第77話 幻惑に……かかれない

夜になり、街の防衛のために城門が閉じてしまい外に出れなくなった。この魔物が活発化している状態、かつ攻撃できない今では当然のことだが、バラの香りが蔓延するこの街に嫌な気配がする。

私の場合、残念なことに全く魔力は感知しないから、ただの直感だ。


もしかしたらメアリーの誘惑圏内に入ったかもしれないとイアンが言う。とはいえ、私たちは2人ともメアリー対策でこちらに差し向けられている。

どっちも誘惑は効かないが、あえて誘惑が効かないことを喧伝して歩くのも危険である。

ぼんやりした街人に合わせて、ぼんやりと宿を取って早々に部屋に引きこもった。食べ物は持ち込んでいるもののみ、水もイアンが精霊で呼んだ水だけにしている。



「さっさと寝て、明日に備えよう」

「ええ、そうですね。すぐに出ましょう」

「一応、今日は交代で寝ようか」

「寝ているときに襲撃されるのは困りますからね」



私たちが危惧しているのは人間による奇襲だ。魔物と異なり、倒してお終いというわけにはいかないから警戒している。


以前、ギルドを脱走するときに冒険者を誘惑で操っていた。メアリーの手数で最も怖いのがアレだ。ジャックみたいな猛者がホイホイいるわけではないが、反対に子どもを操られても後味悪い。



「私が先に見張りをするよ。イアン、MP回復しないと困るでしょ?」

「ありがとうございます。お言葉に甘えて、おやすみなさい」

「うん、おやすみ」



子どもにするようにイアンの頭を撫でるとすぐにイアンは布団に包まった。


畳の部屋は懐かしい井草の匂いがして、バラの香りから逃げられるからいい。バラの香りも嫌いではないが、メアリーの代名詞、彼女が敵か味方か不透明な間はできるだけ近付きたくない。


ぼーっと畳の目を数えて、飽きたら窓の外を見る。遠くの星が瞬いている。今日は月が見えないから星がよく見える。街中の宿といえど、大都会の煌々とした明かりに比べたら暗い。

星に飽きたら畳を数える。それを繰り返して、深夜イアンと交代し、朝になった。



「普通に朝になったよ」

「何もないに越したことはありませんよ」

「いやまあ、そうなんだけど」



素泊まりでお願いしていたので、宿の人とも特に接触なくそのまま出発。


門のところで、イアンが少し変わったお願いをしてきたが何事もなく通過した。



「私は目を閉じておきますので、姉さん。手を引いて歩いてください」



可愛い弟が何かに目覚めたのかと不安になったが、メアリーの魔力の満ちた街だ。私が感じ取れない何かがあってもおかしくない。

特に何も聴き出さずにそのまま通過することにした。



「あ、おーい、グート。あ、お土産忘れた」

「ご飯もなしかよおお!??」



街に入る前に別行動になっていた旅の連れは草原に寝そべって待ってくれていた。


後ろからくるパーティはこの街の危険性に気がついて入らないことを祈っている。なんでもかんでも私たちができると思わないでほしい。

そもそもパーティ特性を生かした突破なのだから、私たちの後に正規パーティがついてきて大丈夫なわけないでしょ。


そんな言い訳を頭で考えながら王都に向けて歩き出した。


街道も整備されて、煉瓦の道になってきている。その整備された煉瓦道が、砂利よりむしろ歩きにくく感じるのはアスファルトになれた私が悪いのかもしれない。



王都はあと少し。

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