第三章 第5話 俺のブッコロセラピー
敢えてオフィスタイプのステージを選択、背広を着てステージに入る。
「おお! スーツ姿! と、尊い……」
「スーツに着られてる感が満載で可愛いねえ」
三人の野次馬がステージの外、廊下側の窓からこちらを覗いていた。桜梨子さんとみのりがしゃべっている声がモロに聞こえる。ライチはブッコロイドの操作用のノートパソコンを手に持っていじくっている。どうやら生観戦としゃれこむつもりらしい。
(恥ずかしいだろバカ。許さん。絶対巻き添えにしてやる)
俺はデスクのひとつにドカっと腰を下ろした。机の上で足を組む。
すると。ひとつのブッコロイドが声をかけてくる。アタマをツーブッロックの形に刈った生理的に受けつけない男だ。
「ねえ。三上くんちょっといいかな」
気味の悪いほどにクリアな聞き取り易い声だ。名前の発音も完璧。
彼は辞書のように分厚い書類の束を両手で抱えていた。
「こいつの処理が全然終わらなくてさ」
俺の机にそいつをドーン! と置く。
「悪いけど。今日。徹夜でやってくんない?」
パチンとウインクをして見せた。なんたる無駄に作りこまれた動きであろうか。
「あっ。ちなみに残業代はつけないでね。ウチの部署苦しいからさ。悪いけど」
両手を合わせて拝むようにして謝意を示す。
「あとさ。今週の土日。俺の代わりに接待ゴルフ行ってくれない? 行けなくなっちゃってさ。ゴルフのゲーム代経費で落ちなくて悪いけど」
そそくさと立ち去ろうとする。俺はその手首を掴み、にっこりと微笑んで見せる。
「いいんですよ。この仕事、今週中に終わらせなくちゃヤバいですもんね。徹夜するのもしょうがないです。ウチの部署赤字ばっかりだから残業代なしでやってなんとか黒字にしましょう。土日の接待も任せて下さい。彼らに媚びておけばまた仕事もらえるかもしれないですしね。このクソ暑い中ゴルフなんて地獄以下の灼熱の拷問ですけど頑張ります! 日に焼けちゃいそうだな。ハハハ」
胸ポケットを探りライターを取り出す。
「ですので。その前に。――てめえを火あぶりにしてやる!」
書類の束に火を放った。見学者たちがザワめく。
「てめえさっきから悪いけど悪いけどって! 悪いと思うんだったら頼むんじゃねえ!」
火のついた物体を上司の顔面に叩きつける。
彼は火ダルマ状態で暴れまわっていたが、やがてばったりと床に倒れた。
「会社の都合は分かる! でも! 理解できるのとムカつくという感情は別だ! ガマンできるかどうかは別! 俺は絶対ガマンなんかしねえぞ! キレてキレてキレまくる!」
ただの黒い物体となった上司の顔面を踏みつける。
「ガマンしてガマンしてガマンして! ガマンし続けたから死んだんだ! 親父は! 貴音さんも同じようなもんだ!」
上司の死灰を蹴り上げ空中に舞わせる。そいつが目と口に入った。涙が出る。咳も止まらなくなる。
「ゲッホ! でも! じゃあどうすりゃいいんだよ! ガマンしなきゃクビ! ガマンしたら死ぬって! ツンどるのか! サラリーマンってヤツは!」
通勤カバンに突っ込んでいた武器を取り出す。
「こんなんで! 人生に希望なんか持てるか!」
まずは釘バットだ。メガネをかけたブッコロイドの顔面に向かってフルスイング。ライナー性の打球はホワイトボード直撃のタイムリーツーベースとなった。
「幸せに生きられるのは! 選ばれし才能の持ち主だけなのか!」
お次はモーニングスター。あこがれの中距離武器のひとつである。トゲがたくさんついた鉄球をぶん回しブッコロイドたちのドタマやドテッパッラを破壊。素晴らしい快感だ。誤爆により自分もガンガンに傷つくが気にしない。
「出来ることはなんにもねえのか! こんな風にヤケクソで暴れるぐらいしか!」
ドラゴンボールGTのエンディングの歌を熱唱しながらエアガンのマシンガンを乱射する。ブッコロイドのアタマから次々と脳味噌が飛び出し、壁にも音楽室のように大量の穴が空いた。
「だったら! もう限界まで暴れてやらあああぁぁ! いや! 限界を超える!」
勝手に持ち出した備蓄の灯油を部屋にバラまき、オモチャの手榴弾を投擲した。
――爆発。床に大きな穴が空く。火災報知器が起動して部屋に雨がふる。観客三人が同時に悲鳴を上げた。
「騒ぐんじゃねえバカ女共! みんなキライだ! 全員死んじまえ!」
俺はオフィスデスクの足を持ち軽々と持ち上げた。われながら恐ろしいパワーだ。火事場の馬鹿力というヤツだろうか。
「ああああぁぁぁぁーーーー!!!」
声にならない叫びをあげて机をブン回し、三人が立っている通路側のガラスを破壊する。
「ひいぃぃぃぃ! マジキチいいいィィィィ!」
「でも! おもしれえ! おもしろいからいいや! はははははは!」
「もっとやれ」
さらに反対側の窓ガラスも破壊。突風が部屋に吹き荒れる。
火と雨と突風。ステージはまさに地獄絵図と化した。
「まだ生きてる奴がいやがる! 許さねえ!」
悲鳴をあげながら同じ場所をぐるぐる駆けまわっている、デブ女型ブッコロドを後ろから抱き絞めた。やわらかくてそれでいてキュっと締まった素晴らしい感触だ。
「てめえは押しつぶして殺す!」
俺は彼女を抱えたまま、
(へへへ。一遍やってみたかったんだよな。身投げ。飛び降り自殺。スカイダイビング。プロレス用語で言うならブランチャ・スイシーダだ!)
窓のさんに足をかけ、外に飛び出した。四階。
みのりの悲鳴がうっすらと聞こえた。
又川バベル敷地内の植え込みに落下した。これならわざわざこのやわらかダッチワイフを抱えて飛ぶ必要もなかったかもしれない。拍子抜けである。
(……にしても)
全身の疲労がすごい。足が動かない。両腕にも力が入らず、手をついて立ち上がることも不可能だ。植え込みに頬をつけて激しく息をつくことしかできない。ヨモギみたいな匂いが鼻をくすぐる。
「やあ。飛び降り自殺くん。やってくれたね」
そこへ。セクシーなハスキーボイスが聞こえてきた。
「アレ全部直すのにいくらかかるやら」
「あんたが言ったんだろ。好き放題暴れていい。いくら金がかかってもいいって」
「言ってないよ! みのりちゃんのときも思ったんだけど、最近の若い子ってキレるとホントなにすっかわかんないねえ。それともキミら二人が特別なの?」
「そうに決まってるだろ。俺たちみたいなキチガイがそうそういてたまるか」
桜梨子さんは笑いの成分も含まれた溜息を発した。
「ま。いいんだけどね。またいいCM動画が撮れたし」
「撮ってたのかよ」
「うん! 転んでもただでは起きないがモットーだからね」
俺の手を掴んで立ち上がらせようとする。しかし。足腰が立たずに尻餅をついてしまう。
みのりとライチは心配そうに俺を見つめていた。
「で。どうだった? 感想は」
「すげえキモチよかったです。脳内麻薬出まくり。理屈抜きにストレスが吹き飛んだ。他のやり方ではコレの代わりには絶対ならない」
桜梨子さんは心底嬉しそうに「だよねー」と相槌を打った。
「でも――」
目に入った血糊を拭う。
「これをやってるだけでは幸せになることはできない。そんな気がする。うまく言えねえが」
「そうかい。じゃあどうするの? これから」
桜梨子さんは優しく微笑んでいる。
みのりは鋭い目でこちらを睨む。
ライチは泣き出しそうな顔で俯いていた。
俺は――。
夜の九時。帰宅する。
「おかえりなさい」
ヒロムが静かに迎えてくれる。
俺のボロボロになって所々に血糊がついた服やぐちゃぐちゃにちじれた髪の毛を見て仰天、口を手で抑えながら跳び上がった。なかなか可愛らしい仕草だ。
「お、お兄ちゃん!? 戦争に行ってきたの!? アカガミ来たの!?」
「そうだよ。ん? なんかいい匂いがするな」
「ああ。肉じゃが作ったから。食べる?」
「うん。めっちゃオナカ空いた」
Tシャツとジーンズを洗濯籠にブチこんで部屋着に着替える。
その間に肉じゃがとごはんをちゃぶ台に並べてくれた。
「どう?」
「おお。うまいじゃん」
まぁ通常の肉じゃがと比べて一・二倍程度の塩分が含まれてはいるが、食べられないことはない。ヒロムにしては大健闘である。
「ごはんおかわりくれ」「あっ。おいしかった? やったー!」
(美味しかったからというよりは肉じゃがが塩っからいからなんだけどな)
まあ『ごはんが進む』というのは日本人の『旨い』の基準でもあるからこの肉じゃがはある意味でよくできているとも言える。
ごはんをよそってくれたヒロムのアタマを撫でてやった。上達したな。と褒めながら。
少し照れくさいらしく、もじもじと手を擦り合わせた。
「俺な」とヒロムの目を見つめる。「またバイト始めることにしたよ」
それを聞いた途端、ヒロムはパアっと表情を輝かせた。
「とりあえず夏休みの間だけってことで契約してきた。でもな。その間にあの児童福祉大臣・小泉公望をぶっ殺さなくちゃならないんだ。元相撲取りのな。相撲好きとして負けられない。そういえばサインを――」
ヒロムは立ち上がって俺の後ろに回った。それから首にそっと手を回し、
「よかったね」
と腕に力をこめる。
「お兄ちゃんはずっと私のためにアルバイトとか勉強とか頑張ってくれてたから。やりたいことを思う存分やってくれてるとね。嬉しい」
驚きはしない。ヒロムが俺に感謝してくれていることは十分伝わっていた。
だから俺もこれまでやってこれた。
「そのやりたいこともアルバイトっていうのが面白いけどね」
「ふん。別におまえのためだけじゃないさ」
典型的なツンデレのような言葉を口から出してしまった。
「でもな。よくわからねえんだ。オレ。やりたいのかなあ。誰のために? 自分のために? 客のために? それとも。親父のため?」
仏壇の方を振り返る。親父の顔は笑っていた。
「まあでも。やるよ。なにせヒマなんだなんにもやらねえと。それにやってみればやりたいかどうかわかるかもしれねえ」
ヒロムは可愛らしくケラケラと笑った。
「なんだか『やる』『やる』ばっかりでよくわかんないけど。いいんじゃない? とりあえずなんでもいいから前向きな方が」
そう言ってナマイキにも赤ちゃんをあやすように頭を撫でてくる。
「来年からは私も働くね」
「その前に受験勉強を頑張れよ」
「大丈夫。私アタマいいから」
少々イラっとしたが、実際そうだからなにも反論することができない。
「悪かったな。おまえにも心配かけて」
手を伸ばしてややムリヤリに頭に手を乗せてやった。
「ありがとう。辛いとき優しくしてくれたこと。忘れない。――泣くなバカ。背中が濡れるだろ」
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