第四章 下之ミナの偏愛<体験版>
第006話 √0-4 『ユウジ視点』『↓』END
そうして委員長と別れ商店街をフラついていると――
「あっ! ユウくーん!」
俺の名を、そう呼ぶのはこの世でただ一人しかいない。
「会いたかったよっ、ユウくーん!」
「うおっ」
そう呼ぶ彼女は買い物袋を引っ提げて俺にひしっと抱き付く、そりゃもう傍から見ればラブラブなカップルかのように。
しかし彼女は俺にとってそういう存在ではなく――
「下之 美奈」(しもの みな)は俺より一歳年上の血の繋がったまさしく俺にとって正真正銘実の姉。
……のはずなのだが、この溺愛ぶりや俺との似ていなさから「もしや」とも巷で噂されているとかいないとか。
というよりも一応母さんに似ているので遺伝子的には俺が異端なのか……?
似ていなさといっても良い方向にであり、正直我が姉ながらかなりの美人だと思うのだ。
少しクセのついた髪質に栗色の地毛をセミロングで伸ばし、同い年の女子の平均身長より高いぐらいで全体的に凹凸がしっかりとしたスタイル。
だから俺に抱きつくと、なお目立つわけで……いや、抱きつく事事体が普通にすごく目立つんだが。
「姉貴……さすがにこういうとこでは抱きつくなよ」
「ふふ、ユウくんったら! 照れ屋さんねー」
藍浜高校生徒会役員にして副会長を務め、成績は学校トップクラスにして運動神経の良さはもちろんのこと、下之家の家事の大半を担うという家庭的な一面もある――
そしてなによりも料理の腕は学校一と噂される……まさに文武両道、向かうところ敵なし、非の付け所がない完璧人間。
そんな彼女の唯一、弱点とされるのなら――
「も~! ユウくん大好きっ」
弟の溺愛っぷりであり”シスコン”っぷりにある、つまり大体俺のせい。
学校でもしっかり者にして真面目で品行方正、生徒の見本とも言うべき彼女が……俺を前にするとだるだるのあまあまになってしまう。
「ユウくんと会えない時間が寂しかったー! あーなんで私たち同じ学校なのに同じクラスじゃないのー!?」
「いや、そりゃ……歳が離れてるし」
「そうだ! なら私が留年しちゃえばいいんだ!」
「それはマジでやめて姉貴」
そんなことすれば、優秀生徒として見てきた学校の教師陣が絶叫しかねない。
そして……俺に矛先が向きかねないのでヤメテクダサイ。
「な、なら! そうだよ……生徒会特権で、ユウくんを飛び級させればいいんだ!」
「やめてくださいしんでしまいます」
超優秀な姉のごり押しとかでそんなことされた日には俺が白い眼で見られる上に飛び級のプレッシャーでしんでしまいます。
いや流石に生徒会もそこまで権限ないだろうけども。
「えー、じゃあこのユウくんラブラブパワーはどこに向ければいいの!?」
「勉強と運動に変換したらいいと思います」
「えー、ユウくんへのラブに比べたら
姉貴という人間は完璧にして、それでいてドライでもある。
ある意味柔和な笑みをしていることも多く、とっつきやすいようにも見えると思う、人当たりも悪くない。
しかし姉貴は思ったよりも他人に興味がない、別に嫌いなわけじゃない――ただ必要以上の感心を向けることがないのだ。
正確には自分にも興味がなく、その熱意を向ける対象は数少ない本当の親友と家族だけなんじゃないかと俺は思っている。
「そうそうユウくん! 生徒会でね――」
自意識過剰でもいい、それでも姉貴が俺に依存することがすべてにおける原動力ならば――
もし俺が姉貴の前から居なくなったらどうなってしまうのだろう、と考えてしまう。
別に死ぬわけじゃない、それでも俺が誰かと付き合って結婚をして、あの家をこの町を離れた時、姉貴がどうなってしまうのか。
「すごいな姉貴」
「ふふん、すごいでしょー」
生徒会でした活動を嬉しそうに報告して、褒めると誇らしくする姿は超可愛い。
俺が弟じゃなく単なる男だったら惚れてたかも分からん。
だから俺としては、心の片隅では寂しい思いこそあれど……姉貴が弟離れしてくれたらと思うのだ。
そう思う俺としては姉貴が心を許せる男性がいたらいいとは思うのだが……。
まぁもちろん姉貴に釣り合うのだから、性格がいいのは絶対条件として、美人な姉貴に釣り合う程度のイケメン、そして姉貴に勝るとも劣らない能力を持った人間、そして年収は一千万円以上であるべきだ。
悪い男に引っかからないように、弟の俺がちゃんと見定めねば、あくまでそれは姉貴が幸せになる為であって決して俺が狭量なわけではなく――
「とりあえずその買い物袋くれ、生徒会終わりで疲れてるだろ?」
「いいよいいよ、お姉ちゃんに任せなさい!」
「いやいやせっかくいる男手を頼ってくれ、それとも俺になんか任せられないか?」
「ううんそんなことない! 優しいユウくん大好き! さっすがユウくんだなぁ~」
やめてくれ姉貴、俺はそんな出来た人間じゃない。
俺が出来た人間なら――あの時期の俺の家族は、ああはならなかったのだから。
そうして姉貴と家に帰ってくる。
帰る頃にはすっかり暗くなっていて、門をくぐる頃には澄んだ空に星が輝いていた。
「たっだいまー」
「ただいまー」
姉弟揃って、これまでなら出迎えられることのなかった玄関に入ると。
「おかえりーお兄ちゃん、お姉ちゃん☆」
キラッ☆ ……と言ったような”猫かぶり”フェイスをかます妹がお出迎え。
「ただいま」
まぁ正直桐の猫かぶりはイラっとくるものの、おかえりを言われるというのは存外悪くないのだ。
「ユウくん、ということで今日は腕によりをかけて夕食を作るよー!」
「え?」
「(ぴき)」
おお……姉貴が見事に桐をスルーするのだった、桐のこめかみからピキと音がした気がする。
「いや、生徒会で疲れてるだろ。姉貴の作れる簡単なものでいいよ」
「はぅっ! うれしいなぁっユウくん……お姉ちゃんのこと心配してくれるんだねっ」
……なんだかんだ俺って、姉貴には甘いからな。
それに――
「まぁな。家事ほぼ全般に学校では生徒会副会長だもんな……疲れないはずがないだろ」
「(ぴき)」
姉貴のいる生徒会そのものがあまり明確なもののでなく、一体何をしているのかイマイチ分からない感じがある。
生徒会のある日は遅く、六・七時に帰ってくることが一番多いが、本当に遅いと九時前後にもなる。
帰ってきた瞬間に見れる姉貴の顔には疲れが出ていて決して楽ではないことが分かる。
そんな生徒会終わりに夕食も作ってくれる訳だ。
もちろん遅くなる日はある程度予測してレンジでチンな夕食を予め朝の登校前に準備しておく周到さ。
何故倒れずに出来るのか逆に不安になる……と、俺が内心で姉貴の身を案じていたら桐が何故か不機嫌になっていた。
「う~んっ! その心配してくれるユウくんの言葉が、私の元気の素なんだよ! さぁがんばるぞ!」
「(イラッ)」
……心配をかけまいと投げかけた言葉が、逆手に取られて姉貴を張りきらせてしまった。
「ユウくん、今すぐ作るからねっ♪ あっ、桐ちゃんも待っててね」
「(プチッ)」
というか桐スルーだったんだが、姉貴気づいてたんだ。
そもそも、桐と姉貴と顔を合わせているのを初めて見たんだが……一応存在自体は認識されてるようだ。
もっとも姉貴の根底にあるドライさが発揮されているのだが。
「じ、じゃあおにいさん、部屋でできるまでまっていましょうぞ」
おーい、あんた誰だ。
桐、しゃべり方が大変なことになってるぞ。
なんというか姉貴は俺がいると、俺にしか目が行かなくなっちゃうんだよなあ……本当にどうしたものか。
そのあと姉貴にスルーされ「ユウジのこと溺愛すぎてムカつくのじゃ!」と桐に八つ当たりされたが俺は仏の心を持っているので、拳を振り上げることはない。
だがやっぱりムカついたので脇腹をくすぐってやった、くすぐられた際の桐が桐のクセに少し可愛かったと言うとロリコン認定されるので口には出さず墓まで持って行くとしとよう。
「今日は肉じゃがかー」
立ち込める醤油の香ばしい匂いと、食卓に並べられて料理を見てから呟く。
「えへへー、今日は自信あるんだー」
エプロン姿でお玉を持ち、胸を張って姉がそう言う。
「うまそーだな」
「おいしそうですっ☆」
六人がけのダイニングテーブルに座り、俺と姉、桐が座ったところで俺は気がつく。
「ああ、やっぱ今日も母さん仕事なんだ」
今日”も”というところがポイント。
「さっきメールが来たから、そうみたい。今日も外で済ませてくるんじゃないかな?」
「そっかー」
ウチの母は仕事がある日は帰りが遅い。大体外のファミレスとかで済ませてくるらしい。
というか、実を言えば帰ってくる日は殆どない。
フェミレスで寝過ごすこともあれば、終電に行かれて近くのカプセルホテルに止まってきたりエトセトラ。
「”あいつ”も……まぁいつも通りか」
「うーん……しょうがないね」
「ふーん」
”あいつ”に関して、今は何も分からない、それほど興味もない……というのは嘘だ。
興味はあっても、興味を持ち続けたとしても何も変わらないからこそ、今はもう彼女を諦めている。
俺はもうあいつには関われない、関われる資格がない、だって俺はあいつに――絶対に嫌われてしまっているのだから。
そんな俺たち家族は四人いるのに、ここ一年はずっと二人の食卓だった。
そこに自称とはいえ妹の桐が加わった、未だに正体は謎ではあるが――少し食卓が明るくなった、認めたくはないがそんな気はしてしまうのだ。
「じゃあ頂いちゃいましょうか!」
「そうだな」
「はいですっ」
律儀に食卓に揃って手を合わせて――
「頂きます」
「いただきます」
「いただきまーす☆」
そうして夕食が始まる――まずは、メインディッシュの肉じゃがをパクリ。
「お、旨い」
肉じゃがを口に運んで一言。
崩れていないながらもしっかり醤油の味とダシが、染み込んでいる。
そこに人参の甘みも加わって旨みが引き立っていて美味しい。
「ありがとう~、お姉ちゃんその言葉が嬉しいよ~」
肉じゃがに……おお。
「それに今日は炊き込みご飯か!」
「うん、サバの水煮をいれてみました」
「どれどれ……おお」
炊き込みご飯の主張の少ない風味に、サバの水煮がアクセントを加えていた。
サバの水煮と言っても、普通に食べれれるよう塩で味付けされているもので、その塩っぽさが炊き込みごはんに、ちょうどよく馴染んでいる。
それでいてもとが脂身がすくないのでくどくなく、鳥の皮を使うよりもさっぱりしていた。それにきっと安くすんでいることだろう。
「合うな、これ」
「でしょでしょー!」
「おいしいですっ☆」
食事時には、つい水分を多く飲んでしまう。
コップの中はもうカラッポだ。
「ちょっとお茶お代わりするわ」
「あ、ユウくん私がやるよ」
「大丈夫、姉貴は座ってていいから」
「うん、わかったよ」
お茶ぐらい自分でやるさ。
流石に全部任せきりじゃ駄目だし……夕食作って貰ってる時点で任せっきりだけども。
果てしなく申し訳ない気持ちになりながら、冷蔵庫を開いた。
すぐ真正面の棚には――
ラップのかけられた肉じゃがの入った器に、茶碗に入った炊き込みご飯、お椀に入った味噌汁が置かれている。
更に姉が書いたと思われる二つ折りにされたメモ用紙があった。そしてメモには大きく”あいつ”の名前が書かれている。
「ええと、お茶は……これか」
冷蔵庫からお茶のボトルを取り出し自分のコップにつぐとボトルを戻し冷蔵庫を閉めた。
今日の姉貴の夕食も本当に美味しかった、こんなご飯を食べられる将来の旦那は幸せ者である。
もっとも、姉貴に釣り合うような男は――
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