第86話 遠足は晴天で?

「今日は絶好の遠足日和だね」

「遠足?」

「お菓子とお弁当を持って、んー、お花見にいくこと」

「普通に食堂で食え」


最高に晴れた青空に似つかわしくない、陰鬱なセリフが抜かりなく返ってくる。

何も言わず私に干し肉を差し出してくれるユーゴさんは優しいが、それはなんだか違う。丁重にお断りした。


私に「遠足」とは何かを聞いてくれた可愛い義弟であるイアンに比べると、ジゼルさんの回答は雲泥の差。

現実的だけど、気分を少しでも盛り上げようというこちらの意図は汲んでくれない。


まあ現場指揮官だけある。



「薔薇は見たくないな」

「今日見そうだね…」



可愛い義弟の方からも現実的な回答が返ってきた。

やっぱり今日は気分を上げて「よし!」とはいかない。


目の前の青空映え抜群の王城、天守閣のようなたたずまいの和風の城を見上げる。


全力で王都を楽しんでいる姿を見かけたし、十中八九、王城での戦いにメアリーもいるだろう。

どんなにこじれていても親子で戦うには、躊躇いがあるかと思って、イアンに問いかけてみる。



「イアンは、その」

「あの女を攻撃することに迷いはありません」



前に見かけた巨大な火の玉を思い出して、愚問だったと反省する。

何があったかは知らないが、イアンは私よりも全力でメアリーを排除しようとしてたわ。


ユーゴさんがジゼルさんたちケルベロスに精神干渉を防ぐネックレスのようなものを渡している。

魔法に強い何とかっていう素材にユーゴさんが魔方陣を書き加えて、イアンが魔力を込めたものらしい。

特製のメアリー対策の装備品だ。



「軽減するだけで防げませんから、あとは自分たちの気持ちを強く持ってください」

「俺たちの姐さんはジゼル隊長だけで十分ですからな」



ケルベロスはジゼルさんのピンヒールに踏まれても、わはははと楽しそうに笑っている。

どことなく全滅フラグたってるけど、大丈夫かな。

そして、踏まれて楽しそうとか、どエムか。



「ルイスは、魔法の干渉攻撃は大丈夫そうだね」

「私に魔法の類は効かない。具現・非具現、どちらも弾ける」



最初からその対策すら必要なしとされているウェルザンディの方を見るが、新規加入のルイスも含めて、たぶん大丈夫そうだ。

ケルベロスの装備完了を見届けてから、出発することとした。



「さてと、いざ!」



私たちが指定された突入口に向かうが、朝早いせいもあるのか人っ子一人いない。

逆に朝早いこの時間帯なら食堂の人とかは貴人たちの食事作りに奔走していてもおかしくないのに、不気味だ。



「ジゼルさん」

「あぁ、今日だと読まれているな。迎撃されると思って突入するぞ」

「戻る?」

「無理だ。もう城の反対のパーティにそれを伝える手段がない」



思わず万能なユーゴさんを見やるが、首を振る。


王城という場所柄、通信用の魔道具は使えないらしい。

ユーゴさんとイアンを離して配置していれば精霊とお話という反則技が使えたのに、配置ミスだ。



「ルイス、構えて」

「いいよ」



前衛がこんなにいるのに一人として盾役がいないこのバランス悪さ、組み合わせ間違えすぎでしょう。

ため息をついてからイアンを見やるとすでに私の指示待ちだった。



「いくよッ!」



私がドアを蹴破ると同時にイアンのファイアが室内に飛び込み、部屋を照らす。

ファイアのすぐあとに私とルイスが飛び込むが、部屋には誰も


料理どころにも関わらず火もついていなければ、人もいない。

ただ私たちが飛び込んだ反動で、天井から釣られた食材が寂しそうに揺れている。



「カコ、敵居る?」

「いない、部屋は空っぽだ」



構えを解かないままで、ルイスが私に問いかける。



「そう、だから彼らは私に触れられない。物理的に存在しないから」

「イアン!入るな、幻術だ」



私がまったく魔法を認知しないのも困る、幻術の術中にいても幻術があることすら認識できない。

ルイスが不思議そうに虚空を手で触ろうとしている様子を見て、ようやくわかった。



「カコさん、ルイスさん、幻術士本人がいませんか」



ユーゴさんの言葉に従って、あたりを見渡す。

幻術士本人とはおそらくこの間、メアリーにお仕置きされていたパンツ丸出し幼女のことだろう。

部屋には敵どころか、使用人の一人もいない。



「本人はとりあえずいない」

「部屋に光るものはありませんか」

「それはある」



見渡すまでもなく、賄いテーブルの上にこれでもか!と存在を主張する輝くパンケーキがあった。この仕掛けが誰の差し金かなんとなく想像ついて、無言でそれを刀で斬った。

パンケーキとは思えない甲高い音を立てて、テーブルごとパンケーキが割れた。



「いなくなった」

「幻術消えたみたいだよ」



食堂に続くドアから嫌なうなり声が聞こえる。

やっぱり幻術だけで済むはずがないよね。


まだ入城しただけなのに、王城は大歓迎してくれている。



「イアン、ルイス、次いける?」

「いつでも」

「ええ」



一応現場指揮官であるジゼルさんに扉を開ける許可を得る前に、次の扉が勝手に開いた。



「ルイス!」



扉の手前にいたルイスに獣型の魔物がとびかかるが、一瞬で塵になった。

レイピアが早すぎて、敵がなんだったのかすら掌握でステータスを見ることもできなかった。



「問題ない」



本当に何も問題ないルイスが平然と扉を背にして立っている。

強者って怖い。

ユーゴさんが魔物の落とした3つの魔石を鑑定する。



「これは、どれもウォーウルフですね。王都近辺で出る魔物ではありませんが、さほど強い魔物ではありません」

「魔物使いでもいるのか」



ユーゴさんとジゼルさんが次の敵の検討を付けている間に、ルイスが扉をもう一度開けて、向こうを普通にのぞいている。



「次、行く?なにもいない」

「姉さん、近くに魔族がいません」



イアンが困ったように言う。


王城の守護結解に入ってすぐにイアンは魔族の位置を特定するために精霊に呼び掛けていた。

魔力の塊である精霊が魔力の高い魔族を見逃すことはない。



「え?王城に魔族いないの?」




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