第2話 女主人
璃寛が威圧感に押し倒されそうになる中、敦久は深く頷いた。なぜか断るという選択肢はないように思えたからだ。
女房は「それでは北の方へお連れします」とだけ言って、案内した。その不愛想な態度に、普段の敦久なら機嫌を悪くしただろうが、庭や調度の美しさに目を奪われていた。
それほど人の手が行き届いている広い屋敷だった。果たして主はどのような人だろうか。
二人の疑問に答えるように、女房の足はようやく止まった。
「こちらの部屋です」
通された部屋には几帳や御簾が一切なく、主人であろう女の美貌が晒されていた。
ぬばたまを彷彿させる艶やかな黒髪は、扇のように広がりを見せている。透き通る肌や、朱を入れた唇に思わず見惚れそうになるものの、一ヶ所だけ人と大きく違うところがあった。それは、額から二本映えている角だった。丸みを帯びて恐怖はあまり感じないとは言え、見慣れないものに固まってしまう。
無言のままの二人に、女は口角を上げた。微笑ではなく、にやりと笑ったのだ。
「威勢のいい若者でも、刀を抜いて威嚇しようとは思わぬようだな」
よく通る声を聞いて、敦久の肩の力は少しだけ抜けた。
「……刀? これが飾りであるとは思われなかったのですか?」
「分かっていながら質問をするのか? わらわは見ておったぞ。そなたが詐欺師達に向けて刀を抜いたところを」
女はふぅと息を吐いた。
「鬼と認識されるのはつらいことじゃ。わらわは粗暴でも勇ましくもなければ人も食わぬ」
人も食わぬと言い切られれば、信じようか判断に迷うところだ。
「わらわは
「はい」
花鬘は座るよう促すと、脇息に置かれていたものを手に取った。その柄には五色の紐が結ばれ、おとぎ話に登場する打ち出の小槌そのものだった。
敦久が凝視する様子を、花鬘は可笑しそうに見やる。
「これが気になるのか?」
「はい」
本物なのか否かとても気になる。
そんな思いを読み取ったのか、花鬘は提案をした。
「鈴の音の助けをしたのは、そなたの心意気に感心したからじゃ。わらわは長いこと、そなたのような勇ましい若者を見たことがない。興味があるものを見せてくれた礼として、願いを一つ叶えてやろう」
敦久はじっと花鬘の表情を見た。
「記憶力をよくさせる薬というものは、叶えられますか?」
花鬘は瞬きした。
「もちろん叶えられるぞ。じゃが……なぜそのようなものを?」
まだ若い敦久に、物忘れをなくす薬は必要ないだろう。
遠い目をして敦久は答えた。
「それは……おばあさまのために」
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