第008話 √0-5B 『ユウジ視点』『四月二十七日』
肝試し。
主に夏などの季節に怖い場所に行かせることで、その人間に恐怖に耐えうるかを試す――割と昔からある催しだという。
今は昔と違って娯楽に餓えていないほか、法律的かつ世間の目も厳しくなった以上は衰退したとかしていないとか。
実際夜に生徒などが肝試しをします、と言ったところでじゃあそれが歓迎されるかと言えば違うだろう。
今のご時世、夜で歩くことは犯罪に巻き込まれるケースも多々あり大人はおいそれと認めてはくれない。
一方でパリピ的にナウでヤングなチャラチャラ集団は――法律なんて気にしねえぜ!
エンターテイメントサイコーヒャッハー! ……とばかりに不法侵入も気にせずに廃墟などで肝試しをする輩もいるという。
まぁ見つかると学校や親に報告されて自分が大目玉を喰らうのだが……ってこれは本筋じゃなかった。
つまり俺の中では肝試しというものは、アウトドアにしてワイルドにしてよっぽどのイベント大好きな人種じゃなければ今はやらない催しだ。(※個人の見解です)
少なくとも俺の周りでそんなことを企てる人達は居なかった――今日までは。
四月二十七日
今日は晴れてもいないし曇りとも言えない、なんとも微妙な空の下で、登校を一緒にするべくユキを待つ俺。
ちなみに姉貴に関してはほぼ毎日生徒会で朝早く家を出ている……ちなみに一応生徒会役員になった俺の今後に関しては、まぁまた話す機会があると思う。
「おはよー、ユウジー!」
待ち合わせポイントの塀に寄り掛かりながら待っていると、爽やかな挨拶と共に黒髪のポニーテールを元気に揺らしながら颯爽と駆けてくるユキの姿があった。
ユキは初日は俺の家に迎えに来ていたものの、それでは悪いと待ち合わせポイントを設定して毎日でなくてもこうして二人で登校していた。
「待った?」
「割と」
「そこは待ってないって言ってよ!」
「冗談冗談、今来たとこ」
「くるしゅうない」
気づけばユキとの掛け合いも少しは自然になってきた気がすると思う。
……幼馴染だし、こんな尺度でいいよな?
「よし、行くかー」
「うんー」
と、二人並んで歩き始める
しかし隣にちらりと視線を向けると美少女である……ほんとユキって可愛いよな。
全体的に健康的そうな肌のツヤと表情と少しおでこの開いた髪型と、ぼったりとしかねないセーラー服をすらっと着こなしている。
ストッキングやハイソックスでもない、普通の靴下履きな為に生足がうおっまぶし。
本当に……こんな可愛い子と幼馴染だなんて、やっぱり現実的じゃないな。
主人公だからこそのというか、主人公になれたからこそのユキとの関係であって……その点はギャルゲーあざーっす。
そう内心ではギャルゲーの神に感謝しつつもいつも通りの他愛のない会話が繰り出されていく――
「ねぇねぇユウジ。おいしいカレーの作り方知ってる?」
「ん?」
こんな普遍的で大きな変化の無い展開が日常会話の一コマだ、いいじゃないか幼馴染っぽくて。
「りんごを入れると味がまろやかになるんだよ」
ほう……今日は、料理のことか。
俺は男にしては料理が上手い方だと思う、もっともレシピを知らないからググって作る感じではあるのだが。
あの姉貴の弟なのもあって、たぶん本気出せはそこそこ出来る……最近本気出してないけども。
「なんか聞いたことはあるな」
「他にもカレーにチョコレート入れると、コクが出ていいんだって!」
「まぁ、入れても合いそうではあるなー」
「辛口カレーにココナッツミルクを入れるとなんとインド風に」
「ほぉ」
「カレーの水の代わりに鶏がらスープを入れても美味しいらしいよ」
「へぇ……」
「市販のカレールーだけじゃ辛さや風味が物足りなかったら――ガラムマサラ・レッドペッパー・クミンシード・胡椒・七味・タバスコを入れても合うんだよ!」
「……」
タメになる、タメになるけど。
俺が想像してた可愛い幼馴染との会話となんか微妙に違う!
「ユキは料理得意なのか?」
「ううん、あんまり」
そこまで話して!?
「で、でもね! お菓子は得意なんだよー……食べる方だけど」
そりゃ割と多くの女の子がそうだと思う。
「うーん料理かぁ……たまにスパイスを使って食材と組み合わせて実験してることはあるけど。あ、もちろん最後はおいしく頂くけどね」
「それ料理でよくないか」
それがスパイス使った料理じゃなかったら料理の定義がくずれる!
「というかカレーの時も語ってたけど、辛いの好きなんだな」
「ううん、そうでもない」
「ん? そういうものなのか」
「ジョロキアまでしかいけないんだよね」
「え!?」
それ、世界一(当時)辛い唐辛子のはずなんだが。
「タバスコをさ、パスタについかけ過ぎちゃうんだよねー! いつの間にかパスタの色地が見えなく――」
「それで辛いもの好きじゃなかったらどうなるんだよ!」
「とにかく……甘いものはいいよね!
「話が繋がってねえ!?」」
認めない気だこの子!
「あ、話している間に学校ついたね」
そうして可愛い幼馴染にしてヒロインのユキは、かなりの辛党だったそうな。
もっとも辛党というのは本来酒好きな人という意味であって、辛い物好きという意味ではなく――
攻略可能ヒロインが最低八人はいるのだから、もうちょっとヒロインと接触できそうなものだが……割とそうでもなかった。
ちなみに俺の中で生徒会メンバーの姉貴以外はグレーと踏んでいる、アス会長やチサ先輩はギャルゲー的に怪しい……これまでの世界では分かりやすく記号的キャラでもあったのだ。
ロリ会長に、毒舌書記というのがギャルゲー的ではある……のだが、どうにも俺はパッケージに二人を見た気がしない、隠しヒロイン的な何かなのだろうか。
そして福島コナツもグレーだ、割とギャルゲーに居そうではあるものの現実に居てもおかしくないグレーなライン…。
というか今更ながら俺を拉致して生徒会にいれるイベント自体、ギャルゲー的というか創作的だと思えばそうなのだ、ようは現実的じゃないということで。
姉貴が俺を入れたかった、というのももしかするとギャルゲーの原作におけるシナリオが影響あってのことなのかもしれない。
ちなみに桐に聞いてみたものの「ヒロインかもしれないしヒロインじゃないかもしれない」と、ムカつく答えを返してきたのでまたくすぐってやった。
ということからギャルゲーヒロイン確定は自称妹にしてヒロインらしい桐と、ユキと姫城の三人のみになる。
……うーむ、本当にこのペースでヒロインが最低八人も揃うのだろうか。
そんな矢先のことだった。
いつものようにユキと登校し、いつものように教室に着くなり――
「お、お?」
「……どうしたマサヒロ」
なんだか刈り上げた方のリーゼントっぽいサイキックスな作品のキャラみたいな喋りで近づいてくるマサヒロ。
「よーユウジ、肝試し行こうぜ」
「…………は?」
そんなラーメン食いに行こうぜ、みたいなノリで言う事じゃないだろ。
「実は学校の裏に山あんじゃん? で、そこの近くに墓地と寺あんじゃん? 絶好の肝試しスポットじゃん? やろうぜ」
「なんでだよ」
いや……ロケーションはバッチリだとしても。
基本インドア系オタクにして、ごくたまにオタグッズを買い求める時だけはアグレッシブに隣県を跨ぐようなマサヒロがする提案にしてはおかしい。
「いや――ギャルゲーのイベントであんじゃん」
「納得した」
一部オタクというものは、アニメやマンガなどの作中で好きなキャラが使っているグッズや楽器などに至るまで「自分も欲しい」と思う発想に至りやすい。
まぁでもそれは考えてみればスーパーなヒーローなタイムで、それぞれヒーローやライダーが使っているメカを欲しがる心理と同じなのかもしれない。
話が脱線したが、ようは自分のギャルゲーでそんな肝試しシチュエーションがあったからやってみたい……そういうことなのだろう。
「まぁでも俺はどちらかというと肝試し運営側希望な。別に手は出さないけど、怖がるリアルの女の子を見て二次元アニメ絵に変換すると――捗る」
「などと供述しており……」
「おい、マジで今もしもしポリスメン? しようとしただろ!?」
まさか俺の悪友が、女の子が怖がるところを見て興奮する変態だとは思いもしなかった。
俺とこいつの友情はここで終わってしまった、さらばマサヒロ。
「ちょちょちょ冗談だから(半分は)! いやでもマジで、天啓を授かったみたいな感じなんだよ。”お前は肝試しを主催するのだ”……みたいな」
「いよいよ……」
「おい可哀想なものを見る目で言うんじゃない、いやマジでほんと信じてくれよ」
マサヒロにああは言ったが、少しだけ俺としてもマサヒロの行動理由の不審さに思い当たる節はある。
そう、この世界はギャルゲーと現実のハイブリッドなのである。
つまりはギャルゲーにおいて肝試しイベントがあったとしたら、現実でもそれに類するものが起こってもおかしくないということ。
そしてそんな提案役がマサヒロに指名された、だけであって実際のところマサヒロはギャルゲーのシナリオ通りにことを進めようとしているだけなのだろう。
「まあ実際三次元の女に興味ないしな」
さっきの怖がる女の子を見て興奮する設定どこいった……いや二次元に変換って言ってたけども、なんというか器用だなこいつ。
「で、その寺と墓地を管理してるのがウチの親族でさあ。肝試しやりたいっつったら――迷惑かけない・終わったら元に戻す・先祖の霊を敬う……って条件なら良くなったんだよ」
~の親戚、超便利。
こればっかりはきっと、現実でギャルゲーのイベントを展開するにあたっての後付設定なのだろう。
マサヒロは別に自分のことを話すようなヤツじゃないとしても、そんなのは聞いたことが無いし、後付感がバリバリ。
……まぁでも、ここで拒んでいても仕方ない。
イベントを進行させ、ヒロインが登場する為の手段としてありうるなら……俺も多少は協力的になるべきだろう。
「俺とユイは肝試しの運営側だから。ユウジには頼む! ユウジの周りの女の子呼んでくれ! やっぱり怖がるバリエーションは色々見ておきたい」
……やっぱり協力するのやめていいか、怖がるバリエーションってなんだよ。
ともあれ肝試しの開催が決まったのだが、よく考えてみると――まだ春だこれ。
夏の風物詩なのになんで春に……原作のギャルゲーのシナリオどうなってんだよ。
「そういえばその墓地を抜けた先の寺の近くに、神様が祭ってある石があるらしい」
「神様ねぇ……」
多神教のこの国で、俺は特に崇めようという神も宗教もない。
それでいて信じないわけでもない、八百万(やおよろず)とも言うしな。
「で、肝試しは墓地の初めからその神社の”神石”までの往復だ。行ったか行っていないかは、予め置いておく”神石”前のボードの上の貢物の有無で決める」
そこまで決まってんのか……やたら用意周到だ。
「というか”神石”ってなんだ?」
「分からないか……そうかそうか。分からないかぁ!」
変に煽ってくるコイツ殴っていいかな、女子供には手を挙げないが――男にして同世代なら容赦せん。
「”神を祭ってある石”の略だ」
大体そのまんまだった、さっきの煽りなんだったんだよ。
「で、貢物ってなんなんだ? なんかの王様にでも送るのか?」
まぁ、もちろん冗談ではあるのものの。
「その神様へだ。貢物は適当でいい、自分が良いと思う物を持ってけばいいだろ」
「そこは適当でいいんだな?」
神に貢ぐ物なのに、そこだけ適当なのはどうよ……。
「というか貢物とか言ってみただけで、実際お供えだし」
「最初からそう言えよ」
ここ一分ぐらいの会話を無駄にした気分だぞ。
「で、四日後やるぞ」
「強行すぎるだろ!?」
「とにかく頼むぜユウジ、俺はユイにこのユウジが承諾したグッドニュースを伝えてくるからな! さらばだ!」
そうしてしばらくして、というか別の授業合間の休み時間が来ると――
「グッドニュースだぜぃ!」
ユイが全力疾走で机に滑り込んできた。
いやなに君たちの間でグッドニュースのワード流行ってんの?
「で、グッドニュースってなんだよ?」
確実に地雷臭がするが、一応聞いておく。
「よくぞ、きいて、くれ、まし、た」
変な区切り方をするのがムカつくし読みにくい。
「転校生が来るんだって、サ!」
「ナ、ナんだってー……って、しかし入学式シーズンも過ぎて中途半端な時期だな」
「これは超能力が使える機関所属の男子高校生が来るに違いない」
まっがーれとか言い出すのかそいつは。
「いや、超能力なんてあるわけないだろ」
「じゃあ、凄いS気が強い超絶お嬢様」
「なんだよその二択! 転校生のハードル上げんな!」
本人の知らぬ間にあがるハードル、なかなかに可哀想である。
いや、本当に普通の子だったらどうするんだよ……。
「九日後に来るらしいぜぇ」
またマサヒロと同じように具体的な……てか微妙に遠いし。
「……どうやったらその九日後の情報が手に入るんだよ」
「それは知ってはいけないことなのだよ、ナオトくん」
「ナオトって誰だよ」
「アタシの父親だ」
「知らんがな」
「ともあれ、こうしちゃいられねえぜ! アタシのオニャノコデータベースの準備をしなければ、さらばだ!」
と言って自分の机に戻っていった、何がしたかったんだあいつは。
……内心ではそう思うものの、このユイが俺に向かって”転校生が来る”という情報を流したのは、よく考えればギャルゲー的だ。
ギャルゲーではいわゆる情報通っぽいクラスの男子だかが、そんなヒロインの情報を教えてくれる……ような。
この一連の出来事だけでマサヒロとユイはギャルゲーのシナリオに動かされていた可能性が高いと言っていいのだろう。
ハイブリッドしたことで、現実に存在していた人間もまた普通に巻き込んでのシナリオが進行するようだ――
俺はといえば昼休みを迎え、五人で学食に向かっていた。
五人というのは俺とユキとユイとマサヒロと――姫城さん。
告白撤回から数日が経ち、俺との縁も切れたかと思いきや……姫城さんは俺や俺たちに意識を向けていようである。
姉貴の弁当テロ事件以来、姫城さんは俺たちと一緒に行動する日も増えた。
例えばこんなお昼時の昼食は、姫城さんが俺たちに合わせるようにしてくれる印象だ。
そんな気づけば増えた面々で学食に向かっていた時――
『―――――』
「っ!」
一瞬時が止まったかのような錯覚。
ちょうど見えた女生徒に俺が心奪われたからだろうか。
人形のような白い肌にスレンダーな体格、整った顔立ちに伸びる深緑のセミロングでツーサイドの髪型。
その女生徒は、どこか儚げにして物静かそうなイメージ――しかし彼女は他人を拒絶するような、冷たく沈んだ瞳を持っていた。
言葉で表せない不思議で、異質な人……そんな彼女が何故か俺の目には止まったのだ。
喧騒にざわめく廊下でただ一人、彼女は遠く前だけを見つめ、深い緑の髪を揺らしながら俺らの横を通り過ぎて行った。
「…………」
しかし俺は振り返ることも、彼女を追うこともしなかった。
理由はみんなで学食に行く以上は俺が勝手な行動をするのも悪いだろう――というのは嘘じゃないが、理由の一つだった。
もう一つの理由は俺が彼女にいくら興味があっても、学年色も見忘れ、クラスも名前も分からないとあってはどうすることも出来ない――今の時点では。
なんとなく、もしかしたらまた会えるかもしれない。
彼女から発せられたオーラは普通の女子、現実における女子のものではないだろうということが分かった。
なるほど、もしかしたら彼女もまた――ギャルゲーのヒロイン候補なのかもしれない。
そうなればまた俺も彼女と関わることになるだろう、その時になってからでも遅くない。
そんな考えを内に秘め、俺達五人は駄弁りながら学食に歩みを進めた――
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