第二話 バレる
2-1
「では始めましょうか」
六月四日の放課後。
俺は小森に呼び出されていた。
場所は校舎四階の生物講義室。
人がいないことが多く、実験室と違って施錠がされていない。
小森と今後の方針について話し合うには適した場所だった。
「今日一日でなにか変わったことはある?」
「今朝から五回、君との関係について尋ねられた。内訳は男子が三人、女子が二人だ」
女子二人というのは、昼休みに尋ねてきた村上と財前のことだ。
男子三人は他の時間帯、たとえば体育の着替え中などにさりげなく訊いてきた。
「順調に広まってるみたいね。ちなみにどんなことを訊かれて、どんな風に答えたのか教えてくれる?」
「交際の事実確認が主だ。他には交際に至った経緯と君の体型についての質問もあったかな」
「あー……なんとなく想像がつくわ。体型について訊いたのって男子でしょ」
「ああ。具体的には胸のサイズを教えてくれと言われた」
小森の特徴について人が話すとき、綺麗だという評判と同じくらい聞こえたのが彼女の胸囲についてだ。
そう言われると、同級生と比べてかなり目立つことは事実だと感じる。
「最悪」
小森は顔をしかめ、身体を隠すように背を丸めた。
「それ、なにか答えたの?」
「知らないことは答えられない。そもそも質問も胸囲についてなのか、バストサイズについてなのか判然としなかった」
「……あなた、変よね」
「そんなことはないだろう」
ニセの恋人を作ろうとする人物に比べれば、よほど普通だと自覚している。
「ま、その調子なら余計な質問に答える心配はなさそうね。この調子でやっていきましょう。私もそれとなくあなたとの仲を公言していくから、そっちも訊かれたら素直に認めて」
「わかった。俺がやるのはそれだけでいいのか?」
「とりあえずはね。でも、一応他にも簡単にできそうなことはやっておきましょうか」
たとえば、と小森は思案するように視線を宙に向けた。
「登下校かしら。今は私もあなたも別々だけど、やっぱり付き合っている男女は待ち合わせをしたほうが自然だと思うの」
小森はなにやら自信ありげだ。
男女交際には一家言あるらしい。
「負担を考えるとまずはどちらか一方がいいわね。あなたは何時に学校へ来ているの?」
「八時前だ」
「早いのね。それなら他の生徒はまだ登校していないんじゃないの?」
「いや、いつも二番目だ。村上よりも早く登校できたことはない」
部活動に朝練のある生徒はもっと早い時間に来ているのだろうが、教室にはいない。
だから登校したばかりの校舎はひっそりとしている。
そんな空気の中、同じクラス委員の村上はいつも教室で本を読んでいた。
「杏はたしかに早そうだわ」
杏、とはたしか村上の下の名前だったはずだ。
二人は仲がいいのだろう。
「小森はいつも、始業の十五分前くらいだな」
「そうね。私がそっちに合わせてもいいんだけど、登校している生徒が少ないんだったら効果は薄そうだわ。あなたは登校の時間を遅らせることってできる?」
「可能ではある。だがクラス委員の用事がある日も多いから、できるだけ早めの登校を心がけたい」
一時間目の教科によっては課題の収集やノートの返却を手伝う場合もある。
村上が早くに登校しているのはそういう理由もあるのだろう。
「そういえばあなたもクラス委員だったわね。参考までにどうしてクラス委員になったのか訊いていい?」
「誰も立候補しない役職を受け持とうと、最初から決めていた」
入学して最初にあったホームルームで委員を決めることになった。
そのさい、男子のクラス委員には誰も手を挙げなかった。
だから立候補した。
それは正しい選択だと思う。
俺の答えに小森は呆れたようにかぶりを振った。
「なんというか、真似できない理由だわ」
「女子のクラス委員はすでに決まっている。真似する必要はない」
「そういう意味じゃないわよ。ま、いいわ。それなら下校の時間を合わせましょうか。あなたはなにか部活には所属してるの?」
「帰宅部だ」
「意外でもないわね。なら私の部活が終わるまで待っていてくれる?」
「別に構わない」
放課後に予定があるわけじゃない。
図書室で自習でもしていればすぐに時間は経つだろう。
「そういえば小森は何部なんだ?」
「杏と同じよ」
「村上が部活に入っていることは知っているが、どんな部活なのかまでは知らない」
クラス委員の用事で話すことはあるが、お互いについて話すことはあまりなかった。
「私と杏は中学からずっと演劇部よ」
「今日の部活は休みなのか?」
放課後になってもう十五分は経っている。
活動時間は知らないが、そろそろ始まっていてもおかしくはない。
「いいえ。でも遅れるって連絡してあるから大丈夫。じゃあ早速今日から一緒に下校しましょうか。待ち合わせは校門でいい?」
「問題ない」
校門で人を待っていれば、下校する生徒の目にとまる。
わかりやすいアピールになるだろう。
「じゃあ一つ決まりね。あなたからはなにか提案はないの?」
「そうだな……」
周囲に恋人だと思わせる方法か。
「一緒に昼食を取る、というのはどうだろう」
付き合ったばかりの男女がわかりやすくアピールするならば、教室で一緒に食事を取ればいい。
近頃よく見る光景だ。
「悪くはないけれど、抵抗があるわ」
「なぜだ」
「お昼は演劇部の部室で食べるのよ。彼氏ができたからといって女子同士の付き合いをないがしろにするのは良くないわ」
「それはそのとおりだな」
「それに、親しくない相手とごはんを食べるのってなんか喉が詰まりそうじゃない? あなたはそういうの感じないの?」
「考えたこともない。一人だろうと誰かと一緒だろうと、それで味や栄養素が変わるわけじゃないだろう」
「あなた、どんな飲食店でも一人で入れるタイプよね」
げんなりした様子で小森が言った。
しかし小森に抵抗があるならば無理に自分の提案を通すつもりはない。
それはきっと正しくないことだ。
「では却下にしよう」
「そうね。とりあえずは下校だけにして、あとは必要に応じて臨機応変に対処しましょう」
臨機応変、という言葉は苦手だったがともかく俺はうなずいた。
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