3-3
思いがけない提案ではあった。
しかし似た提案を飲み、今現在も実行中であるため、最初に比べると驚きは薄い。
村上のものを二度目だとすると、提案自体はもはや三度目のことになる。
「あんまり驚かないんだな」
「話はわかった。だがそうすることにどんな意味がある?」
「おれが周囲から浮くことができる。石井みたいにな」
「俺が浮いているというのであれば、高倉もそうじゃないのか?」
友達はいらない、と断言した高倉もまた周囲からは遠巻きにされているはずだ。
「おれはそこまで突き抜けてはいない。若干孤立しているだけだ」
「孤立は浮いているうちに入らないのか」
「全然違うな。浮くのとあぶれているのでは、文字通り天と地ほどの差がある。入学してたった数ヶ月で浮くなんてことは、よほどの不思議ちゃんか変わり者にしかたどりつけない境地だぞ」
「それは褒めているのか」
「わりと」
「何割だ?」
「そういう受け答えが、浮いてる人間っぽいよ」
褒めているつもりなのだろうがあまりそうは感じられない。
高倉の言い方に問題があるのか、俺の受け取り方に問題があるのかはわからないが、会話の難しさを感じる。
「俺と友人関係を偽装すれば、周囲から浮くと?」
「ああ。他の不思議ちゃんや変人と決定的に違うところが石井にはある。小森春菜、つまり女子の中でもかなり目立つ美人を恋人にしていることだ」
「そのことに特別な意味があるのか?」
「あるんだよ。不思議ちゃんや変人には話が通じない。だが社交性の高い、目立つ恋人がいる点で石井は話が通じる相手だ。変人は変人でも、尊ばれる変人だ」
やはりピンとこない。
「おれは孤立しても不満や後ろめたさは感じない。だけど単純に不便だ。周りから見下されるのも癪に障る。だからといって、おれの友達不要説を多くの人間に理解してもらえるとも思えない。負け犬の遠吠えだと笑われるだけだろう」
「だから〝浮く〟方法を考えた、というわけか」
「そうだ」
一人で過ごしたいと思っているが、周囲の目がそれを正当なことと認めない。
集団に参加しないだけで落伍者のように扱われる。
そういったしがらみから逃れるために、高倉の考え出した手段が周りから〝浮く〟ということなのだろう。
「言ってみれば、これは契約だな」
契約、という言葉に特別な響きを感じた。
それはきっと小森のせいだろう。
「おれたちは友人関係を偽装することでしがらみから解放される。正確には、すでに浮いている石井におれが便乗させてもらうことになるんだけどな」
「では、俺のメリットは?」
「二人組を作るときに便利だ」
「それでは弱いだろう」
「じゃあもう一つ、おれは小森について詮索しない」
「それはたしかに魅力的な条件だ」
多分それは高倉が想像している以上に俺の心を動かす条件である。
「だろうな。今の段階で石井に近づく男子はほとんど小森が目当てだと言っていい。その点おれは違う。校内で恋愛する気はサラサラない」
またもはっきりと言い切る。
見た目も口調も違うのに、どこか小森に似たところを感じた。
考えてみれば契約の内容も似ている。
小森は恋愛至上主義からの解放、高倉は集団主義からの解放を主目的として契約をもちかけてきた。
契約によって様々なものから解き放たれた俺は、いったいどこへ行けるのだろう。
そんなとりとめのない空想が頭をよぎる。
村上もなにかから解き放たれるために、俺へ契約をもちかけてきたのだろうか。
だとすれば、俺が彼女の提案に出す答えは自ずと決まってくる。
「最近はどいつもこいつも色ボケやがって、聞こえる噂は恋愛についてばかりでうんざりだ。あ、別に石井たちのことを批判してるわけじゃないぞ。むしろお前たちの秘密主義具合には敬意を表する」
うんうん、と高倉は自分の言葉で納得したようにうなずく。
「それで、おれの提案にのるか?」
「ああ、問題ない。契約を結ぼう」
ニセモノの恋人ができたと思ったら、次はニセモノの友達ができた。
冗談みたいな話だが、決して悪い気分ではない。
俺が了承すると、高倉は満足げに笑った。
「これで今日からおれたちは友達だな。仲良く二人組を作ったり、昼飯を食べたり、トイレに行こうぜ」
「それが契約なら従おう」
こうして俺は高校生になって初めての友人を契約によって得た。
あとは、村上とのことだけだ。
「じゃあ祝杯をあげよう」
高倉は小さな銀色のカバンから、瓶を二つ取り出した。
淡い水色をした特徴的な形の瓶を見ると、夏祭りを連想させる。
「ラムネか?」
「そうだ。この世でもっとも夢のある飲み物だ」
「なぜ学校に?」
「飲み物を持ち込むのは禁止されてない。運動部だって水筒にお茶やらスポーツドリンクやら入れてるだろ。それと一緒だ」
「一緒だろうか」
「ああ。炭酸飲料だけを差別するのは良くない。が、露骨に飲むといい顔はされないからな。昼食を食べる場所を選ぶ必要があるわけだ」
わざわざ保冷バッグを持ち込むあたり、高倉の情熱をうかがわせる。
「そんなにラムネが好きなのか?」
「人並みには好きだよ。ただ、日夜飲まないといけなくなった事情がある」
「なにか応募券のようなものを集めているのか?」
「集めてるのはこの瓶とビー玉だよ。小学校の工作で必要らしい。テーマはエコで、捨てられるものを使ってステキななにかを作ろうってやつだ」
「そのためにラムネを飲むのか」
「おうよ、毎日がぶ飲みだ。さすがに飽きてきたから、環境を変えて飲もうとしてるわけだな。これが不思議と家で飲むより学校で飲むほうがうまい」
どうやら高倉は年少の家族のために、ラムネを飲んでいるらしい。
「しかしエコを訴えるために、わざわざゴミを作っているのではチグハグじゃないだろうか?」
「おっしゃるとおり。だがまぁ、これくらいの矛盾は世の中にあふれてるだろ。節約本を買って家計を圧迫するみたいなもんだ。そう思うとラムネ瓶くらいはかわいいだろ。一本百円だしな。そんなわけで手伝ってくれ」
「では遠慮なく」
表面に薄い水滴のついたラムネ瓶はひんやりとしていた。
栓として機能しているビー玉を内側へと落とし込む。
炭酸が抜ける音がした。
食事に合うかどうかはともかく、ほどよい甘みと清涼感はやはり夏を思わせる。
「ところで気になってたんだが、今日は弁当なんだな。前に見かけたときはコンビニおにぎりを食べてたと思ったけど」
「ああ、今日は小森がくれたんだ」
「へぇ、恋人からの手作り弁当かよ。若干の羨ましさを感じないわけでもないかもしれない」
「どっちなんだ」
「危なかったな、石井。オレとお前が本当に友達だったら絶交してるところだぜ」
そう言って笑った高倉は、きっと面白いやつだと思う。
「ん」
放課後になってすぐ、小森が俺に向かって手を差し出した。
動きからなにかを要求していることは推測できたが、肝心の要求しているものがわからない。
他にのせるものも思いつかなかったので、財布を小森の手のひらにのせた。
「……これはなんのつもり?」
「弁当の代金を支払おうかと」
「あなたって時々バカよね。必要なら渡すときに言ってるわ。そうじゃなくてお弁当箱を返して」
「洗って返すつもりだった」
「それくらい別にいいわ」
「そうか。どうもありがとう。おいしかった」
「あっそ。じゃあ私、部活に行くから」
小森は踵を返し、数歩歩いてから思い出したように言った。
「そういえば、あなたいつもどこで食べてるの?」
「大抵は教室だが、それがどうかしたのか?」
「別に。どうでもいいけど、一緒に食べる友達がいるのかどうかが少し気になっただけ」
いない、と答えかけて思いとどまる。
今、適切な答えを返すなら別の言葉だろう。
「さっきできた」
俺の答えに小森は怪訝な顔をした。
***
「契約について、返事を出そうと思う」
水曜日の朝、登校してすぐ俺は村上にそう話しかけた。
放課後は村上の部活動があり、それ以外の時間も中々二人きりの時間を取ることができなかった。
だが話す内容からすれば、人がいない場所でするべきだ。
時計を見る。
八時よりも少し早く、いつも小森が現れる時間まではまだ余裕があった。
「聞かせてください」
「契約しよう」
俺の答えを予想していたのか、村上は特に驚いた様子ではない。
「決心した理由はなんだったんですか?」
「害を生まないと判断できるかぎり、人の提案は受けるのが正しいと思った」
元々、俺はそういう判断基準で小森の契約を受けたはずだ。
村上の提案内容が浮気だったとしても、それはニセモノでしかない。
実際に誰かを傷つけることはないはずだ。
それに、こんな契約を持ちかけてきた村上の目的も知りたい。
「あまり嬉しくはない理由ですが、まぁいいです。一応言っておきますが、小森さんには内緒にしてくださいね。そうでないと意味がないので」
「わかっている」
秘密を守ることに重圧を感じる。
だが俺が正しいと信じる判断基準に則った結論だ。
不平をこぼすべきではない。
「では、これでわたしとも契約成立ですね」
村上が微笑む。
つられて俺も笑った。
どちらかと言うと苦笑に近い。
小森と契約してからというもの、次々に契約が増え続けている。
窮屈だとは感じないが、奇妙だとは思う。
だが今もっとも強く感じているのは安堵感だ。
しばらく頭を悩ませていた事柄に対して、一応の回答を出すことができた。
村上には悟られないよう、長い息をつき自分の席につく。
教科書を机に入れようと手を入れたとき、指先に痛みが走った。
驚いて手を引くと、人差し指から血が流れる。
机の中をのぞいてみると、キラキラと光を反射した。
どうやらガラス片が入っていたらしい。
それなりの量が敷き詰められているため、どこに手を入れてもケガをするのは避けられなかっただろう。
「どうかしたんですか?」
「ガラス片が入ってた」
「はい?」
村上の声に答えつつ、俺は再び机の中に手を入れた。
ガラス片の他に、折りたたまれたルーズリーフが見えたのだ。
再び手を切らないよう慎重に指先を動かし、紙を回収する。
四つ折りになったそれを広げると、赤いマジックでこう書かれていた。
『小森春菜と別れろ』
はたして俺の行動は正しかったのだろうか。
乱雑に書かれた文字を見たとき、俺が気になったのはそんな確認しようもないことだった。
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