第2話始まりの町

記憶をなくした後はじめてたどり着いた町で俺は四年ほど暮らした。


最初、所持金は、細々生きていけば二年は食いつなげる位もっていたが、縮こまって寂しく節約生活なんて生き方は真っ平ごめんだった。




せっかくこうして新しい人生がスタートしたのだから好きに生きよう!


記憶がないのはあまり気にする必要はない。


これからいっぱい思い出をつくればいい。






俺は記憶をなくしたが、周りを見渡せばもっと酷いことなんかそこら中で起きている。


街から大きくはずれれば強靭な魔物が沢山いて襲われる可能性もあるし、国の戦争に巻き込まれて命を落とすこともある。なんなら薄暗い路上で強面のお兄さんに目をつけられて特別な理由もなく殺される人だって大勢いる。






そう思えば、おれは運よく生きているわけだし、もしあそこで死んでいたかもしれないと考えればとてもラッキーな方だ。だから記憶を失なったということは本来はとても重要なことだけど、楽しく生きていくために重要じゃないこととしてとらえることにした。














さて、楽しく気ままに生きるには働かなければいけない。


どうせなら自分に向いている仕事をしようと色々な仕事をしてみた。


農家に漁師、商人エトセトラ……




色々やってみて最終的にはおれは剣を振っていた。


何故か?それはそれ以外壊滅的なまでに向いてなかったからだ。


農家で働けば、自分の好きな野菜しか作る気になれなくて、山菜草という苦みのある野菜をつくった。これは思い入れのあるやつで、村から逃げるてるときに腹が減っては適当に引き抜いて食べていた。最初は苦くて嫌になるんだが、慣れると苦みが癖になってとまなくなるのだ。


これなら売れると沢山つくったのだが、だれがそんなコアな野菜を大量に買うか!と商人にいわれ断念した。


ならばと、その商人に、おれが農家をやめさせられたのはお前のせいだから、責任をもってあんたの所で働かせてくれとお願いしてみると、商人の紹介で貴族御用達の服屋で働けることになった。








働いてみると、でっぷりとした店主がお前を一流の服屋になれるように教育してやると、服を並べてどこぞのデザイナーの最新の作品がこれで以前のとはここが違っていてとか教えられたが、どっちも全く同じにしかみえなかった。


だからお客さんが来た時に「あなたはこの服とこの服の違いがわかりますか?そう、私にはまったくわかりませぬ、ゆえに安い旧モデルを買えばいいのに、なにゆえあなたは高い方を買うのか」と問いただしたら店主につまみ出され、次の日にまた出勤したら水をぶっかけられた。












そんなかんじで何をやってもダメだったが、剣だけは上手くできた。


何故か剣を握ると手にしっかり馴染んだ感覚がしてどこにどう振ればいいかなんとなくわかった


だから毎日ただ剣を振ることだけを考えた。


それも好きでやっていたわけではないけど、他に出来ることもなかったし他の人達にいわせれば、どうやら俺には剣の才能があるとのこと。もしかすると、記憶を失う前は剣の達人だったのかもしれないな。




才能あるなんて言われたら俺だって浮かれてしまう。やっとみつけた仕事だ。


酔った勢いで酒場にいた美人の女に「俺って天才なんだぜ、なんの天才だとおもう?それはな・・・これだぁっ」とズボンをずりおろし神速の抜刀術をお見舞いするくらいには浮かれていた。


その後彼女がおれの真剣を横目に見て鼻で笑ったのは今でも忘れられない。














まあ才能があるならこれでいいやと、冒険者ギルドで登録して冒険者となった。


すぐに街の酒場で仲間をスカウトしてパーティーを組んだ。


パトとエルという二人の冒険者だ。




パトは悪ガキって感じで、いつも一緒に無茶をした悪友だ。


スラム出身で喧嘩っぱやく、よく殴り合いになったが、そのたびに、酒を飲んで仲直りをするのが習慣だった。


色々悪戯をしたが、中でも嫌みたらしい金持ちの男の屋敷に忍び込んで、ペットの犬を盗んだのは傑作だった。


犬の方も普段から殴られたりしてるから、嬉しそうについてきた。


パトは金持ちの男に犬を返せと散々いわれたが、はじめからこの犬は俺のペットだと言い張って譲らず、犬をちゃんと可愛がっていたのをよく覚えている。








エルはとある地方からきた家出少女だ。


生まれは良いところだったらしく、見た目はお上品だ。


だが中身は違った。悪魔のような女だ。


パーティーの中では誰よりも早く拳をあげて肉体言語で語ろうとしたし、街の酒飲み大会では、数々の酒豪達に苦汁を飲ませて優勝した。


酔っ払ったエルには、俺もパトも、一方的に殴られるだけだった。


でも心根は優しい奴で、俺とエルは夜になれば別の意味で肉体言語を語り合う仲になっていたけど、最後までその関係は続かなかった。




今思い返すと懐かしい、あれはあれでとても楽しかった。


酒を飲んで馬鹿騒ぎして、沢山笑った。


冒険者となったあの頃に不満なんてものは無かった。このままこんな人生を過ごすのも悪くないなって。










だか俺に、ある転機が訪れる。とある本との出逢いだ。












きっかけは広場でチャンバラごっこしていた子供たちだ。


その日はとくにやることも無くて昼間から酒でも飲もうと飲み屋に向かって歩いてたら広場で子供たちがそれぞれ木の棒をもって大立ち回りをしていた。


なにをしているのか、よければまぜてくれないかときいたら、昨日遠方から劇団がやってきてなんとかっていう英雄の演目を上演したらしい。


それをみんなこぞってまねしていて、すごく盛り上がっていた。


ただ一人だけ家の事情で昨日その演目を見れなかった少女が仲間外れされて泣いていた。


ついでにおれも芝居をみていないから参加することはかなわなかった。


泣く少女みすてるのは忍びないと見かねたおれはすかさず君の英雄はここにいるじゃないかと、そこらに生えている名も知らぬ花をブチブチと抜き去り高貴な者が淑女に捧げるようにそっとその花を(雑草)彼女に渡した。








突然の英雄にビックリして惚れてしまった彼女はうっとりとその愛らしい白い花弁・・・・の上にのっていた犬の野糞をみた。




「イヤァーーーーーーー!!!!!!!!」




彼女は余計泣いてしまった。


ついでに他の子ども達と広場で休んでいた土木業のおっさんが白い眼でこちらをみてあきれている。


おれは彼女をなんとかなだめようと、かわりに舞台をみることは出来ないが図書館でその演目の物語を探して読んであげようと約束すると、それでなんとか泣き止んでくれた。女の涙をぬぐうのは男の誉れだ。その涙の半分はおれの責任だが些細なことは気にしないのがこのルーク様さ。












少女は胡散臭げな顔をしていたけど、それよりも周りの友達と遊べないのはもっと問題だったようで、恐る恐るとおれを見上げてゆっくりと右手をさしのべて




「つれてって!」




と言って恥ずかしそうに顔を赤く染めた。






「ええ、いまからかい?」




なんとも可愛らしいしぐさで、とてもいいのだが流石にいまからってのはなぁ


ほら今日ってば、久々の休日じゃん?


昼間からお酒でものんでだらだらしようと外に出てきたわけだし。


んー、やはり男は初志一貫、ここはきっちりお断りしよう。


モテる男の秘訣は何事も貫き通すことよ。


ましてや相手は年端もいかない無垢な少女。


ここは大人な対応をしっかりとして諦めてもらおうじゃないか。




「お、お、お嬢ちゃん、たっ、たしかにつれていくと約束したけどね、お兄さんにも色々あってね、だから今すぐって訳にはいかないなーなんて・・・な、なぜならば大事な約束があるかもしれなくて、え?嘘つくなって?・・・ははは、なに言ってるこのおませさんめ!めっ!」














数分後おれの背中には、機嫌よくらーんらーんとハミングしている可愛らしい少女がいた。






「ほらついたぞ」








おれは図書館で少女をおろそうとしたが、少女はしがみついて背中からを降りようとしないので仕方なく背負ったまま図書館に入ってお目当ての本を見つけてやった。












そのとき少女に読み聞かせてやった本の内容はアッケラという名の騎士の話だった。


内容はやれ、どこぞの姫を助けたとか、奴隷として囚われていた美人のエルフを救いだしたとかそんなのものばかりだった。


正直、読んでいてバカらしくなった。


だってこいつ、美人の女とか、高貴な女とかしか助けてないんだぜ?絶対下心があるね。


男だったらどんな女だろうが手をさしだして助けてやるのがあたりまえだろ?










けれど、やはり英雄が助ける相手というのはそういう人物の方が絵になるらしい。


読み終わる頃には少女はアッケラをとても気に入ってたようだ。どこから持ってきたのか、興奮した様子で木の棒をふりまわしてた。


こらこら、図書館で武器の使用はご法度ですよ、そもそもあなたが目指すのはアッケラじゃなくて、助け出されるお姫さまでしょうに。










アッケラの話を聞いて棒を振り回す少女はとても楽しそうにしていたけど、図書館から出るときに「これでまたみんなとあそべるね!」と言ってにっこりと笑った時が、今日いちばん良い笑顔だった。


きっと英雄の話よりも一緒に遊んでくれる友達といれるほうが少女にとっては幸せのようだ。














少女が図書館を出ていくともう外は夕方だった。


思ったよりも時間をくってしまったようだ。


もともとの予定なら昼間から適当な店で飲むつもりだったが、あと一時間もすれば行きつけのの店が開く。どうせなら店が開くまで待ってもいいかもしれない。それまで適当な本でもよんで時間を潰そうかと、ぶらぶらしていたら本棚の上に一冊だけぽつんと置いてある本に気がついた。


なぜこんなところに置いてあるのか気になって自然とその本にてがのびる。


分厚く重たい、赤い表紙の本。ホコリが沢山積もっていて、とても汚かった。


指で表面をなぞると指の腹が黒くなり、ホコリを被った本にはなぞった跡がひとすじ残った。軽く息吹きかけて残りのホコリを飛ばし、本のタイトル見る。














「泥だらけのブーツ  著 冒険家・ジョー・シシ」


















「冒険家?冒険者とはちがうのか?」






なんの違いだろうか、冒険者と冒険家。


もしかしたら言葉が違うだけで中身は同じかもしれない。


たとえば、昔は冒険者のことを冒険家と呼んでいたとかそんな事だろう。この本が書かれたのもずいぶん昔のことみたいだし。本の裏表紙をめくるとこの本が書かれた日付が書かれていて、もう何十年も前のものだった。




とくに読みたい本もなかったから、俺はこの本を読むことにした。










窓から夕陽が射す、人の少ない淋しい図書館で、椅子にすわって


ごつごつとした肌触りの分厚く無骨な本の重たい表紙をめくる。


静かな図書館に、本をめくる音が僅かに響いた。


俺はしばらくの間、黙って本を読み続けた。










読み始めるとページをめくる手がとまらなくなった。


こんなことは初めてだ。


おれには芸術性だとか文章の旨さはわからないが、言葉にできないほどの衝撃が頭の先から足の先まで貫いた。


本に触れる指先をみると震えていた。








・・・面白かった。








こう言ってしまうととても単純で陳腐にきこえるかもしれないが、そうとしか言いようがなかった。




そこにはおれの経験したことない未知の世界が広がっていたんだ。1ページ読めば続きが気になってまたすぐ次のページをめくる。本をめくる手がとまらなない。


この時間がいつまでも続けばいいとさえ思った。


だけど、読むたびに、ページが一つ減り、読み終えたページが一つ増えていく。


ときどき、読んでいる場所にしおりを入れて本を閉じ、まだ読んでない場所、もう読んでしまった場所を持ってページ数を比べた。










もうこんなによんでしまったのか・・・




いや、まだまだ半分以上残ってるぞ・・・




もう半分をきってしまった・・・






・・・・・














本をめくるたびに悲しくて、だけどそれ以上に楽しくて




ただの時間潰しだったはずなのに、いまはこの本を読むこと以外なにも目にうつらない。




途中で図書館を管理しているオバさんにもう閉じるよと言われたけど、どうしても最後まで読みたいからここにいさせてくれ、この本にどれほど感動しているかを一生懸命伝えたら、苦笑いしつつも許してくれた。
















そして、ついに読みおわった。


最後のページを閉じたとき、確実におれの人生がいままでとは違うものに変わっていたことがわかった。これまで歩んできた人生がガラガラと崩れる音が聞えて、目の前には誰も踏み入れていない新しい道が見えた。


おいおい、たかが一冊の本でなにをいってるんだって?


たしかに本一冊で簡単に変わるようなものなら元々たいした人生じゃなかったんだなと言われても仕方ないと思う。けれど、この本を読んで、おれの人生がいままでとは別の方向とすすみだしたのはたしかなんだ。










本の内容は生涯忘れることが出来ないだろう。


おれが読んだ本、それはかつて実在した冒険家、ジョー・シシの著書「泥だらけのブーツ」


衝撃だった。


ジョー・シシはウォー大陸を旅することに自分の半生を費やした正真正銘の冒険家だ。旅のなかで見た街や人、経験した出来事、自然の景色の美しさや過酷さを記録した。それが「泥だらけのブーツ」だ。


けっして、旅のすべてを美化しているわけじゃなく、ときに失敗したり大切なものを失ないながらも道を進んでいく。










金や名声を得るために剣をもった冒険者とはちがう。


冒険家はこの世界を旅する。それは誰も到達したことのない厳しい自然の中や、大勢の人がすむ街なかだったり。きっとどこでもいいんだ。


そして訪れた先でこの世界に触れる。














冒険家とはこの世界に埋もれていた美しさをひろいあげるために旅する者のことだ。




















泥だらけのブーツを読んだ瞬間から、俺の旅は始まったんだ!




その日の内に、パトとエルには、パーティーを解散したいとお願いした。最初は猛反対されたけど、真剣に自分の想いを話したら納得してくれた。




その後、数日をかけて街で出会った人達に別れを告げて、バッグに最低限の荷物と「泥だらけのブーツ」を入れ、住み慣れた街から離れてあたらしい世界に飛び出したんだ。
















街を飛び出しそれから数年間、いろんな場所を旅をした。


ジョー・シシが愛した景色をたどりこの世界の美しさに触れることがうれしくて仕方なかった。


けどけっして楽な旅ではなく、メシも食えないほどに懐がさみしい時もあった。それでもなんとか立ち寄った街で日銭を稼いだりしてなんとかした。


どんなときもあきらめずに前へすすむ。


どうしても人生が辛く前へ進めないときは「泥だらけのブーツ」の一節を読む。






「この先に何があるかおれに教えてくれ。もし知らないのであれば俺はよろこんでそこへ向かおう。そしておれがお前に教えてやる。この先にある景色の美しさと、それをお前と分かち合うえる喜びを」












この本を読めば力が湧きおれの原動力となる。この本さえあればおれは生きていける!!!!


絶対にだっ!!!!!!






















・・・そう思ってた時期がおれにもありました。






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