6-2

 放課後になって、しばらくが経った頃。


「話ってなに?」


 教室に財前が姿をあらわす。


「いきなり呼び出して悪かった」


 そう答えているのは俺ではなく、高倉だ。


 放課後の教室にいるのは今、あの二人だけだ。

 俺は廊下に身を隠して、中の様子をうかがっている。


「舞台の幕は上がったわ。あとは見守るだけね」


 両隣には同じようにして小森と村上も隠れていた。


「うまくいくのか?」

「五分五分ね。あなたの推理が合っていて、私の予感が的中していたなら問題ないんだけど」

「ちなみに、小森さんは演劇部でも演出家志望なんです」


 村上が俺の耳元でささやいた。


「意外だ。てっきり役者をしているものだとばかり思っていた」

「人数が足りないのでどちらもやってはいるんですけどね。本人としては裏方のほうが好きみたいですよ」

「こそこそ話してないで、ちゃんと集中して」


 なぜか俺だけが小森に肘でこづかれた。


 小森と村上は仲が良いはずだが、この三人で行動するのはなぜか息が詰まる。

 俺はどこかにやましさを感じているのだろう。


 俺たちがそうしている間にも、教室からは高倉の声が聞こえた。


「財前、石井のところに脅迫状が送られたことは知ってるよな」

「まぁね。あんな騒ぎになったのに、クラスで知らない子なんていないでしょ」

「おれの推理によると、犯人はお前だな」


 高倉が探偵役としては力の抜けた宣言をする。


「いきなりひどくない?」

「理由は今から説明する。まずはこのラムネ瓶だ」


 カラカラ、と瓶の中でビー玉が転がる音がした。

 高倉が手にしたラムネ瓶を振って見せたのだろう。


「財前、おれがこれをどこにしまってるか、知ってるよな?」

「ロッカーでしょ」

「そのとおり。そして最初の脅迫状と一緒に凶器として使われたガラス片の正体は、おれのラムネ瓶だった。で、おれがラムネを学校に持ち込んでいると知っている人間は少ない。おれとお前と、あとは石井くらいだ」

「それが証拠ってこと?」

「ああ。おれはやってないし、石井が自分に脅迫状を送りつける理由はない。消去法の結果、犯人は財前ってことになる」


 高倉が財前に向かって話しているのは、俺が推測したことでもある。


 昼休みに小森と電話で話していて気づいた。


 高倉がラムネ瓶を持ち込んでいることはあまり知られていない。

 なのに、ロッカーに入ったラムネ瓶を見ても、驚かなかった人物が一人だけいる。


 それが財前だった。


「バカみたい。誰かが偶然ロッカーの中を見たとか、あたしが他の子にしゃべったとか、そういう可能性だってあるでしょ?」

「そうだな。でもまぁ、とりあえず続きを聞いてくれ」


 財前の反論を片手を上げて遮ると、再び高倉は推理を披露する。


「犯人はなぜ脅迫状を送ったのか。あんなことをしたってなんの意味もない。石井と小森が別れたりしないのは誰にだってわかる。脅しとしても中途半端だ。そこで考え方を変えてみたんだ。順番が逆だったんじゃないかって」

「逆?」

「つまり、石井を脅すためにラムネ瓶を割ったんじゃなくて、ラムネ瓶が割れたから脅迫状を作ったんだ」


 それまで反論していた財前が黙る。

 その隙を逃さず、高倉は続けた。


「財前、お前は偶然割ってしまったラムネ瓶を隠すために脅迫状事件を起こした。理由は簡単、ラムネ瓶を割ったのが自分ではなく、石井のことを良く思っていない誰かのせいにするためだ。石井を選んだのは、単純に目立ってたからだろう」

「いい迷惑よね」


 隣の小森が小声で感想をもらす。

 そうしている間も高倉の推理ショーは続く。


「でもここで誤算が生じた。石井は脅迫状について公表しなかったんだ。おれが知ったのも、つい数時間前のことだからな」


 なんとなく責められているような気がするが、あのときは注目を集めたくなかった。

 隠していたことは、あとで改めて謝っておこう。


「ラムネ瓶を割った罪を誰かになすりつけたいお前としては焦ったはずだ。石井が被害を公言しないかぎり、おれはラムネ瓶が消失したことを不思議に思う。こっそり持ち出した容疑者として挙げられるのは、やっぱり石井か財前ってことになるしな」


 ラムネ瓶が割れた、ということは少なくとも高倉に知ってもらわないといけない。


 そのためには、俺が脅迫状をもらったという話を打ち明けなくてはならないわけだ。


「だからお前は次の脅迫状を書いた。球技大会後のやつだ」


 本当はその前に一通、下駄箱に入っていたやつがある。

 だがそれについてはまだ説明できないことも多い。


 第一、小森と村上がそばにいる状況で二通目のことについて言及するのは避けておきたかった。


 そのため今回の推理に、二通目の脅迫状のことは考慮されていない。


「今度は白昼堂々とした犯行だったおかげで脅迫状事件は表沙汰になった。これで財前の目的は達成、あとは放置しておけばいずれ騒動は風化し、犯人探しも終わる」


 三通目の脅迫状を置いたのは、球技大会の途中だ。


 財前は体調不良を訴えて堂々と抜け出し犯行をおこなったが、俺を嫌うのは男子という先入観がある。

 だから疑われないと思ったのだろう。


「で、証拠はなにかあんの?」


 気を取り直したように財前が言った。


 俺もそれが問題だと思っていた。


「やはり無理じゃないだろうか」


 隣の小森に向かってささやく。


 推理をしたのは俺だが、こうして正面から追求しようと提案したのは小森だった。

 高倉に探偵役として協力してもらおうと言ったのも小森だ。


「財前が犯行を認めるとは思えない。それにあの推理が合ってるなら、次の犯行はないはずだ」

「合ってなかったときが困るでしょう? だから確認よ。あの子が犯人なら、それはそれで謝罪の一つくらいしてもらわないといけないでしょ」

「しかし……」

「もうしばらく黙って見てて」


 小森にはなにか確信があるらしい。

 そういえばさっき高倉になにやら細かい指示を出していたようだった。


「なぁ財前、おれは別に怒っちゃいないんだ」


 教室から聞こえる高倉は妙に優しい声を出す。


「元々公表するつもりがないからこうして放課後に呼び出したんだし、もしお前が犯人なら石井にも適当なことを言ってごまかしてやってもいい。ただ一言、謝ってくれればそれだけでいいんだ」


 なるほど、情に訴える作戦のようだ。

 小森が高倉に指示したのも、これなのだろう。


 相手の良心に訴えかけるという意図はわかるが、それほど効果があるのだろうか?


「……ごめんなさい」


 しかし俺の予想はあっさりと外れ、財前は素直に謝罪した。


「割るつもりはなかったんだけど、手がすべって……でも勝手にロッカーにさわったこととか知られたくなかったし、高倉に嫌われたくなかったし、それでなんとかごまかさなくっちゃいけねいと思って……」


 俺の推理はおおよそ当たっていたらしい。


 しかしわからない。

 財前はどうしてこれほど素直に犯行を認めたのだろうか。


「財前が自白するという勝算があったのか?」

「まぁね」


 うまく事が運んだせいか、小森は上機嫌だ。


「大切なのは、誰によって追及されるかなのよ。どんなに証拠が揃っていても、嫌いな人間に指摘されたら否定する。反対に証拠が弱くても、好ましい相手に諭されたら懺悔したくなるものよ。特に感情面の問題はね」

「たしかに話す相手によって説得力が変わるのは理解できる」


 だがわからないこともある。


「しかしなぜ高倉なんだ?」

「ここまで聞いててまだわからないんですか?」


 村上が呆れと驚きの混じった表情をする。


「全然わからない」

「ではヒントをあげます。なんで財前さんは高倉くんのロッカーをこっそり開けたのか、考えてみてください」

「そうだな……ビー玉が欲しかったのかもしれない」

「今の答えで確信しました。石井くんには一生わからないと思います」


 村上は呆れたようにかぶりを振った。


「私はね」


 小森が教室に目を向けたまま言った。


「追及するのが高倉くんなら、もし推理が外れていてもあの子が許してくれる可能性が高いとも思ったのよ。ここまで言ってもわからなければ、自分の察しの悪さを恨むのね」


 いくつもの情報を抱えて、俺は再び思案に暮れる。

 小森や村上の様子から言ってもわかりやすいことなのだろう。


「そういうことか」


 つまり財前は高倉に恋愛感情を抱いているのではないだろうか。


 それならば、村上と小森が与えてくれたヒントに納得がいく。

 ロッカーを開けたのは、たとえば気持ちをしたためた手紙を中に入れるためだったのかもしれない。


「あたし、その、実はね……」


 俺が考え込んでいる間に教室の会話は進行していたらしい。

 財前の切羽詰まった声が聞こえる。


「あたし、高倉のことが――」

「あ、ちょっと待った。自意識過剰だったら謝るけど、先に言わせてくれ」


 そして高倉は一呼吸置いてからこう言った。


「おれ、カノジョいるから」


 場の空気が凍りついた。


 それは教室だけでなく、俺たちが潜んでいる廊下でもそうだ。

 村上は声を失い、小森も「意外……」とつぶやいている。


 しばらくの沈黙。


 それをやぶったのは教室の扉を荒々しく開けて飛び出す財前だった。

 俺たちに気づくことなく走っていってしまう。


「この展開は予想してなかったわ……あなた、知ってたの?」

「いや、知らなかった」

「さすがにかわいそうになってきたから、ちょっと慰めてくるわ。今日は先に帰ってて」


 小森はそう言うなり、財前を追いかけていった。


「わたしも行ってきます」


 遅れて村上も走り出す。

 それと入れ替わるようにして、バツの悪そうな高倉が教室から出てきた。


「あー、やっぱりまずかったかな」

「俺も高倉に恋人がいるというのは初耳だ」

「え、そうだっけ? でもアリスと会っただろ」

「アリス?」

「ほら、一昨日の土曜日。ショッピングモールで会ったよな?」


 そう言われて、小森と出かけたときのことを思い出す。


 しかし高倉の恋人らしき女性に会った記憶はない。

 あのとき彼と一緒だったのは「コタロー」と呼んでいた小さな女の子だけだ。


 ……いや、その可能性は十分にある。


 考えてみれば、ラムネ瓶について話したときもそうだった。


 高倉は一度も「妹」や「親戚の子ども」とは言っていない。


「妹だと思ってた」

「全然似てねぇだろ」


 高倉が笑って肩をすくめる。


 やはりあのとき一緒だった女の子が高倉の恋人ということなのだろう。


 たしかに二人の姿はとても仲が良さそうだった。


「いくつなんだ?」

「今年で十二歳、四つ下だ。人に理解されにくいってことは自覚してるよ。だからまぁ、隠してるんだけど」

「ならどうして俺に話したんだ?」

「石井はそういうことを気にしないと思ったんだよ。それに、どんなことがあろうとおれたちは友達さ。そういう契約だろ?」


 もしかすると、高倉が友人を必要としないという考えに至ったのは、恋人のことが関係しているのかもしれない。


 高校生が小学生と付き合っているとすれば、世間的にあまりいい顔はされないだろう。


「もちろん友達だ。今日はおかげで脅迫状についての騒動が片付いた。ありがとう」

「見込み通りで嬉しいよ」


 高倉はごまかすように笑った。




 翌朝、小森と村上に聞いたところ、財前はすぐに失恋から立ち直ったらしい。

 あの後、高倉に対する不満をいくらか口にした財前は、小森に謝り、事態は丸く収まった。


 俺にも謝らせると二人は言ったが、謝罪してもらう必要は感じない。

 まして人前で大々的に事件の顛末について語る必要もなかった。


 こうして一週間に渡っておこなわれた一連の脅迫状事件は解決した。


 気になることはまだ残っていたが、それについては誰にも相談できそうもなかった。

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