4-4
「例の件、吉野先輩に相談してみたわ」
その日の帰り道に小森はそう切り出した。
「先輩も彼氏と付き合い始めた頃に似たような経験してるかもしれないと思って」
「あまり言いふらすようなことでもないと思うが」
「先輩は上級生だし、そもそも女子だから容疑者じゃないわ。事前に言わなかったのは悪いと思ってるけど、あなたも脅迫状の件を隠そうとしたんだから、これでおあいこじゃない?」
どうやら小森はあの吉野という先輩を慕っているようだ。
「なにか有益な助言はもらえたのか?」
「相手にしないのが一番、だそうよ。一ヶ月もすれば落ち着くだろうって」
「一理あるな」
「でもそれは吉野先輩と彼氏が本物の恋人だったから周囲に認められただけとも考えられるわ。私たちは犯人を捕まえたほうがいいと思うの」
「それも一理あるな」
「煮え切らないわね」
「なんにしても、現在打てる手はないだろう。今朝村上も言っていたが、しばらくは様子を見てまたなにか動きがあれば改めて犯人を探せばいい」
新しくわかった事実は、高倉のラムネ瓶が凶器に使われたということだけだ。
そしてそれは今のところ、犯人を特定する手がかりにはなっていない。
小森は不満そうだったが、反論はしてこなかった。
翌朝、登校すると珍しく村上の姿はなかった。
カバンがあり、教室の電気がついているため学校には来ているようだが、なにか用事があったのだろう。
俺は自分の席に座り、机の中を確認する。
今日も異常はないようだ。
そのとき携帯電話がポケットの中で震える。
メッセージは村上からで「体育館裏に来てください」という一行だけだった。
こんな時間に呼び出しというのも珍しい。
体育館裏といえば、南校舎からほど近い。
人がいることは稀だが、体育館内の声が聞こえるためさほど静かというわけでもない。
そこでいったいなんの用なんだろうか。
玄関を出て体育館に向かっていると、男子生徒とすれ違った。
たしか以前小森について尋ねてきた生徒なので覚えている。
それ以上の面識はない。
「石井くん」
歩きながら名前を思い出そうとしていると、先に体育館裏に着いてしまった。
村上は一人でぼんやりと立っている。
「呼べばすぐ来てくれるんですね」
「他に用事がないときはそうしている。どうかしたのか?」
「ここに来るまでに誰かとすれ違いませんですか?」
「ついさっきすれ違った。顔をちゃんと見たわけではないが、多分同級生だろう」
「わたし、その人に告白されました」
あまりにあっさりと言うので、意味を理解するのに時間がかかった。
少し考えると事情が飲み込める。
「ということは、契約終了について話し合うために呼んだのか」
整理してみれば事情ははっきり見えてくる。
村上は小森と違い、恋愛に対して反感を抱いている様子ではない。
本物の恋人ができたのであれば、俺との契約浮気は破棄されて当然だろう。
しかし村上はゆっくりと首を横に振る。
「違います。告白についてはお断りしました」
「そうなのか?」
「はい。魂胆が見えていたので」
「告白に好意以外の理由があるのか?」
その質問がどうおかしかったのか、村上はきょとんとした顔で俺を見た。
しばらく無言で俺の表情をうかがっていたが、やがて「そうですね」と脱力したように肩をすくめる。
「基本的には好意からだとは思いますが、打算による告白もありますよ。いわゆる『あの程度なら簡単にいけそう』ってことです」
「少し意味がわからない」
「誰でもいいから恋人が欲しいってことですよ。最近は周りでどんどんカップルが増えてますからね。手近で手頃なところで済ませようということです」
もしくは、と村上は続ける。
「小森さんへアプローチをかけるための踏み台かもしれません。友達の彼氏ってことなら、恋人がいても近づきやすいでしょうから」
「それは少々悲観的な見方だと思うが」
「中学生のときからそうなんですよ。わたしに声をかけてくるのは、そういう人たちばかりです。別にそれで小森さんを嫌いになったりはしませんが、少し疲れますね」
ふぅ、と村上はため息をついた。
「まぁでも石井くんの反応を見て、ちょっと元気になりました」
「俺はなにかしたのか?」
「ええ、まぁ。期待通りです。あなたをここに呼んだのは、こうして愚痴を聞いてもらうのが半分で、もう半分は相手がしつこかったときに追い払ってもらおうと思ってました」
「なんであれ、役に立ったなら良かった」
「ええ、大役立ちですよ。普通に断るとカドが立ちますからね。特にわたしみたいなのが言うと、相手のプライドを傷つけてしまいます」
村上は自虐的なことを言いつつ、携帯電話の画面を俺に見せた。
「なので魔除けの札を使いました」
画面に表示されているのは、昨日河川敷で俺と撮った写真だった。
「これを見せて『実は彼氏がいる』と言えば、もっとも丸く収まります」
「そうは言うがこれ……」
「大丈夫ですよ。石井くんの顔は加工して隠してあるでしょう?」
たしかに星型のスタンプがいくつか押され、俺の顔を覆い隠している。
しかし首元から同じ学校の生徒だということはわかるはずだ。
「しかしよく見ればこれは俺だとわかってしまうんじゃないか?」
「そうですね。でも、そういうギリギリのスリルが楽しいんだと思いますよ」
そう言って村上は楽しそうに笑った。
放課後。
ちょうど良い時間になったので図書室を出て、玄関に向かう。
校門のところで小森を待つためだ。
下駄箱を開けると、外靴の上に封筒が置かれていた。
宛名もなにも書かれていない、ただの細長く白いだけの封筒だ。
どこの文具店やコンビニでも売っているものだろう。
良い予感はまったくしない。
靴を履きかえ、校門に向かいながら封を切る。
中身は折りたたまれたルーズリーフが一枚と、コピー用紙にプリントアウトされた写真が何枚か入っていた。
写真にうつっているのは俺と村上である。
背景は河川敷で、遠くからズームアップして撮られたもののようだ。
俺と村上は密着しているように見える。
村上の携帯による撮影中の様子を切り取ったものらしい。
ルーズリーフの最初には「浮気をバラされたくなければ、以下の指示に従え」と利き手とは逆の手を使って書いたような、読みづらい文字で書かれていた。
再び写真に目を戻しながら、ふと気づく。
もしかして俺は村上との契約によって、自ら弱みを増やしているのではないだろうか。
なんだか冗談みたいだと思ったが、特別笑えるような話ではなかった。
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