第81話 冒険者と合流したい
高笑いの声が段々小さくなる。
それに合わせて薔薇の香りが薄れて、ハーブの混じったイアンの落ち着く香りがしてきた。
「イアン、ありがとう。もう誘惑止めても大丈夫だよ」
「姉さん…。はい、話に聞いている冒険者ギルド跡地は王都の反対側にあります」
「上の方は焼かれて落ちたって噂で聞いたけどね。見張られてないといいね」
イアンが躊躇いがちに伸ばしてきたイアンの手を握るとやや歩く速度が上がる。
本当にメアリーが嫌いらしい。
実親をこれだけ嫌うのはなにかありそうだが、この戦い前に根掘り葉掘り聞くようなことでもない。
気になるけど、今度だ。今度にしよう。
頭を振って邪念を払うと、一軒の屋敷が目に付いた。
見覚えのある家紋だ。
「イアン、この家がテミスだ」
レイピアに刻まれた花模様を思い出す。
王家に忠義を捧げたヒューマンとして突出した戦力を保持する一族の屋敷は静まり返っていた。
「姉さん、おかしい。窓が割られている」
一対、なんの部屋かわからないが花柄のカーテンがかかる部屋以外の窓ガラスが全て割れている。
割れたガラスを色塗りしている赤黒い染料がなにかなんて、彼らの噂とこの屋敷の状態を見たら直ぐに想像つく。
でも族に入られて負けるような一族ではない。
「っあなたたちは」
聞き覚えのある女性の声に振り返ると小さなお包みを抱えた人がいた。
離宮でテミスの四男ルネを託した女性だ。
「ルイスさまを、どうかお止めください」
は?とか、どういうこと?とか、そう言った反応をする前にご本人様の登場だった。
髪の毛や服にベッタリと付いている血は誰ものかなんて聞きたくもないぐらい凄惨な姿をしている。
ダラりと垂れ下がっている左腕を見ればルイスも怪我をしているのだろう。
それでも足取りに迷いはない。
「あぁ。いいところに…。カコ。私とルネを壊してほしい」
スプラッタなイケメンがまるで希望を見つけたかのように私に歩み寄ってくる。
「さあ、剣を抜いて。テミス家はおかしい。壊れる必要があるとずっと思ってた」
「意味わかんないんだけど」
「意味なんてない」
ルイスがレイピアを持ち直したのを見て、私も片手剣を鞘から抜いた。
イアンがルネを抱いた侍女の前に立ち、小さな声で詠唱をはじめた。
せっかくメアリーと戦わずに逃げ切ったのにそれよりヤバいやつの前にやってきてしまった。
しかもどう見ても今のルイスは正気ではない。
「スーラがいないならテミス家は壊れるしかない」
誰!?
どっかで聞いた名前だけど、一々名前なんて覚えきれていない。
そんな私の気持ちを読んだように後ろから女性の声が教えてくれた。
「昨夜、ルイス様の妹君スーラ様がお亡くなりになりました」
「テミスで唯一、まともなのはスーラだったのに。スーラが願うから、ずっと…」
なに?平たく言うと最愛の妹スーラが亡くなったから全部壊してしまえ状態なの?
どんだけシスコンよ。
ルイスが尋常でない強さだからより手に負えない感じになっている。
いや、それは、まあ、ルイスでこれなら妹君はさぞ美人だったでしょうけど。
「そう。もっと早くカコに会いたかった」
イケメンにそんなこと言われても全く甘さとか、トキメキがない。
あるのは命の危機と張りつめた緊張感、一瞬でも気を抜いたら殺されそう。
「テミスも、この国も、おかしくて、まともでない。それなら壊れるべきだ」
謎のルイス理論を聞いていたら、ルイスがレイピア片手に踏み込んできた。
私も背後にイアン、そしてその後ろに侍女とルネがいるからかわせずそのまま前に出た。
残像が残るほどの速度でレイピアが振るわれる。
よくこんな細い剣が折れないもんだと感心する。
私の片手剣をこんなしならせて振るったらへし折れるわ。
なんとか弾いたり、いなしたり、直撃だけは避け切った。
次ここに来るかも!という可能性を読めるようになってきたから私も練度が上がってるのか、ルイスを見るのが二度目だから慣れたのか。
それでもメテオストライクを撃つ余裕すらない。
ただ防戦するのが精一杯だ。
「へえ、それでテミスは壊せたの?」
「あとは、私とルネだけだ」
「あと一歩だね」
「そう、私を壊せるのは君ぐらい。頼りにしている」
「どんな頼り方だ」
できればお話して止めてもらいたい。
侍女の言う通りルイスを止められるならそれが一番いいんだけど、これどうやってスイッチ切るの?
無表情だったルイスが穏やかに微笑む。
鳥肌が立つぐらい綺麗な微笑みを向けられているのに、全く見惚れることができない。
そんな失態をしたらレイピアで葬られる。
今のうちに考えろ。
ルイスはなんて言ってた。
何を言えばこの戦いを止めてくれる。
ルイスが使えるのは片腕しかないのに2人を庇いながらは戦いきれない。
今度、フランクさんに戦い方のコツを聞かないと…じゃなくて、そうだ。
「ルイス」
「なに?」
「この国はまだ壊れてない。それでいいの?」
テミス家と国がおかしい。
おかしいものを壊したい。
テミス家を殺せる人、私を待っていた。
ルイスの思考がこれなら、もう1つのおかしいもの。
国を壊さなくていいのかを問えばいい。
「この国はまだ壊れてない。これから私たちは壊しに行くんだけど、成功する確率は低い。一緒に行かない?」
ルイスの猛攻が止まった。
「行く」
先ほどまでの殺気が嘘のように霧散した。
何事も無かったようにレイピアを振ってレイピアの血をふるい落とすと、鞘にしまった。
新たな目的を見つけたらしいルイスはまた無表情だ。
自分と実の甥を殺すのに微笑むことができる人間ってどんなだよ。
歪みまくりで怖いわ。
「じゃあ、支度してきて。腕も手当しなよ。血を垂れ流したままのその格好目立つから」
「わかった」
それだけ言うとルイスは破損したドアを跨いで家に戻って行った。
深いため息をついて、私も傷だらけになった片手剣をしまった。
この片手剣、次に使ったら折れそうだ。
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