第二章 第2話 歓迎会

 出勤した社員は俺たち四人だけであったはずなのに、どういうわけか飲み会には十人くらいの社員が集まっている。わざわざ出て来てくれたらしい。ヒマというかなんというか。

 場所は居酒屋の座敷席。こういう店に来るのは初めてだが、落ち着いた照明に広々とした席で比較的コマシな店なのではないだろうか。

 最初の方は俺と鈴村が質問攻めにあって大変だったが、二人ともあんまり愛想がないこともあって飽きたらしい。今は各々で勝手に盛り上がっているという感じだ。

 酔っ払ったオトナのテンションを肴に目の前に出された料理を頂く。このキムチオムレツなどなかなか旨い。しかしみんな料理には手をつけずに酒ばっかりガバガバ飲んでいる。

「お待たせ致しましたー串焼きの盛り合わせです」

 おっ。イイ奴が来た。アレを食べれば酒を飲まなくても飲み会気分になれること請け合いだ。ネギまを手に取って口に運ぼうとすると――

「ちょっと! ダメでしょ!」

 左隣の席に座っている貴音さんに注意される。

「知らないのもムリはないけど。こういう場では串から外して食べるがルールなの。ホラ私も手伝うから」

 ってゆうかなんでこの人いるんだろう? 接待とかお客様という雰囲気でもなく、ごく普通に混じっていた。

「あっ三上くん! そんな力任せにやったら箸折れるよ!」

 先程からサラダを取り分けたり、酒をみんなの分も注文したり、焼鳥を串から外すやり方のレクチャーをしたり。なんだったらこちらが接待をうけているようにも感じられる。

「砂肝はね。こうやって串を回しながら――」

 と。右隣に座っていたライチが急に立ち上がって、俺と貴音さんの間に腰を下ろした。

「どうした?」

 無言で俺の箸を小さな手で掴み、肉を串から外し始める。俺たちにだけやらせて悪いと思ったのだろうか。それとも面白そうに見えたのか。いずれにせよ貴音さんはおだやかに頬を緩めながらうまいやり方を教えてあげている。どうやら意外と子供好きらしい。

「なあ。ライチってどこ住んでんの?」

 箸を取られてしまいやることがないのでテキトウに話しかけてみる。

 ライチは珍しく自分の口で回答した。

「オリコのいえ」

「マジで!? 桜梨子さんとどういう関係なわけ?」

「インドの研究所にいたんだけど、オリコにスカウトされてニホンに――」

「あああぁぁ!? 私がどうしたって!?」

 はす向かいの席でさきほどから延々と隣の鈴村に絡んでいた人がこちらを睨んだ。

 酒で顔が変色している。頬が薄紅色に染まっているとかいう可愛いレベルのものではない。目の周りがまっ黒に染まりパンダのようになっていた。

「私が三十五歳未婚だからってディスってんのか!?」

(め、めんどくせー)

 俺は『ディスってません。三十五歳はまだ若い』などと心にもないことを口に出した。

「でも実際どうなのよおまえ! 人生設計のおまえ、高齢出産のおまえ! いや焦ってない全然焦ってない! トランキーロだぜカブロン!」

(この人。まず自分のストレスなんとかしたほうがいいな)

「てゆうかそうじゃないのよ! わかってるの! ロシアでは普通の名字なの! でもこちとら昔から日本に住んでて、しっかり日本人の感覚も身につけてるっちゅうねん。その感覚で言ったらおまえアブラモビッチっておまえ! 三上くーん! 聞いてる!?」

 はいちゃんと聞いてます。と大嘘をついた。

 対面にすわる鈴村は今がチャンスとばっかりに俺たちが頑張って串から外した焼鳥をバクバク食べていた。こいつ。実はけっこう食いしん坊だな?

「ねえねえ。なんかいい『イケ苗』ない~~~??」

「いけみょう?」

「わかるでしょ? 『イケてる苗字』の略よ。私苗字がイケてる人がタイプなの。なんかムラムラして不思議と結婚したくなる」

 なんという性癖。変態にもホドがある。

「私に合ったいいイケ苗を考えて! そういった人に抱かれていくから!」

「そうですね」

 なんか言わないと解放してくれそうにないので遺憾ながら思考を巡らせる。

「『若島津』というのはどうでしょう? これはオススメです」

「えー!? 確かにかっこいいけどゴツい~。もっと可愛い奴がいい」

「じゃあ『天龍』っていうのは?」

「余計ゴツいじゃない」

「『戦闘竜』は?」

「それ名前?」

「じゃあ『千代の富士』」

「わかった! テキトーにお相撲さんの名前並べてるだけでしょ!」

 桜梨子さんの深い深い溜息。長年に渡り憂鬱を体に溜め込まなければでてこない深度だ。

「鈴村ちゃん。なんかない?」

 横で口をリスのようにパンパンにしている鈴村に尋ねる。

 鈴村はドンドン! と胸を叩きながら口の中を空にして答えた。

「そうですね。『サクラ』はいかがでしょうか?」

 机に置かれたアンケート用紙に、備え付けのボールペンで『佐倉』と書く。

(これはもしかして。またイッパイ食わされるパターンではないだろうか)

「佐倉? うーんまあ普通の苗字だよね。なんでそれがいいと思ったの?」

「いえ。桜梨子さんは髪の毛が桜色ですし、名前に『桜』っていう字が入っているのでイイカンジにフィットするかなと思いまして」

「……なるほど!」

「『桜田』とか『桜木』だと同じ漢字が重なってちょっとクドいカンジですけど。『佐倉』なら主張しすぎなくていいのではと」

 桜梨子さんはみのりん天才! などと叫びながら鈴村に抱きつきそのまま持ち上げた。

「よっしゃー! この夏! 佐倉に抱かれるぞー!」

 まだ飲み会が開始されてから一時間も経過していない。


「いやーごめんねー終電無くなっちゃってさあ」

 桜梨子さんが俺と鈴村に対してアタマを下げる。

 時刻は深夜の二時。

 この時間まで未成年を連れまわすとは中々の事案ではある。

「タクシーで帰って。料金はもちろん出すよ。おつりはトクベツボーナスってことで受け取っちゃっていいからさ」

 俺と鈴村の手にそれぞれ一万円を握らせた。

「あ、たしか家近かったんで。途中まで同乗して帰りますよ」

 と一万円を返却した。少々惜しい。

「そっか。そうだった。じゃあ仲良く帰ってね。そんじゃあおやすみなさい~」

 桜梨子さんは手をふりながらフラフラとした足つきで歩み去って行った。


 タクシーが又川沿いの道を走る。

 俺と鈴村は無言で後部座席の端っこと端っこに座っていた。

(き、きまずい。なんかしゃべらねえと)

 こういうとき普段はあまり自分から喋るタイプではないのだが、今回の場合は俺が言い出しっぺとなってこの気まずい状態を作り出してしまっため責任を感じている。

「わりいな。おまえの意見聞かずに勝手に同乗するって」

「へぇっ!」鈴村は素っ頓狂な裏声で返事を返した。「だ、大丈夫です! 一人でタクシー乗るのもそれはそれで怖いですし」

 ……俺と二人だと俺が怖いという意味だろうか。

 そしてそれ以上会話が続かない。

 なんとかもうひとつ話題をほおり投げた。

「えーっと……趣味は?」

 非常にヘタである。

「しゅ、しゅ、しゅ、趣味ですか! えーっとホラあれ! フットサル!」

「ほんとかー? そんなアクティブな趣味」

「ご、ごめんなさい! 嘘つきました! 写経です!」

「……言いたくないならいいけどよ」

 大方趣味アニメ鑑賞の隠れオタク。といったところであろう。大して珍しくもない。

「好きな野球チームは?」

「べ、ベルディー川崎……?」

「そりゃサッカーだ。しかもなんか微妙に違う気がするし」

「知ったかぶってごめんなさい。あんまり詳しくなくて。三上さんは?」

「俺も野球なんかシラン」

「じゃあサッカーがお好きなんですか?」

「いやそれも全く知らん。すまんな自分も興味ないハナシ振って」

「いえ。シュミがあいそうですね」

 再びの沈黙。人と会話をするってこんなに難しいことだったっけ?

「あとは……好きな男性のタイプは?」

 なんかお見合いみたいになってきた。

「そんなこと考えたこともなくて……」

「じゃあ嫌いなタイプは?」

「人殺しや放火をされる人はちょっと」

 ハードルひっくいなー。俺でもオトせるかもしれない。

「じゃあ……結婚相手に求める条件は?」

 俺は一体こいつの何を知りたいのだろうか。

「年収五百万円――とか」

「生々しい数字だな」

「み、三上さんが結婚相手に求めるのはなんですか?」

「えっ!? そりゃあおまえ。人殺しや放火をしない――あとは――Eカップとか?」


 タクシーが新花ケ丘に到着するまで謎の禅問答は続いた。

 お疲れ様でしたと消え入るような声で言いながら鈴村は先にタクシーを降りる。

(ふう……疲れた)

 あれだけたくさん質問をしたのにあいつのことは全然わからなかった。

 わかったのは奴が俺に一ミリたりとも心を開く気がないということと、

(やっぱり。声はキレイだな)

 ということだけ。

 彼女を嫌うわけではないけれど、今後あいつとどう付き合っていけばいいのだろうか。

(だってもう質問するネタねえぞ)

 ヒマなときにでも考えておこう。なるべく長く会話が持つ奴を。

 それにしても長い一日であった。

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