ならず者と呼ばれた伝説の大冒険家に憧れる青年

@cowboy

第1話

目の前が真っ暗で何も見えない。


どうやら目隠されているわけではなく、単純に光が全くない場所にいるらしい。ここはどこだ?俺はどうやってここに来た?


頑張って思い出そうとしても、意識が曖昧で、はっきりとしない。






このまま考え続けても仕方ないから、俺はこの暗い世界を一人で適当に歩くことにした。歩いていれば、そのうち出口が見つかるハズだ。ノープロブレム、問題ないさ。










しばらく歩いていると、遠くから女の声が聞こえてきた。








・・・ル・・・ク・・・ルー・・・・・・ク・・・










とても必死そうな声だ。


俺は頭がぼんやりとしているせいで、女がなんて言っているのかよく聞き取れない。たぶん、もっと近寄れば女の言葉が分かるかるだろう。






俺は声がする方へ、ゆっくりと足を運ぶ。


すると、暗くて微睡んだ世界に小さな光が差すのがみえた。






出口だ!








俺はやっとこの暗闇から出れることが嬉しくて、光のもとまで走って駆け寄り、光輝く扉を見つけた。金属製のとても頑丈そうな扉だが、見た目に反して手で押すと簡単に開く。








これでこんなつまらない世界とはおさらばだ、と光に片足を突っ込むと、突然背中からズドンッ!!と重い衝撃が体を走り抜けた。






「がッは・・・」








あまりの痛みに呼吸をすることも叶わない。


息が詰り、全身が痙攣して、パニックになる。


一体なにが起こったのか、状況を把握しようと、自分の体を見下ろすと、胸から腕が生えていた。


・・・・・・その光景を見た時、意味が分からなかったが、どうやら後ろから体を貫かれたらしいと、一瞬後で理解した。




腕は俺の心臓を貫いた後、勢いよく胸から引き抜かれ、支えを失った俺の体は暗闇の世界から光の世界へ転げ落ちていく。








落ちていくなかで、後ろに振り返ると、俺の視界に、最後にうつったものは、










憎悪に満ちた、凶暴なエメラルドの瞳と、俺の心臓を貫いた腕に、びっしりと生えている鱗だった。




































ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー










「ハァ、ハァ、ハァ・・・」






気が付くと地面に倒れていた。


ここは暗闇の世界じゃなくて、光が溢れる普段通りの世界だ。




どうやら俺は気を失っていたらしい。


てことは、さっきの見たのは夢だったのか?


胸を撫でると、穴は開いていない、良かった。






気分を落ち着かせるために、深呼吸しようとすると、口の中にジャリっとした感覚がした。


多分、倒れた拍子に砂を口にしてしまったのだろう。


取り除こうと唾を吐いたら、唾と一緒に赤い血がでてきた。




なんだ、怪我をしてるのか?、それにやたらと息が荒い。呼吸をしようとすると、胸が苦しくなる。






「ハァ、ハァ・・・どうなってるんだ?」






「ルーク!!!意識が戻ったのね!!!」










覚えのある声が近くから聞こえたから、顔をあげると、こちらを心配そうに覗きこむ女がいた。


その声は夢の中で何度も聞いた声と一緒だった。








「ルーク、大丈夫?、体に異常はない?」




女は容態を伺ってくるが、俺は返答に困ってしまう。だって見ず知らずの人に、ここまで心配されても、どう反応したらいいかわからなくなってしまう。


それに、ルーク、ルーク言っているけど、俺はそんな名前じゃない。俺の名前は・・・・・・・・・・・・あれ、なんだっけ?






・・・自分の名前が思い出せない。


そんなのあり得ないだろと、懸命に思い出そうとするけど、名前どころか、自分の過去を何一つ覚えていなかった。




言葉や文字などの一般常識は覚えているが、自分に関することは全て頭から抜け落ちていた。




マジかよ、記憶喪失ってやつじゃねぇか。


ということは、俺の脳内メモリーに保存されていた華々しい思い出達が全てぶっ飛んだってことか!




覚えてないから華々しかったかは分からないけど・・・って冗談言っている場合じゃないな。










俺は自分がいま、どんな立場に置かれているのか判断するため、あたりを観察する。




すると分かったのはここはどこにでもあるような、小さな村らしいってことだ。だが普通の村とは決定的に違う所があった。それは村のそこらじゅうから黒い煙がもうもうとのぼり、ところどころなにかに吹っ飛ばされたのか全壊している家もある




倒れている俺のまわりには、目の前の女以外にも、大勢の村人がいた。全員が、剣や槍、弓などを男女関係なく、武器を携えている。中には老人も混ざっていて、誰もが疲れた顔をして満身創痍といった感じだ。




そんな人達がみんな心配そうにこちらを見ている。






いや、焦ったよ、だって俺ははその人たちのことなんて知らないのに、みんなが切羽詰まった顔で俺のことを心配してるんだぜ?ビビらないほうがおかしいというやつだ。


特に目の前の女が必死にルーク、大丈夫?と聞いてくる。




なに言ってんだ?


大丈夫な訳ないじゃないか、その呼んでいる名前だって本当に俺の名前かもわからないのに。








けど焦っちゃ駄目だ。こういうピンチの時こそ男はカッコつけるべきなんだと本能が叫んでいる。


それに、よく見ると目の前の女は結構な美人さんだ。


淡い栗色をした髪に、同じ色の瞳。


優しい顔つきをしていて、心を委ねたくなってしまうような、包容力が滲み出ている。




まさに、理想の女像と言っていい。


この人に、情けない男と思われてもいいのか、名も無き俺よ・・・答は否だ!


立ち上がれ、俺!




そして、女の肩に手を置いて、こう言ってやるんだ、「フッ、私は大丈夫、むしろ生まれ変わったかのように、頭がサッパリとした気持ちですお嬢さん、ハハハ!。そんなことより私とこれからお茶でもいかがですか?良い居場所を知ってるんですよ」








クッ、完璧すぎる作戦だ。


非の打ち所がない、これで彼女とフォーリンラブ決定だ。


きっと、俺はこの奇跡的な瞬間の為に、記憶を棄てたのかもしれないぜ。


なんて捨て身な男だ、俺って奴は。


サラバ過去、おはよう新たな人生よ。






早速計画を遂行するために、立ち上がり、彼女の肩に手を置こうとすると、心臓がビクンと大きく跳ねあがり、胸に鈍痛が走った。




なんだ・・・苦しい。


これは、まるで、さっき見た夢の再現じゃないか。


だらっと冷や汗が額を濡らす。


慌てて、手で胸を押さえて確認する。大丈夫、心臓は潰されていない。


だが、心臓の鼓動がどんどん早くなっていく。それと同時に心の奥底から暗い感情が沸き上がってくる。






「ルーク、どうしたの」






彼女が心配して手を差しのべてくるが、俺はそれを払った。




「・・・・・・ルー」


「俺に・・・近づくな・・・」










彼女は俺の行動に驚いて固まってしまった。


ごめんな、叩いてしまって。


でも抑えきれないものがどんどん込み上げてくる。




なんだこの感情は・・・ありえるわけがない。








だって俺は、記憶を失っているんだ、こんな馬鹿なことがあっていいはずが・・・・・・












胸が苦しくなってかきむしるが、俺は鎧を着ているらしく、手が届かない。もどかしくて、上半身に着ているのを全て脱いだ。






服を脱ぎ終わると、俺の上半身を見た人達の、ハッと息もをのむ音が聞こえる。






驚くのも無理は無いだろ。


俺だって驚きすぎて息が止まった。




俺の体には、全身刺青が刻まれていた。


主観では全て見渡すことが出来ないからなんの絵か分からなかったが、俺が掻きむしっていた場所には顔が描かれていた。




知っている顔だ。


憎悪に燃えた、エメラルド色の瞳。


俺の心臓を貫いたアイツだった。








そうか、俺のこの沸き上がる暗い感情は、こいつのものだったか、そう思うと胸にすっと落ちて納得できた。










これが俺自身の感情であるハズがない。


だって記憶喪失で誰かに対する気持ちなんて覚えてないんだから。


なのに、俺の心はいま、ここにいる全ての人達を、殺してやりたいほど憎んでいた。


不思議だ、記憶も残ってないのに目の前にいるから人達に対する恨みのような感情だけはしっかりと心に刻まれている。










このままでは感情に押し潰されて取り返しのつかないことをしてしまいそうだ。






だから俺は痛む体に鞭をうち、村の外に向かって飛び出した。


その場所からはやく離れないきゃいけないと感じて逃げだしたんだ。


いきなり走り出したおれに全員驚いて固まっていたが、それも一時のことですぐに慌てて追いかけてきた。


やめろ、追いかけてくるな、もし追いつかれたらおれは一体なにをするかわからない。


このこみ上げてくる衝動を押さえつける自信がない。




「待ってくれ!」




「どこへ行く、なぜ逃げるんだ!」






村人達が呼び止めようと叫ぶが、聞こえないふりをする。足を止めてはいけない。走り続けるんだ。




だけど、駄目と分かっているのに、どうしても無視をすることが出来ない声がひとつだけあった。


俺に何度も呼びかけていたあの女だ。




「ルーク!ルーク!いかないでぇ!」






俺は我慢できなくて、足をとめて振り返る。






そこには俺を追ってきた彼女が立ち止まっていた。


彼女は走ったせいで、肩が上下して、荒く息を吐いている。


途中で靴が片方脱げてしまったのか、右足は土で汚れ、割れた親指の爪からは血が流れていて、とても痛そうだ。




俺を見つめたまま彼女は泣いている。


彼女の眼から溢れる涙の理由は、親指の怪我とは違う痛みだろう。とても切なそうな表情を浮かべて、叫ぶ。






「ルーク、行くなら私もつれていって。おいてかないでよ・・・」










彼女はゆっくりとこちらに歩いてくる。


追いかけてきた他の人達は、彼女と俺を遠巻きに見ていて動かない。






あぁ、このままずっと彼女を見ていたい。


揺れる長い髪を撫でて、その優しい瞳から流れる涙を拭ってやりたい。もっと、もっと、近くで彼女の存在を感じたい。






離れなければいけないのに、相反する二つの感情の板挟みになって足が動かない。


彼女を抱き締めたい、なのに彼女を殺してやりたい憎しみの気持ちが溢れてくる。






だれか早くとめてくれ。こちらに向かって歩いてくる彼女か、俺のこの暗い感情を。






ついに彼女は手の届く距離まで近づいてしまった。


そして抑えきれない感情は分水嶺へと達して、俺は腰に下げていたナイフを手にとり、降り下ろした。


目を背けたくなる感触が手に残り、温かい血がナイフを染めた。










彼女の心臓をナイフで突き刺す、その衝動を抑え込むため、俺は自分の左手の甲を刺し、痛みで全ての感情に蓋をした。


彼女はなにか言葉を口にしたようだが、無理矢理聞きながして、今度こそ一度も振り返らず、立ち去った。


もし次止まってしまったら、後には引き返せなくなることを感じていた。






村の人達はしばらく追いかけてきたけど、がむしゃらに走り続けていたら、いつのまにか誰もいなくなった。


長い時間走っていたみたいだ。


それでも、また追ってくるかもしれいと考えると、不安になり、休憩を挟みつつ、村から遠く離れるためにずっと走りつづけた。
















日は何度も山の稜線へと沈み、その度に月が空高くあがった。


どのくらいの日数が過ぎたか覚えてないが、そうやっているうちにいつしか名も知らない街にたどり着いた。


ここまで来れば、きっともう誰も追ってこれない。


体の奥底から這い上がってきた黒い感情も、村から出たら、嘘のように霧散した。


二度とあの村の地を踏まなければ、衝動のままに誰かを傷つけることはない。そう考えたら安心して、急に体に力が入らくなって、すぐにでも休みたくなった




着ていた服は既にボロボロだ。


はやく街でお腹一杯の飯を食べて、宿のベッドで、ぶっ倒れたい。


金なら大丈夫、腰からぶら下がっている革袋に少なくない額がはいっている。記憶喪失になる前から持っていた物らしい。




さっさと街に入ろうとしてしたら、全身鎧の衛兵に止められた。


どうやら彼は門番らしい。






「おい、勝手に入ろうとするな、ちゃんと手続きを済ませろ」






「手続き?どうすればいいんだ」








「身分証をみせてくれればいい、身分証がなければ、関税を払って名前を言えば良い」








「・・・・・」












最後の最後で問題が発生してしまった。




カネならあるが、おれには名前がない。もちろん本来ならあったはずだけど覚えていない。これはまずいぞ、適当な偽名でもなのるか?、どんな名前がいいだろうか。悩んでいると、村から逃げ出したときのことが浮かんできた。










最後まで俺を呼び止めようとしたあの女の姿だ。






「ルーク!!ルークいかないでぇ!!!!!!!!」








・・・・その光景を思い出した時、切なそうに泣いていた、あの女のことは一生忘れちゃいけないと思った。


どんな理由で彼女は泣いていたのか、それはわからないが一人の男が女にあんなにも悲しそうな顔をさせたのだ。きっと忘れていいものではないはずだ。




だから、あの女のあの悲しそうな泣き顔をいつでも思い出せるように、どうやら忘れっぽいらしい馬鹿な自分にこれだけはわすれてくれるなと気持ちをこめて、名も無きこの体に名前をつけた。






あの女がくれた名前。




「・・・クだ」




「ん?なんだってもっかいいってくれ」




聞き取れなかったのか、門番が顔しかめてこちらに耳を向けて近づいてきた。


だからよーく聞こえるように、耳元に大声で言ってやった。




「ルークだ!!!!」




「げぇ!!!」




「ルーク!!!苗字もなにもないただのルークだ!!!!よろしく!!!!!!」






門番が耳を抱えて倒れた。がそんなものは気にしない。


なぜならいまとてもすがすがしい気持ちだからだ。


名前が決まったからか、それともあの女がくれた名前だからか。


それは分からないが足りないなにかがカチッとはまった気がして心地よかった。




ルーク!それが今日からおれの名だ!!

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