4-3

 翌日。

 警戒していたが机の中にはガラス片も脅迫状も入っていなかった。


「このまま何事もなければ、それはそれで問題はないな」

「楽観的な考えですね」


 早朝の教室で、村上は俺の机をのぞきこむ。


「一人で改心できるなら警察はいりません。犯人はまた仕掛けてくるでしょう」

「かといって四六時中ずっと自分の席を見張っているわけにもいかない。昼休みには席をはずすし、移動教室もある」

「そうですね。でも注意しておくことは大切だと思います。現行犯を捕まえることはできなくとも、時間帯から容疑者をしぼりこめるようになりますから。今の段階ではそれさえできません」


 村上の言うとおり、ガラス片と脅迫状を仕込むことは誰にでもできた。


 俺がそれを発見したのが水曜日の朝になる。

 机の中を空にして教室を出たのは、前日のホームルームが終わってすぐのことだ。


 つまり火曜の放課後から水曜日の朝ならば、遅くまで残っていた生徒にも、朝練のために早く登校した生徒にも犯行は可能だった。


「私はガラス片が気になるわ」


 扉を開けて入ってくるなり、小森はそう言った。


「杏、おはよう」

「おはようございます。今日は早いですね」

「脅迫状の件でなにか進展があったかもしれないと思ったのよ。杏も知ってるのよね?」

「はい。ちょうど教室に居合わせたので」

「絆創膏、ありがとう。彼が迷惑をかけたみたいね」

「いえ、気にしないでください。どうせもらいものなんで」


 なぜだろう。

 仲が良さそうな二人を前にして、猛烈な居心地の悪さを感じる。


 まだ六月でさほど暑いわけではないのに汗がにじんできた。


「ガラス片が気になるというのは?」


 なんとなく二人の会話を聞いているのが恐ろしくて、俺は強引に話題を戻した。


「あなたの机に入ってたんでしょう? あまり一般的な凶器じゃないと思うわ。剃刀とか画鋲に比べると、入手するのも持ち運ぶのも不便じゃない」


 たしかにそのとおりだ。


 ガラス片は運んでいる本人も手を切る可能性があるし、学校へ持ち込むのも手間だ。

 俺に少々のケガをさせるだけなら、小森の言った凶器のほうが便利だろう。


「で、そのガラス片はどこに保管してあるの?」

「捨てた」

「あなた、凶器を捨てるとか正気? 手がかりになるかもしれないのに」

「置いておくと危ないと思ったんだ」

「せめてどんなガラス片だったかくらいは覚えていてくれると嬉しいわね」

「あれは瓶だったと思いますよ」


 苛立つ小森をなだめるように、村上が証言してくれた。


「片付けを手伝ったときに見ましたが、破片には丸みがありました。あれは窓ガラスなどを割ったのではなく、筒状に成形されたものが砕けたものだと思います」

「色はついてた? たとえばビール瓶みたいな」

「たしか青色でした」


 ガラス片の色は俺も覚えていた。

 どこか既視感のある色合いだったからだ。


「青色の瓶、か」


 想像すると、ガラス片の正体にはすぐに思い至った。

 俺はつい最近、学校で青い瓶を見かけたことがある。


 ラムネ瓶だ。


 通常学校で見かけることはまずないものだが、好んで持ち込んでいる生徒を俺は知っている。


「なにか思いついたの?」

「いや、正しい答えは見つからない」


 凶器がラムネ瓶だったからと言って、高倉が犯人だと考えるのは早計だろう。


 高倉は以前、俺と契約を結ぶときに「小森春菜に興味がない」と言っていた。


 仮にあれがウソだったとしても、ラムネ瓶は凶器に使わないだろう。

 まるで犯人が自分だと言っているようなものだ。


「しばらくは相手の出方をうかがうしかないんじゃないですか?」


 村上がそう言ったとき、ちょうど別の生徒が登校してきた。


 そのため、早朝の作戦会議はそれで終わりとなり、小森と村上は他愛のない世間話に内容を切り替えた。




「高倉は、ラムネ瓶をいつもどうしてるんだ?」

「なんだいきなり」


 昼休みの階段で、高倉は食後のラムネ瓶を手に首を傾げる。


「少し気になっただけだ。毎日持ち帰ってるのか?」

「いいや、中を洗ってロッカーにしまってある」

「持ち帰ってないのか?」

「週末には持って帰るよ。毎日だと面倒だし、週末がちょうどいいんだ。一本一本ちまちま渡すより、どーんとまとめて渡したほうがかっこいいだろ」


 そういえば、と高倉はラムネ瓶を目の高さにまで持ち上げた。


「昨日、瓶が一本なくなってたな。数え間違いかと思ったけど、家にある在庫を確認したら、やっぱり数が合わない」

「ちなみに何本買ったんだ?」

「三十本三千円を二セット」

「六十本か」

「六千円でもある。おかげで昼飯は節約メニューのメロンパンだ。安くて大きいから重宝するぜ。ちょっと飽きてきたけど」


 メロンパンも好物ではなく、状況に迫られて食べていたようだ。


「で、つまりラムネ瓶はロッカーに四本しまっておいたはずなんだ。昨日は水曜日だったろ? 三本はおれが飲んで、一本は祝杯で石井が飲んだ。けど今朝見たら三本になってた」

「不思議だな」

「だろ? おれ以外にもラムネ瓶が必要なやつがいたのか、それともビー玉が欲しかったのかねぇ」


 うーん、と高倉は腕を組んで唸っている。


 一方、俺には空き瓶の行方に心当たりがあった。

 脅迫状と一緒に入っていたガラス片はやはり割られたラムネ瓶なのだろう。


 つまり脅迫状の犯人は凶器として高倉のラムネ瓶を使ったことになる。


 そう説明するべきかと思ったが、脅迫状については公にするつもりはないため黙っておくことにした。

 解決してから話しても遅くはないだろう。


「良かったら高倉のロッカーを見せてもらえないか?」

「お、謎解きか? 別にいいぜ。変わったことなんてないと思うけどな」


 高倉がラムネ瓶を洗うのを待って、一緒に教室へ戻った。


「ほら、ここだ」


 教室の後ろには一人に一つ、ロッカーが割り振られている。

 鍵はついていないので、誰でも開けることは可能だ。


 高倉のロッカーには几帳面にラムネの瓶が整列していた。


 たしかに三本しかない。


 高倉がさっき飲んだものを横に並べて、ロッカーをしめた。


「高倉、なにしてんの?」


 背後から俺たちの間に入ってきたのは、財前だった。

 相変わらず派手な装飾品が多く、歩くたびに金属がこすれるような音がする女子だ。


「消えたラムネ瓶の行方を探してたんだよ」

「へぇ、石井くんと?」

「まぁな。でも手がかりなしだよ。どこ行ったんだろうな」

「ふぅん」


 財前は興味なさげにつぶやいて、自分のロッカーから教科書を取り出した。


「ってか、高倉ってそんなにラムネ好きなの?」

「話せば長くなるが、愛がなければ飲めないだろうな」


 この場合の愛は、多分家族愛であってラムネ愛ではないと俺は思う。


「じゃあラムネおごってあげるからさ、土曜に買い物付き合ってよ。荷物持ちが欲しいんだよね」

「悪いけど、土曜は先約がある」

「え~、まいいか。じゃあまた今度ね」


 小さく手を振って、財前が自分の席に戻って行った。


「友達か?」

「冗談言うなよ。おれの友達はお前くらいだ。財前はなんか知らんが、やけに話しかけてくるんだよ。おれたちわりと浮いてると思うんだがお構いなしだ。ま、別にどうでもいいんだけど」


 どこ行ったかなー、とつぶやく高倉はやはりラムネのことを気にしているようだった。


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