助言5:デートの服装は清潔なイメージを重視しなさい
結婚行進曲の着信音が響く。
「その音、何とかならないの?あまりにもプライベートな空間と不釣り合いだから」
リコの苦言に僕はムッとした顔を彼女に見せながらも、僕はメールアプリをタップする。やはり、桃ちゃんから返信が来たのだ。
「うわあ、どうしよう、彼女からだ……」
僕は思わず、緊張を言葉にしてしまう。
「アンタが送ったんだから、責任持って返信をちゃんと見るのね」
ここでリコがまた余計なプレッシャーをかけたので、ムッとした顔を見せてしまった。リコがまたも万力拳をちらつかせたので、僕は思わず頭を守る。
「ごめんなさい、うるさい女とか思ってごめんなさい」
「早く見なさいよ」
僕はリコに促されるがまま、メールを開いた。
「明日、デートについて話しましょ💛 よく話し込めるように、昼休みにB組の教室に来てね☆☆☆」
これが桃ちゃんの返信である。絵文字が眩しくて、僕は思わず目を離しながら画面に注目する。
「うわあ、すげえ。女子って、こんなにキラキラしたメールを送ってくるんだ」
「絵文字にうろたえるって、アンタ、やっぱ本当に生まれてから今まで女子と付き合ったことないんだ」
リコがサバサバした様子で語った。
「これから女子のこと学ぶんだったら、もっと女子たちの生態を学ぶことね」
「それどういう意味だよ?」
「女子たちのなかで流行っているワードとか、女子たちが注目しているアイテムとか、食べ物とか」
「ちょっと待って、別に僕、女の子になりたいわけじゃないよ」
「大袈裟な。女の子の生態を勉強しなさいと言っているの。例えば、『あざまる水産』って知ってる?」
「あ~、何かクラスメートがよく言ってるよ」
「それじゃあ、『カクモ』は?」
あまりにも謎過ぎるワードに、僕は目が点になった。
「『カクモ』?そんなこと言ってた人いたっけ?」
「あ~あ、やっぱりアンタ、女子に鈍いわけだわ。『カクモ』っていうのは、『覚醒モード』の略、つまり、本気を出すモードの意味よ」
「いやいや、それはマジで聞いたことないから。お前が今作ったんだろ?」
「くだらないいちゃもんはよしてよね。アンタが『ボージン』なだけよ」
「『ボージン』?」
「『ボーっと生きている人』という意味で、『ボージン』」
「それもお前が勝手に作ったんだろ。ウチの学校じゃ全然聞きませんけど?」
「アンタの流行に対する感度が鈍いだけじゃないの」
「いやいや、お前の感性がシュールなだけだろ」
「とにかく、桃ちゃんからの返信、どうなってるの?」
「ああ、そうだ。明日、昼休みに会おうって。デートについて話すから」
「へえ、スマホを持つおててが随分震えちゃってるね」
仕方ない。僕には今、デートへの道が、あたかも処刑台への道に思えて来ちゃってるのだから。
「いい? このデートで、非モテ男子としてのアンタは死ぬ」
どういう意味でもゴーストに何のためらいもなく『死ぬ』なんてワードを使われたら、引いてしまう。
「でも、それはあなたが生まれ変わることを意味する。そのチャンスにめぐり逢えることに、胸を張ること。それが今、あなたにとって大切なこと。分かった?」
僕は必死で小刻みに頷いた。
次の日。
僕は焼きそばパンを入れた袋を片手に、B組の教室の前に立っていた。目の前の重圧が、「立ち去れ、立ち去れ」と何度も呟いているように感じ、僕は思わずA組へ戻ろうとした。
「アイタタタタタッ!」
突然、僕は耳を引っ張られた。振り返ると、リコがガチで僕の耳を掴んでいた。リコは空いている手に息を吐きかけ、わざわざ耳を掴める理由を示した。
「分かりました、行きます」
リコがニヤッとしながら僕を開放した。
「ガンバッチ~」
数秒前まで体罰的な手段を用いた亡霊とは思えないほどシュールなエールを送られながら、僕はB組へ足を踏み入れた。
中では桃ちゃんが、ピンク色のちょっとこじんまりとしたサイズの弁当を食べながら、他の女子と話している。僕は自分の胸を叩いて奮い立たせると、そこへ近寄った。
「あの、桃ちゃん」
「平太くん」
「えっ、桃ちゃんがデートする男子って、この人?」
「そうだよ。あっ、平太くん、こちらは私のクラスメートのアリカです」
「アリカです、よろしく」
「は、はい」
「じゃあ、私は席を外すわね」
アリカは焼きそばパンを包んでいたラップを直し、ブレザーから取り出した袋に戻してその場を離れる。
「さあ、どうぞ」
桃ちゃんが指し示したのは、アリカが立ち去った後のイス。どうやら彼女のものではないが、女子の温もりが残っているのは事実だ。僕はためらいながら、ゆっくりと、そこに尻をつけた。僕は別にアリカの何でもない。そう分かっていても、女子の温もりを味わうことで、僕の顔の内側もちょっと温かく感じた。
「そんなドキドキしなくていいのよ。はい、肩を回して」
桃ちゃんが実際に手本を見せる。僕は彼女に操られるように、肩を回した。こうすれば、少しばかりは肩の重荷は取れる。僕は袋から焼きそばパンを取り出した。
「あっ、アリカが食べてたのと一緒」
「そうなんだ」
僕はニコッとしながらね購買用の袋をポケットに詰め込む。
「じゃあ、いただきます」
僕は律儀に食前の挨拶をしながら、焼きそばパンのラップを慎重に剥(む)いて、一口目をかじる。
「デートをお願いするメール、送ったよね?」
桃ちゃんが単刀直入に切り出したのを見て、僕は思わず彼女の目を直視したのちに、すぐにちょっと逸らした。彼女の目の奥から放たれる輝きは何でこんなに神々しくて、眩しいんだ? まるで洞窟の奥に眠る秘宝みたいな光を放っているように感じる。
「一緒にどこか行きたいなら、行ってあげるわよ?」
二言目で承諾の意志を見せた桃ちゃんの目を、僕は思わず直視し、また逸らした。目の奥のオーラが強烈だ。そのオーラが引き込むのは、地獄か天国か、はたまた天国よりも幸せな場所か。天国よりも幸せな場所としたら、僕なんかが、そんなところに連れて行ってもらっていいのか。
「どうしたの?」
桃ちゃんの心配する声に、また目を直視しそうになる。しかし今度は自分なりにコントロールして、彼女の目元から斜め下0.5mmぐらいで僕の視線の方向はとどまった。
「何でもないよ。デートって言うか、週末一緒にどこかへお出かけできたらいいなと思ったんだよ。で、場所が」
「ターム・ワン? いいわよ」
場所もあっさりと受け入れてくれた。ここはリコのアドバイスが役に立ったと言える。
「そう、そう、ターム・ワンなら、楽しいところがいっぱいあるし」
「まず、ターム・ワンのどこにする?」
「ああ、どこにしようかな? カラオケでもする?」
「それもいいけど、ウォーターポリンもいいな」
「あっ、ウォーターベッドみたいに、水が入ったエアーポリンでしょ? それこそ楽しそう」
「本当?」
「それと、ゲームセンターのUFOキャッチャーとかどう? あそこで欲しいぬいぐるみがあるの」
「付き合ってあげる」
「それってどういう意味?」
桃ちゃんが素朴な感じで放った疑問に、僕は困惑した。その一秒後、まさかと思った。
「彼氏と彼女として?」
桃ちゃんが軽く身を乗り出しながら、僕の様子をうかがっている。どうやら、勘違いさせた? いや、この会話の流れで、「付き合う」って言ったら、もうそういう関係を意識されるってことなの?僕には分からないよ。
「ああ、あの、どうかな~」
僕はゆっくりと言葉をつむぎ出しながら、誤魔化した。
「UFOキャッチャーには、付き合ってあげるよ」
「そうなんだ」
桃ちゃんは無邪気に笑った。何とか一つのヤマは越えた。僕も一安心して、また焼きそばパンをかじる。そう言えば、今のでまだ二口目だったっけ? たった一本の焼きそばパン、果たして昼休みまでに食べ終われるかな?
「明日、どうしようかな~」
僕が帰り道にこう呟いたのは、明日の桃ちゃんとのデートでありそうなあれやこれやの場面を想像しまくっていたからだ。
「お~い」
通り過ぎようとした路地から、リコの伸びやかな声が響いてきた。僕が振り向くと、彼女は仁王立ちで、宙に浮いていた。リコは、「こっちに来い」とばかりに、指一本で僕を招くサインを示す。僕は黙ってそれについて行く。
「報告タ~イム」
リコは高らかに宣言した。
「で、デートプランは決まったの?」
リコはまるで自分の楽しみかのように食い入ってくる。
「決まったよ」
「教えて、教えて」
お前とデートするわけじゃないのにと煩わしく思いながら、僕は無言でリコから一歩離れた。
「場所はターム・ワン」
「ほおほお、ターム・ワンで何するの?」
「カラオケ行ったり、ウォーターポリンで跳んだり、あとUFOキャッチャーにも行くよ。何か、桃ちゃんが今欲しいぬいぐるみがあるらしくて」
「私だったら、拳にハーッとして、機械の中に忍び込んで」
「やめろ、オバケでも泥棒は裁かれるんじゃないのか?」
「私の国の警察は、こんなところには来れないから大丈夫と思うけど」
「でも、国に帰った時に持ち込んだら、どうやって手に入れたか聞かれないか?」
「いやいや、大してそこまで根堀り葉掘り問われるわけじゃないからいいっしょ」
何かよくわからないけど、リコはこのままいけば、近々オバケの国で逮捕されそうな気配がする。
「あっ、ちょっと待った。話を逸らすんじゃない。他に何するの?」
リコが僕の眼前に人差し指を立てながら問い詰めた。
「決まっているのは大体それぐらい?」
「はあ~? それぐらい~?」
リコは声のトーンを軽く落とし、不機嫌を露わにした。て言うか、人のデートプランにそこまで噛みつく人が、ていうかオバケがいるか?
「いいじゃん、僕のことなんだから」
「良くないわよ。アドバイザー権限で聞かせて頂戴。ターム・ワンのどこかで、イチャイチャしたりしないの?」
「何でお前にそんな質問に答えなきゃいけないの?」
「ほら、カラオケボックスだったら、ほぼ密室じゃん。そりゃ、イチャイチャしてるときに注文の料理を届ける店員さんが現れたら、気まずくなるけど、所詮たった一人の名もなき赤の他人だし」
「一応、店員さんに名前はあると思うんだけど。それより何でお前が僕と桃ちゃんがイチャイチャするタイミングをそこまでして知りたがるんだよ」
「ゴーストアドバイザーとして、アンタの成長を見届けてやりたいだけ。ゆくゆくは、わほら、童貞卒業の決定的瞬間も」
「そこまでリアルに見なくてよろしい」
僕はリコを咎めた後、まさかの事態を悟った。
「ちょっと待て、もしかしてお前、僕が童貞を卒業する瞬間までここに居続ける気か? 契約では、彼女ゲットまでのはずなのに」
「何よ、さっきのは冗談。あくまでもアンタの言うとおり、桃と結ばれたら、その地点でさっさとオバケの国に帰るわよ。でも一応、アンタの住所覚えちゃったからね~」
やっぱりこの女子ゴースト、将来的に何かにつけて復帰する気満々だ。そんなことで不安になっている僕の気も知らないで、アイツはよく呑気に口笛なんかが吹けるな。
「まあいいや。とりあえず明日頑張ってね。私、ちょっと今日は用があるから、帰りが遅くなると思う。風呂にも勝手に入っていていいから。付き合えなかったらごめんね~」
一方的に用件をまくし立てながら、リコは学校の方へ飛び立ってしまった。良く言えば自由気まま、悪く言えば人の迷惑も顧みない、空飛ぶアドバイザーに辟易しながら、僕は再び帰路をたどり始めた。
「これでいいかな?」
僕はニッコリしながら、リコに服を確かめてもらっていた。正確には、この時はデート当日、場所は玄関。リコは出口の扉の前で両手を広げ、またも黒い結界を生み出し、全力で僕を阻んでいた。
「クソダサイ、だからダメ」
たった二言で僕のファッションは切り捨てられてしまった。僕の白いTシャツに青いチェックのシャツを被せ、チノパンを合わせたコーディネートはリコのお気に召さなかったようだ。
「部屋へ戻れ」
「え~、早く行かないと」
「大丈夫よ、約束の十一時まで、一回ぐらい着替える暇はある。そうやって駄々をこねている方がよっぽど時間の無駄だと思うけど?」
僕は渋々部屋へ戻ることにした。
「いい? 折角のデートなんだから、服装は清潔感に満ちたものじゃないと」
「清潔感? おしゃれじゃないの?」
「相手は普通の女子高生であり、セレブの大人ではない。『一応、センター女子なんですけど』とかいう補足はいらないから」
「別にそうやってツッコもうとは思ってないから」
「とにかく! アンタのその服装はオタクの極み! 神聖なデートに臨むには誠にみすぼらしい格好という他ない!」
「じゃあ、何だったらいいんだよ?」
「そうね。清潔感のある格好かな?」
「清潔感? 普通、おしゃれな感じを意識すると思うけど?」
「その格好でおしゃれする気あるようには見えないけど?」
隙あらば言葉でチクりと刺してくるリコに、僕はまたちょっと不愉快になった。
「こんな時は、『おしゃれしなきゃ』と思って、男子はジレとか、多数のアクセサリーとか、大人っぽくネクタイ締めてみたりとかしてるけど、そういうのは男子がおしゃれをひけらかし過ぎて逆に女子が引いちゃうパターンになるかもしれないからね。デートが上手くいくには、待ち合わせ現場に着いた男子のファーストインプレッションが大事。それには見た目から清潔感を漂わせることよ」
「なるほど、清潔感のあるファッションか」
リコの意外と奥深い解説に、僕は思わず引き込まれた。
「それで、僕の場合はどうすればいいんだ?」
「そうね……」
リコは両手に息を吐きかけると、クローゼットを全開にする。
その結果、白とネイビーのボーダーシャツに、黒のカーディガンを合わせ、グレーのズボンを合わせたコーディネートに決まった。
「これでクソマジメガネのアンタでも清々しく見えるわね」
前置きにイラッとしたけど、とりあえず褒めてもらえたことを受け止める。
「桃ちゃんは多分、ピンク系の服を着てくるだろうから、アンタの大人しい配色とのコントラストにもなるだろうし」
「名前が桃ちゃんだからって、本当にそうするとは限らないと思うけど」
「まあ、それならそれでいいか。じゃあ、行くわよ」
「お母さん、それじゃあ行って来ま~す」
「気をつけてね~」
リビングからの母の見送りの言葉を受け、僕は玄関の靴を履く。
「それ母のサンダルじゃない?」
確かにそうだった。桃ちゃんとのデートが間近に迫っていることで、僕は浮き足立っている。落ち着かねば……。
「これが僕の靴……」
そう呟きながら確かめたのは、学校にも履いていく黒いスニーカーだった。
「それじゃあ、レッツゴー」
リコの掛け声とともに、僕は扉を開け、外へ繰り出した。マンションの階段を降り、道へと進み出す。しかし、すぐに立ち止まってしまう。
「ちゃんと、桃ちゃんとデートできるかな」
「そんなに堅くなってたら楽しめないわよ。ハーッ」
「パシーン」
リコの平手が、僕の背中にズシンと響く。背中の一部分が、手の形を刻まれたように温かくなった。
「さあ行け、十文字平太!」
文字通りゴーストに背中を押される形で、僕は歩き出した。
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