第六話 推理編+解決編

6-1

 脅迫状についてはもう隠しておけなかった。


 剃刀の入った封筒というのは古典的だが、それだけに一目で危険が伝わる。

 やむなく俺は興味をもつクラスメイトに対して、最初のガラス片についても打ち明けた。


 ただし二通目、下駄箱に入っていた写真付きの脅迫状については伏せておいた。


 契約であっても浮気をしている以上、小森にも隠していることだ。

 誰にも伝えるべきではないだろう。


「オレのラムネ瓶を凶器に使うとは不届き千万だな」


 昼休みの階段で高倉はラムネ瓶を振って、カラコロと言わせた。


「意地でも犯人を見つけてやる」

「だがアテはあるのか?」

「被害者のくせに真剣味の足りんやつだな。少なくとも範囲はしぼれるだろう。まず石井と小森の関係をよく思っていないやつが犯人だ」

「多そうだな」

「好かれている自覚がないのは謙虚で結構。つまり容疑者は男である可能性が高い」

「なぜそう言い切れる?」

「犯人がお前のファンなら脅迫状を送りつける相手は小森になるだろ? だったらやっぱり犯人は小森のファンだ。で、それは圧倒的に男子のほうが多い」


 調子が出てきたのか、高倉の口上は流れるように続く。


「でも石井と小森の関係はだいぶ認知されてる。今さらどうこう言う野暮なやつは少ないはずだ。特に同級生の中にはいそうもない」

「なら上級生か?」

「自分の恋人がモテるって自慢か、それ」

「それは自慢になるのだろうか」

「さぁな。でも上級生ってのは考えにくいだろ。石井の席がどこかなんて知ってそうもない。後輩にわざわざ訊いていたやつがいれば、そいつが怪しいけどな」


 俺が知るかぎり、わざわざ教室にまで訪ねてきた上級生は吉野先輩の彼氏だけだ。


 しかしあの人にはすでに恋人がいるし、また小森についてもあまり関心がなかったように思う。


「結局、容疑者はしぼれないことになるのか」

「いや、石井の座席を特定していたことから判断するにクラスメイトの犯行である可能性が高い」

「同級生は俺と小森の関係を認めているという話ではなかったのか?」

「往生際が悪いやつっていうのはどこの世界にもいるんだよ。それに連中があきらめたのはさっきの球技大会中のことだと思うぞ」


 というと、名も知らぬ同級生と校舎裏で話した件についてだろうか。


「犯行時刻から考えてみても、その時間帯が怪しい。なにが言いたいかっていうと犯人はお前の公開生告白を見てないわけだ」

「その表現には異論があるが、今はやめておく」

「おれの推測が正しければ犯人は簡単だ。見学なり体調不良なりで球技大会を抜け出したクラスメイトの男子、そいつが犯人だ」


 締めくくるようにそう言って、高倉はメロンパンをかじった。

 俺もしばし無言でおにぎりを食べつつ、意見を出す。


「そういう条件であれば犯人はいないことになる」

「どういう意味だよ?」

「球技大会は全員出席だった」

「なんでそんなことお前が知って……あ、そっか。クラス委員様だったな」

「そうだ。男子の出席に関しては把握している」


 そして欠席も早退もなかった。


 もちろん出入り口で見張っていたわけではないから、途中でこっそり抜けることは可能だっただろう。

 剃刀入りの封筒を置くくらいなら、ごく短時間で済む。


 そうなると答えは結局「誰にでもできた」という風に落ち着くのだろう。


「いい線いってると思ったんだけどな」


 俺も高倉の推理が的外れだとは思わない。


 ただ、まだなにかが足りないのだろう。


 しかし高倉は諦めるつもりはないようで、昼食が終わるとすぐ「捜査を続ける」と言ってどこかに行ってしまった。


 彼にとって凶器に自分のラムネ瓶が使われたのは許せないことなのだろう。

 そう考えた時、なにかが引っかかった。


 俺は携帯電話を取り出し、村上に対して発信する。

 きっちり三コール目に電話はつながった。


『石井くんから電話なんて珍しいですね』

「確認したいことがある。球技大会のとき、席を外した女子はいなかったか?」

『同じクラスで、ということですか? 欠席者はいません。財前さんが一度保健室に行ったのは知ってますが、他はこれといってありません』


 財前というと、誰にでも明るく接する派手な女子だ。

 浮いている俺や高倉にもお構いなしに話しかけてくることが印象に残っている。


「そうか、ありがとう」

『脅迫状の犯人を調べてるんですか?』

「ああ。わかるかどうかは別にして、考えてみようと思ってる」


 これまでに三度あったのだ。

 これが最後になる、という考え方はちょっと楽天的過ぎるだろう。


『あなたは犯人がクラスメイトだと思ってるの?』


 電話から聞こえる声が変わる。


「小森か」

『ちょうど私たちも犯人について話してたのよ。で、どうなのかしら? 犯人はクラスメイトなの?』

「高倉はそう推理していた」

『ふーん。高倉くんって人、案外友達思いなのね』

「どちらかと言えば、俺のためというよりかはラムネ瓶を凶器に使われたのが気に入らないのだろう」


『ラムネ、ってあの炭酸の?』

「そういえば、まだ言ってなかったな。一通目の脅迫状と一緒に入っていたガラス片はラムネ瓶が割れたものだ」

『そんなもの、学校にはないでしょう』

「高倉が持ち込んでいる。知らないのか?」

『知らないわ。高倉くんとは親しくないもの』


 言われてみればそのとおりだ。


 周囲から浮くことをモットーにしている高倉は、契約関係である俺くらいしか友人がいない。

 必然的にラムネ瓶をロッカーに保管していると知っている人間も限られてくることになる。


 ではなぜ犯人はわざわざラムネ瓶を凶器に使ったのだろうか。


 その疑問について考えたとき、一つの推測が浮かんだ。


「考えてみたことがある。現実的かどうか判断してくれ」


 そう前置いて、小森に推測を話してみる。


『なるほどね』


 俺の推測を聞き終えた小森は言った。


『じゃあそれが合ってるかどうか確かめてみましょう』

「なぜだ。この推測が合っていた場合――」

『外れていたときが困るわ。確認はしてみないと』

「そんな方法があるのか?」

『私に考えがあるわ』


 電話越しにも、小森の自身ありげな表情が見える気がした。

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