幕間劇 児童福祉大臣 泉田公望という男 その一
田園調布の一等地に泉田の邸宅はあった。やはり政治家というのは金がもうかるらしい。
「やれやれこんなものがあるせいで家にいても気が休まらんワイ」
書斎の立派な机の上にノートパソコンを広げ、山のように溜まった未読メールを捌いていた。すごい勢いで既読マークがついていく。おそらくロクに読んでいないのだろう。
「はぁ……つまらん……」
彼はそのデカイ体をこれまた無駄にバカでかいイスの背もたれによりかからせた。
その体勢のまま首を九十度右に捻り、壁際に置かれた立派なガラス棚を見る。
「あの頃は良かったな」
棚の中にはたくさんのトロフィーや優勝旗、それに彼の若かりし日の精悍な姿の写真が飾られている。
「そんなこと言っててもしかたがないか」
しぶしぶといった様子で再びノートパソコンのマウスに手を置く。
よどみなく動く右手。焦点のあっていない目。やはりぜんぜん読んでいない。
「ん……?」
どうやら少しだけ彼の目を引くタイトルのメールがあったらしい。右手の動きを止めた。
「『自殺率世界一位対策』……?」
マウスをダブルクリックしてそのメールを開いた。
「字ばっかで読みにくいな……」
マンガ好きの子供のようなことを呟きながら、メール本文は読まずに添付されていたPDF化された新聞記事にのみに目を通し始める。
見出しに書かれていたのは「自殺大国日本」という文字だった。
『二〇二七年 日本における十万人あたりの自殺者数(以下自殺率)が四十人を超えた。元々先進国の中では高水準だったが、この十年で急上昇。ついに世界一位となってしまった。特に十五歳~十八歳までの世代で深刻であり、その世代の死因のうち自殺の締める割合はダントツの一位であり七十パーセントを超えている』
「やべえじゃん……」
言葉はアレではあるが、実際に危機感を持ってはいるらしく、顔を青くしながら記事の続きに目を走らせた。
『二〇二〇年から児童福祉省はこれの対策として、特に青少年向けのメンタルヘルス教育、ストレスコントロール教育などの施策を行っているが実績には寄与しておらず――』
「なんだぁ? まるで俺たちが悪いみたいな書き方だな」
さらに記事を読み進める。
『今までのもののような場当たり的なものではなく、抜本的なストレス対策が必要――』
「やかましいわ!」
そういってその巨大でゴツゴツした拳を振り上げ、
「ストレス対策だぁ!? そんなの! 俺が知りたいわ!」
カシの木の机に叩きつけた。
ゴガン! と小気味よい轟音が立ち、机の端に虫が食ったような丸い穴が空いた。
やべえ! と思ったときにはもう遅かった。ドアがババーンと開かれる。
「ちょっとアンタなにやってるの!?」
(はあ……こいつも昔はイイ女だったのになあ……)
近くのホームセンターまで木目テープを買いに行かされた。
それを机の穴が空いた部分に貼る。
ちまちまと小さなハサミでテープを切りながら泉田は思った。
(あーあ。相撲やりてえ……せめて生観戦したい……)
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