助言4: デートの場所は自分よりも、お互いが楽しめるところを選びなさい
リコは、凍てついた目を尖らせ、僕の心を恐怖で凍らせんばかりに睨んでいた。
場所は、校門を出てから約五十メートルした、路地の入口。そこで待ち伏せていたリコが、僕を「おい!」と、おおよそ女子とは思えないほどの低温ボイスで呼び止め、今こうなっている。
「あの、連絡先、交換したんだけど」
「良かったね」
一応、そこはちゃんと褒めてくれるんだ。
「で、何あれ?」
しかし、リコはすかさず謎めいた疑問文を投げてきた。
「何のこと?」
「とぼけんじゃねーよ」
相変わらず静かに殺しにかかるような声で、オバケが威圧してきた。
「何、桃ちゃん相手にスマホの赤外線通信する、しないぐらいで腰抜かしちゃってんの。何、彼女の指紋が自分のスマホについたぐらいでのぼせ上がってんの。このクソマジ童貞メガネ、略してKMDM」
「童貞とか、こんな公共の場で言うなよ」
「うるさい、あの程度女子との距離が縮まっただけで、何でフラフラと倒れてんの。何でスマホ受け取るのためらってんの。そんなんでビビッてたら、デートの時どうする? 待ち合わせ場所で、貧血か何かで倒れて救急車ですか? よくいるよね、しょうもない理由で大袈裟に騒いで119番する人。ホントくだらない。アンタたちのせいで本当に病気とかケガとかしちゃった奴の手当が遅れたりでもしたらどうする気よ」
「大丈夫だよ、僕は少なくとも、貧血ごときで救急車なんて呼ばないし」
「分からないじゃん、そんなの。童貞はいざ本物の女子が近づいてきただけで、ビビリ倒すのが定番みたいなところあるからね」
「おい、偏見やめろ」
「留年した人に対して偏見ダダ漏れしてた男がよく言うわ」
「それとこれとは話が別」
「違わない」
「違う」
「違わない」
「違う」
「あっそう、じゃあ」
リコは自分の拳に息を吐きかけると、いきなり僕の顔面に拳を打ち込まんとした。僕は咄嗟に顔面の前で腕をクロスして防御する。
「ボディーがお留守だぜ」
リコはそう言いながら、僕の腹に拳をめり込ませた。顔面への一発はフェイントだった。さらに、彼女の腕は今、僕の腹にめり込み、拳が背中から突き抜けている。そしてこの一撃は、僕の体に、リアルな衝撃を与えた。マジで丸太か何かが腹を貫通し、骨を砕き、腸がよじれたかと思うような苦痛が走り、息がまともにできなくなった。
リコが拳を引き抜くと、僕はすぐさまその場に崩れ落ちた。動けない。マジで腹の中で究極の苦痛という魔物が暴れまわっているせいで、息が苦しくて、動けない。僕はやっとこさと体の向きを学校から続く一本道の方へ向け、通り過ぎていく他の生徒たちに手を伸ばす。その時には、実際に五、六人の生徒たちが、僕の前に立ち、心配そうに見つめていた。
「どうしたんですか?」
桃ちゃんが彼らに尋ねた。
「この人が、苦しそうにしているんです」
桃ちゃんがすぐさま、僕の方を見る。
「平太くん、大丈夫!?」
桃ちゃんが動転した様子で僕のもとへ駆け寄る。彼女との距離が予告なしに急接近する緊張感が、僕の腹の痛みに拍車をかけた気がする。
「どうしたの?」
と言いながら、桃ちゃんが僕の肩に触れる。すみません、いよいよ気を失っていいですか?
「気失おうっての? そうはさせないわよ」
リコの物騒な声が背後に聞こえたかと思うと、今度はアイツに全力で頭を締め付けられた。
「ぐああああああああああっ!」
頭蓋骨が砕けそうという、阿修羅のいたずらのような鈍痛が襲いかかる。二ヶ所同時に苦痛の魔物から襲撃を受け、僕はその場でのたうち回るしかなかった。
「大変、救急車!」
その瞬間、僕の頭を締め付ける魔物が、一瞬にして飛び去った。万力拳からは解放されたのだ。相変わらず腹も抉れるほど痛いままだが、これでもちょっとずつは引き始めているのが分かった。桃ちゃんが、取り出したスマホを「1、1、」と言いながら操作しているところだった。
「ちょっと待って!」
桃ちゃんが困惑した様子でこちらを向いた。
「痛いの、飛んでったみたい」
僕は体内に残る苦しみをこらえながら話した。
「本当に大丈夫?無理しない方がいいんじゃない?」
「うん、何か最近、リコが僕に色々悪さするみたいなんだ」
「リコ?」
「僕に憑いちゃったオバケっていうのかな。僕、何か悪いことしたのかな?」
とおどけ笑いをしてみせる僕。立ち上がって、ラジオ体操の深呼吸のアクションで無事をアピールした。
「何だコイツ」
「オバケに憑かれた?バッカみたい」
「ただの中二病じゃん」
「それも大分重症じゃねえか」
集まっていた生徒たちが、次々に憎まれ口を叩きながら、ハケていった。
「オバケに憑かれているの?」
桃ちゃんがキョトンと不可思議なものを見るような目で僕を見つめた。
「何かよく分からないけど、そうみたい。だから、中二病なんかじゃないよ。心配しないで」
「何言ってるの。オバケって、時々すごい悪さをすることもあるのよ」
それに関しては言えてる。でも、僕はそれを表情におくびにも出さない。
「別に大丈夫だって。殺されるわけじゃないんだし」
「じゃあ、さっきのは何?お腹が痛いとか、頭が痛いとか言ってたじゃない」
「まだちょっとだけ残っているけど、もう段々マシになってきているから。ピークは過ぎたから。じゃあ、何かあったらメールするから」
僕が立ち去ろうとすると、桃ちゃんがいきなり僕の手を掴んで引き留めた。桃ちゃんが僕の手を掴んでいる。どうしよう。オバケに憑かれるのとは別の意味でテンパっている。でもだからと言ってここで力づくで振り払ったら、桃ちゃんを嫌っているみたい。自分の気持ちにウソをつくようなマネは物の弾みでもしたくない。
「桃ちゃん、どうしたの?」
「私がおまじないしてあげる。とっておきのものがあるから」
桃ちゃんが清々しく微笑みながらそう語りかけてきた。彼女は僕の手の甲の上に、輪っかの形を作った手を縦に乗せた。穴の中に優しく息を吹き込む。吐息は生暖かい。まるで桃ちゃんの優しさを象徴しているようだ。僕の顔の内側もなんか暖かくなった。また倒れてしまいそうな体を、僕は気張ってこらえる。
「どうしたの? 肩の力を抜いてごらん」
僕は言われた通りに、ゆっくりと肩の強張りを解いていく。桃ちゃんは、手のひらを輪っかでそっとこね回し始めた。
「お前のあるべき場所はそこではない。立ち去れ~!」
桃ちゃんはシリアスな顔で、僕の手の甲に向かって叫んだ。僕は驚かされながらも、自分の手の甲に注目し続けた。
「立ち去れ~!」
桃ちゃんは再びそう叫んだ後、大きく息を吸い込み、輪っかの穴に、先ほどよりも明らかに強く息を吹きかけた。数秒ほどの沈黙。
「これで終わり」
僕は手の甲を確かめた。見た目には特に変化がない。
「これであなたに憑いたオバケは消えたわよ」
桃ちゃんがミカエルのような笑顔でちょっと顔を傾けた。僕は彼女の可愛さに甘えるように、大きく頷いた。リコは僕にニヤリとしながら小さく手を振り、健在をアピールしていたが、ここは気にしないことにした。
「あ~、どうしよう」
「何よ。いい関係になっているからいいじゃない」
「そういう問題じゃない。遂に桃ちゃんにオバケに憑かれていることが伝わった」
「本当はちゃんと伝わってないのかもしれないよ。ほら、アンタのこと、中二病と思ってる人だっていたでしょ」
リコは呑気な調子を崩さない。
「中二病に見られることさえイヤなの。そんな病にかかったら余計モテなくなるだろうが」
「中二病だって恋する人はいるよ? 一緒にアンドロメダ国制圧を目指したりしてね」
「僕はどこの国も制圧する気ないから! 普通の一人の男子として、恋がしたいの!」
僕は意地になってリコにまくし立てた。
「それとさ」
と前置きし、僕は腹を軽く押さえる。
「どうした? トイレ行けば?」
「そうじゃないよ! お前のあの時のボディブロー、マジで死ぬ5秒前ぐらいに痛かったんだぞ!」
「へえ、そう?」
リコは相変わらずの呑気な態度だ。全く事の重大さが分かっていない。
「状況分かってるのかよ! 前にお前が僕にボディブローした時は全然痛くなかったのに。何で今日に限っては途轍もないの四乗ぐらいの激痛が走ったんだよ!」
「ああ、それ多分、私の方がおまじない的なものを自分のココに込めちゃったからかな?」
と言いながら、リコは、僕の腹を殴った拳に息を吐きかけた。
「まさか!」
僕は焦って腹をガードする。
「何?理由もなく殴るような奇人じゃないから」
「僕の親に中指立てている地点で充分奇人だと思うけど。て言うか君、人じゃなくてオバケだよね?」
「チクチクうるさい。マジでやっていい?」
リコが冷徹に拳を構える。
「すみません。もうやめてください」
「まあ、ゴーストにも色々な技とかスキルがあるんだけど、私の得意技の一つは、拳に息を吐きかけたら、一定時間、その手を使った動作が、現世に伝わることかな」
「えっ?」
僕は説明の内容が今ひとつ掴み切れなかった。
「例えばよ」
リコは拳に再び息を吐きかけると、僕のベッドからいきなり枕を引っこ抜き、床へ放り投げた。僕は思わず戦慄した。ゴーストが遂に、物に触れた。
「すげえ、マジかよ」
「マジよ」
リコは次に、僕の勉強机にあった小さな本棚からライトノベルを取り出す。タイトルは『僕とハーレム内閣』だ。
「何これ?」
リコが僕にそのライトノベルを見せながら問う。僕は引きまくりながら、震える指を本に向ける。
「ライトノベルだよ。要するに若者向けで、アニメチックな挿絵のある小説ってところかな」
「そうじゃなくてお話の内容を聞いてるのよ」
「ああ、そういう意味? そこの『内閣』っていうのは生徒会って意味で、主人公のケイゴが生徒会の書記になったら、そこはなぜか生徒会長も含めて自分みんな女子で、みんなぶっ飛んだキャラだったり、ワケアリな人生だったりして、ケイゴは各女子たちから基本的にパシられる感じで……」
とまで言ったところで、リコの手から本が落ちた。
「もう、アンタの説明がグダグダだから落ちちゃった」
リコは文句を言いながら再び本を拾い上げようとするが、できない。仕方なく今度は両方の拳を揃え、同時に息を吐きかけ、床の上で横になりながら試し読みをする。
「ほお、なるほど、そうね」
パラパラとページをめくりながらリコが呟く。
「ベタベタなハーレムラブコメね。おまけに風で女子のスカートがめくれてパンチラする挿絵もあったし」
そのとき、リコがベッドに飛びつき、その上で崩れた正座をした。
「ひとつ疑問を聞いていい? 純文学と違って、ライトノベルって何でこんなにハーレム系が多いんだろうね?」
リコの思いがけない言葉に、僕はリアクションに困り、思わず何もない周りをキョロキョロ見回した。
「確かに僕も、本屋に行ってライトノベルのコーナー見た時、裏表紙のあらすじをチェックしてみたら、ことごとく美少女が描かれていたな」
「だからその理由聞いてんの」
「出版の仕事したことないから分からないけど、何か、男のロマンを叶えるためだと思う。ほら、全国のモテない男の儚い願望といえば、ハーレムみたいな」
僕は話しているうちに気分が乗ってきた。
「でもさ、生徒会のメンバーが、書記の一人以外全員女子って、そんな話って現実にあるワケ?」
「な、何が言いたいんだよ?」
僕はリコの意図を掴みかねる。
「ライトノベルの中ではとりあえず主人公は男で、ハーレムを味あわなければいけないんですかってことよ」
オバケのリコがぶつけてきたのは、ライトノベルに関する素朴な疑問だ。しかし、そんなことを今まで疑わず、活字で描かれるハーレムを、モテない人生から逃れるための束の間のパラダイスとして楽しんでいた僕にとっては、実に答えづらい質問だった。
「別に、ハーレムはライトノベルのルールだなんて思ってないよ」
「じゃあ、女が主人公で、周りが男ばっかりの逆ハーレムのライトノベルは何でないの?」
僕は目を見開いて愕然とした。確かにそうだとは思ってたけど、出版社のお偉いさんでもなければ、マーケティングに詳しいわけでもない僕に対し、そんなことで何故と聞いても、分かりっこないよ。
「どうしてかな? もしかしたら、ライトノベルって、男向けのレーベルが多いからじゃないかな? ほら、『ハーレム内閣』を出版しているオーバーカム文庫だって、20代の男性向けだし。やっぱりほら、仕事や勉強で忙しい男たちの癒やしのもとは、可愛い女子たちに囲まれてキャッキャッしていることだよ。でも現実にはそんなこと無理だし。だから二次元とか、三次元とかでハーレム状態になっている男子に、自分自身を投影する。その役割が、『ハーレム内閣』的なライトノベルだと思うんだ」
「そんな浅はかな男の考えなら、私は乗らないし、ハーレムにも参加しない。むしろ『ハーレム内閣』の世界に入り込んで、メチャメチャにしていいかな?」
リコが床に残った『ハーレム内閣』をにらみながら吐き捨てた。
「どうしたの? ライトノベルってあくまでフィクションだよ? そんな本気に受け取ることでも」
リコが突然、僕の眼前に指先を突きつけたので、僕は一瞬にして緊迫状態となった。
「自分で言ってたよね? 男の癒やしのもとは、可愛い女子たちに囲まれてキャッキャッしていること。つまりハーレム状態の男に自分自身を投影するって。そんなただの現実逃避する暇があるなら、恋する時間作って、恋する努力作れっつうの」
メッタ斬りとばかりに言葉を並べるリコに、僕は辟易した。
「アンタだけでも、本物の恋を手に入れてもらわないとね。それもセンター女子の桃ちゃんと。と言うわけで、次の指令行っていい?」
「何だよ?」
僕はムチャブリを恐れて、軽く後ろに体をのけぞらせながら身構えた。
「デート」
「えっ?」
唐突な三文字の意味に、僕は戸惑った。
「桃ちゃんとデートよ。デートwith桃ちゃん」
それを聞いた僕は、恐れのあまり、ベッドの角に後ずさりした。
「ちょっと待ってくれよ。もうデート? 連絡先交換したんだから、二週間ぐらい様子見てもいいじゃん」
「次の週末にやれ。やらないなら」
リコは二つの拳をちらつかせる。僕はとっさに頭を押さえ、ベッドにうずくまった。
「まだ何もしてないでしょ」
「いや、やる気に見えたから」
「それが嫌ならデートすることね」
「何でオバケに脅されてデートしなきゃいけないんだよ」
「桃ちゃんのこと好きなんでしょ?」
「好きだけど。あくまでも桃ちゃんにアプローチしているのは、リコのためじゃないんだよ?」
「それぐらい分かってるわよ。でも私が何故、今、ここでデートという行為を推すのか、アンタに分かる?」
僕は答えられず、リコから目を逸らした。
「それはね、思い立ったらすぐ行動すべきだからよ!」
リコは自由の女神よろしく、右手を天井へ突き上げながら、高らかに語った。
「それは分かるけど、まだ、僕、桃ちゃんとそこまでできる自信ないし」
「ここで引いたら、アンタも、ライトノベルの主人公に甘える童貞男子と同じのまま、朽ち果てることになるのよ!それでもいいの?」
「それも、イヤだけど。て言うか童貞男子に対する強めの偏見やめてくれない?」
「留年した人に偏見ダダ漏れしたアンタは何なのよ?」
「それは本当にすまなかった! 何度でも言う! 絶対に心にも思わないから許して!」
「だったら、すぐに行動すること。モジモジしていていたずらに時間だけが過ぎていき、気がついたら二年生、気がついたら三年生、気がついたら卒業式! とうとうあなたは、桃ちゃんに告白することのないまま、彼女の後姿を無言で見送り、舞い散る桜の花びらさえ悲しく感じて、一生分の涙を流すハメになる! そこから先は、桃ちゃんへの未練に脳と心全体を支配され、死んだ目をした男として無気力かつ怠惰な一生を送るのみ! それでもいいの?」
「だから、イヤだって」
「どんな問題も時間をかけずに解決することが大事! これは時間との戦い! それはすでに始まっているのよ!」
リコの物凄い勢いに、僕は部屋の壁を突き破ってでもさらに後ずさりしたい感じになった。現にリコの体勢は、顔はしっかりと僕の正面をとらえながら、体はまるでダーツの矢のようにピンと伸びきっていた。もはやダーツ盤にダーツが刺さる0.1秒ぐらい前のような状態だった。
「じゃあ、デートする? デートの約束する?」
この要求を承諾しなければいけないという重圧と、あと一歩勇気を出せないもどかしさに、僕は頭を抱えてもだえた。
「そうやって辛いフリして時間稼ぎしたって無駄よ~」
リコは両手の拳を揃えて、息を吐きかけた。しかも今度は三度。それだけやれば、さっきよりも物体に触れられる時間は長くなりそうだ。ボディブローを食らおうものなら、あれよりも恐ろしい激痛が待っている!?
「ちょっと待て、またバイオレンス的な力を借りて、僕にイエスと言わせる気?」
「いや、アンタからスマホを取り上げて、アンタの代わりに桃ちゃんにデート申し込みメールを送る」
「ダメダメダメ! 自分でやるから!」
僕は慌ててスマホを取り、亀のような体勢で全力プロテクトした。
「じゃあやる?」
「やります」
と言って、スマホの画面と向き合った。この時スマホはしっかりと立て、リコからは見えないようにする。実際は、スマホのネットメニューにアクセスし、トップニュースを眺めながら、適当に画面に指をタップしまくっていた。そのとき、リコが僕の部屋の出口へと飛んで行く。
「ちゃんとやるまでここから出さないわよ」
リコはこちらを向いたまま、手のひらを後ろ側にかざした。扉とリコの間に黒い壁が出現する。しかも所々に、紫色のプラズマが走っている。無理矢理突破するには命の危険さえ感じられた。
「アンタ、本当はネットニュース見てるんでしょ? お見通しなのよ」
しまった、見抜かれた。図星だ。こんな時に限って、画面が示すのはチューリップ47のメンバー、石川……
「チューリップ47メンバーの石川明梨が妊娠しちゃったっていう記事見てるでしょ?」
「何で分かるんだよ?」
「私、あくまでもゴーストであってメンタリストじゃないけど、アンタみたいな今時の童貞男子の考えていることは大体分かるのよ。あかりーぬについてはもうチューリップ47にはいられないと思うけど、プロデューサーの春山一志みたいな頭の切れる子を産んでくれたらいいよね」
と言いながら、リコはまるで水車のように回転しながら僕への視線を維持していた。もう誤魔化せないと思い、僕はさっさとあかりーぬの記事を消した。
「さあ、メールする? 桃ちゃんにメールする?」
リコがまるでイエスという答えに飢えたように笑いかける。そのスマイルに恐ろしさを感じた僕は、さっさと連絡帳を開き、手に入れたてホヤホヤの桃ちゃんのメールアドレスを送信先に指定した。
「タイトルは……『十文字平太です』。え~と、どんな言い方すればいいのかな?」
リコが力なく地べたに堕ちた。これがゴーストなりのズッコケ方か。
「ったく、デートを頼むメールもまともに打てないとは、アンタはどれだけ童貞力が高いの」
「女子力みたいに言わないでくれる? ムチャクチャ恥ずかしいから」
リコは不機嫌な顔のまま、再びベッドに飛びついた。
「同級生同士なんだから、普通に砕けた感じでいいのよ。これはビジネスメールとは違う。たかがデートメールなんだから」
「そうか」
僕は改めてメールを打ち始めた。
「聖護院桃ちゃんさん、元気にしてますか? 先日は連絡先を交換して頂いてありがとうございます。早速ですが、週末、一緒にどこかお出かけしませんか?」
「これでいいのかな?」
僕は桃ちゃんに文面を見せた。
「う~ん、悪くないんだけど、デートを頼むなら、自分から具体的な案を出さないと。ほら、デートの場所候補なんか、この世にいっぱいあるんだから。それを彼女に丸投げしたら、向こうが場所選びに困る。ほら、アンタにはアンタの好みがあって、桃ちゃんには桃ちゃんの好みがあるんだし」
「じゃあ、僕の方から、デートの場所を提案してみるの?」
「その通り。ほらやって」
僕は言われた通りに提案を追加した。
「例えば、民俗博物館はどうですか?」
「何それ、地味なのは顔だけにしてよね!」
リコが横から容赦なく突っ込む。
「何だよ、ちゃんと場所を提案したらしたで、こんな風に言われるの?」
「だって、デート場所に民俗博物館? デートの機会に歴史や文化のお勉強? 堅苦しいにも程があるわよ! そんなガリベンぶりをひけらかしちゃ、桃ちゃんがゲンナリするでしょ!」
「しょうがないじゃん、実際ガリ勉なんだし」
「口答えするならこうしていい?」
またも万力拳のポーズが現れ、僕は頭を抱えて身構えた。
「ごめんなさい、勘弁して、ちゃんとやるから」
「じゃあ場所選び直してよね」
僕は仕方なく、次の場所を桃ちゃんに提案し直すことにした。
「Peace Mindはどうですか?」
「それどこ?」
「三次元コスプレ喫茶」
即刻、万力拳が襲いかかった。意味が分からないまま、僕は頭の中で実体化したトラウマに絶叫する。
「センター女子を何つうところに連れて行こうとしてるのよ。今度はオタク趣味をひけらかすわけ? それで自分だけ、三次元コスプレ美少女の魔法にのぼせ上がろうっての? 桃ちゃんが余計ドン引きしちゃうじゃないの!」
「じゃあ、どこだったらいいんだよ」
「いちいち私に聞かない! 自分で調べなさい!」
「とうとうゴーストアドバイザーが職務放棄ですか!?」
「『自分で調べなさい』ってアドバイスしたの! スマホあるんでしょ! 早くしなさい!」
母親以上にガミガミ言う女だなあと思いながら、スマホの操作を再開すると、いきなり脳天とアゴに、同時に巨大ドリルをぶち込まれるような激痛が響いた。耐えながらリコの方を見ると、彼女は縦に二つの拳を合わせた状態でグリグリ回していた。
「万力拳・改よ」
「今、僕、何も口答えしてないでしょ」
「私のこと、ガミガミうるさい女とか考えてたんでしょ。アンタの心の声、はっきりと私の耳に流れ込んできたからね~」
「ごめんなさい、その心の声、撤回します!」
僕は一気に押し寄せた疲れを感じながら、自分の住んでいる地域周辺のおすすめデートスポットをまとめたサイトにアクセスした。
「平成記念公園……ここでピクニックもいいな。あっ、ヴィジョン・シティ。映画館だな」
「ほう、映画か。そこでハリウッド映画のラブコメとか見るのもいいんじゃない。デートで勉強するなら恋愛の仕方がちょうどいいんだし」
リコが皮肉交じりでニヤリと語る。
「確かに、それもいいかもな。じゃあ、映画館」
「ちょっと待って」
「今度は何?」
「私が映画館って言ったから、便乗して決めたように見えるけど?」
「ダメなの?」
「ダメ」
「何で?」
「ちゃんと自分の意志で決めなさい。人に流されるのは童貞の悪い癖です」
「童貞は関係ないだろ。て言うかお前が映画館と呟いたのと、僕がデート場所として映画館をいいなと思ったのが、たまたま同じタイミングだっただけだろ」
「いいえ違います。私が先に言ったから、アンタがこれ以上の取捨選択を面倒臭がったようにしか見えない。恋愛に関しても、人生そのものの選択に関しても、最後に決めるのは自分自身。誰かに流されるんじゃなくて、本当に自分にとって一番良い方法は何か、自分の中の自分と打ち合わせて、ズバリ答えを出す。それが決め方というものなの。ほら、映画館よりも他に良いものがないか、もうちょっと調べなさい」
「分かりましたよ」
僕は辟易しながら、スマホに指を滑らせ続けた。
「ターム・ワン。そうだ、ここだ。ボウリングとかカラオケとか。カラオケだったら、お互いに好きな曲を歌いあえるし。ここはボウリング以外にも、色んなゲームやレクリエーションのコーナーがある」
「運動音痴なんじゃないの?」
「これでも一応、50m走は8.7秒だけど」
「遅っ」
「10秒は切ってるからいいだろ」
「そんなの当たり前だから。中3の平均って7秒ぐらいよ?」
「そんなことぐらいいいじゃん」
「良くない。自分が運動音痴であることを認めなさい」
僕はイラつくあまり、ため息をついた。そしてまた、万力拳・改を受ける羽目になった。
何だかんだで、デート場所調べのために保存していたメールの最後の一文はこれになった。
「例えば、ターム・ワンとかどうですか?」
「これで送……」
タップ直前で、僕の指が止まる。
「ビビるな」
「信」
これでメールは桃ちゃんの方へ送られた。一度送られたメールは消せない事実を突き付けられ、僕は生唾を呑んだ。
「そんな焦らなくても、桃ちゃんならちゃんと返信送ってくれるんじゃないの~?」
いいよな、リコはいつもマイペースで。
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