少し萌える。


「シニタクナイ……タスケテ……」


 と落ち武者の格好で出てきたマサヒロに――


「きゃ、きゃあっ」


 姫城さんは可愛らしい声と共に模造刀を取り落とし、ついには俺の腕を抱きしめたのだった。

 草陰の方から「怖がる女の子、いい……」とかいう声が聞こえたけど通報すべきだろうか。


 それにしても、おおう……これは想像以上にボリューミィというか、確実にでかいしやわらかい、着やせするタイプだったのか――

 いやいや、そうじゃない。

 俺の腕に伝わってくるのは小刻みに震える姫城さんであり、目をぎゅっと瞑った様は本気で怖がっているようだった。


「大丈夫だから、俺がいるぞ」

「ユ、ユウジ様」

「行くか」

「あっ……」


 正直超名残惜しかったが姫城さんを腕から剥すようにしたあと、俺は姫城さんの手を引いて歩き始めたのだった。

 それから時折振り返っても姫城さんは俯いたままだったが、震えは止まっているようで安心しながら歩みを進めた。

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