第64話 勘違いの連鎖
一瞬の沈黙のあとメアリーさんが爆笑しだした。そう、高笑いとかお上品に笑うとかではなく、大爆笑だ。
簀巻きなのにじたばたもがいて足を地面に叩きつけながら笑ってる。美人台無しなぐらいゲタゲタひいひい笑ってる様子にちょっと引いた。イアンを見たら私以上にドン引きしていた。頭が痛い。
メアリー、敬称を付けるのが馬鹿らしくなったからメアリーとする。メアリーは笑いながら「イアンこと、エラルドの母親してるメアリーよ」と返事をくれた。
実際にはもっと「あはは」「ひひひ」「くっ」とか笑いが入っていたが、省いた。
フランクさんからの汁物をすすりながら、お話することにした。なんとなくだが拷問しなくてもこの人、ペラペラ喋りそう。
「このまとわりつく魔力はエラルドのものね、わざわざ上塗りしてくれちゃって。カコの魔法の味を確かめたかったのに残念だわ」
そう思った通り、何も言ってないのに喋りだした。そしてなにか盛大な勘違いをされている。私の技に魔力なんて一切ない。
でも名前が魔法使い好みの名前、なにか勘違いを呼んだらしい。とはいえ、一応敵。バラす必要も無いからそのまま沈黙することにした。
「メアリー、カコに手を出すなら容赦しない。同族殺しと言われても」
「なによ、そんなに怒らなくてもいいじゃない。まあでもいいわ。昔のなんにも執着しないお人形さんよりはずっといい。
眷属にしちゃいなさいよ、いくらデミとはいえヒューマン、この子は先に死ぬわよ」
私には想像もつかない時間を過ごしてきている親子の会話は理解が追いつかない。ついでに知識も足りない、吸血鬼の眷属にしたらヒューマンは長生きするんですか?
「それでいい。見送って私も塵になる」
「やーね、あなた誰に似たのかしら」
心中宣言!?しかもそれを聞いてサラッと流してしまうお母さんって何事!?自分の息子でしょ!止めてよ!
なんかこめかみあたりがズキズキしてきた気がする。
私の頭にイアンが手を置くと痛みが引いた。メアリーに引いているから頭が痛いのかと思ってたが、違うみたいだ。
「魔力が込められてなくてもメアリーの誘惑は強い。すみません、気が付きませんでした。今後はメアリーになんか負けません」
いつの日かに嗅いだイアンのいい香りが香ってきた。
私を実験にして誘惑、魅力合戦しないでもらっていいですかね。なんで頭が痛いのかと思ったら、現状と匂いのせいだ。メアリーの匂いはちょっとキツすぎる。なんだっけ、そうだ、香害だ。
ネタがわかれば急に痛みが引いていくから不思議だ。もちろんイアンの努力もあるが、それ以上に、理性がそういうものだと納得すると楽になる。
ああ、豚汁美味しい。きっと今の汁物に入ってる肉は豚じゃなくて教会によって浄化されたハッピーブーブーだろうけど。
豚汁の器から横目でイアンを見ると、表現できないほどの妖艶さ。誘惑を惜しみなくしているみたいだ。男なのに見てるとクラっとするほどの妖艶さってなんなんですかね。
「いや、フェロモン出してたら色んな人がほいほいされるから。特に…あのお方が」
「あぁ…」
「メアリーの前でだけにしよう」
「そうします」
聖女様がうちにいるのは公然の秘密なので、ちょっとだけ濁した。
「それに、姉さんねえ」
「なんですか?」
「ふーん、まあ、確かに。姉弟なら何があっても一緒に居られるわ。いいんじゃない」
「弟がイケメン過ぎて、あちこちから恨まれてる気がします」
「あはは!大丈夫よ、私を一撃で落とすあなたをそこら辺のバカがどうこうできるわけないわ」
私は強いもの!と恐らくドヤ顔をしているメアリーを半眼で見る。ガラガラと崩れていく美人で妖艶な魔王幹部の像が泣いている。
そういえばこの人が魔法使い誘拐の主犯だと聞いている。
「そういえば、魔法使い拐ってたのはイアン探してたんです?」
「違うわ。命令よ、恐らくね、貴女を探してるんだと思うわ」
理解が全く追いつかなかった。なんで私を探すのに魔法使いを拐うんだろう?パーティメンバーが危機になったら助けに来るだろう的な?それするぐらいなら本体狙った方が良くない?それにパーティ組んでるとは限らない。
色々な疑問がぐるぐる巡っていたが、すぐに答えは提供された。
「先兵のドラゴンがメテオストライク《隕石》という火と土の最高位の魔法で吹き飛ばされたからよ。
通常の魔法使いなら、手持ちのMPの問題でせいぜい2.3発ぐらい。それも、イアンや私クラスの魔族がよ
それなのに5発もメテオストライク《隕石》を撃つ冒険者がいると聞いてゾクゾクしたわ」
クリスのせいだ…。絶対あいつが報告したに違いない。間違った感じで。なに?もしかして全国の魔法使いが狙われたのはそんな残念な感じな勘違いだったってこと。
「受けてみた感想は?」
「最高に面白いわ。随分とエコな魔法なのね」
「褒めてもらえて光栄です」
「捜査にかからないと思ったら、魔剣士。どっちつかずになりがちで不遇職とも言われるのに、このレベルまで昇華したのね。私、あなたが男なら惚れてるわ」
勘違いが勘違いを呼んでる。なんも言えない。
魔力なんてありませんとか、今更言えない。最高に可愛い息子を預けてくれてるメアリーにトドメを刺せない。
実は魔力なんかなくて、単純物理の攻撃であなたは落とされたんですなんて。この世界で魔法は高貴で、知識の象徴。それに負けたから彼女は納得してる。まさか物理に負けてるとは思ってない。
「いや、私はイアン《パーティメンバー》がいればいいです。ついでに安全でスローライフできるお家希望します」
緩い笑みを口元に浮かべて、メアリーは言葉をくれた。
「あなたの願いが叶うこと、私の願いの次に祈ってあげるわ」
「ありがとうございます」
「その方が、エラルドも長生きしそうだものね」
「心中は止めてくださいよ…」
「いいのいいの。どう生きるかが大切、楽しくないなら千年以上も、馬鹿みたいじゃない。吸血鬼はそうやって数を減らしてきたのだから、それでいいのよ。生きるよりも幸福であることが大切なのよ」
「そうですか」
「そうよ。それにしてもあなた、凄いわね。エラルドの誘惑、全開でしょう?よほど魔力耐性高いのね、私じゃ戦っても無理ね」
よくわからなくて、いつも通りイアンを見やるとイアンが補足をしてくれた。メアリーの攻撃は精神的なもの、イアンのように火や水といった物質に変化させずに直接の魔力らしい。目に見えない魔力そのもので人間の精神に関与してくる。つまり、魔力を感知できない私には全く効かない。
確かに、私からしたらすごく相性がいいのだろう。
「ついでに教えてくださいよ。コダマの目的は?」
「クリスね、コダマのことを話してたの。コダマは魔王の腹心アイリスの命令に従ってるだけ。
あの子自身は、そう、貴女と一緒。安全で豊かな暮らしがしたいそうよ」
「魔王の命令は?」
「魔族が餓死しない肥沃な土地」
これまで入ってきたいた情報と同じだ。追加で知れたのはコダマの個人的な願いだけ。
「次の動きは?」
「あなたたちと、戦いたいそうよ?魔族が王都にたくさん来てるわ。誰が来てるかは、そうね、ナーイショ!ミステリアスさがないと、女は魅力が減るのよ」
ミステリアスなのは魔王軍の動きであってメアリー自身じゃない…。そんなツッコミを入れられることもなく、ジゼルさんが連れてきた元国軍軍人の見張りと交代することになった。
ちょっとぬるくなったアップルパイまで食べ終えられた。今ならまだ屋台もでてるだろう。
「あら、行っちゃうのね。寂しくなるわ。またね、私の愛おしのライバルたち」
チュッと音だけ出して、たぶん投げキッス、を寄越してくれた。メアリーの地下牢から出て大きく息をついた。清涼な空気って大事だ。
さて、まだ食べたりない。私はジャックがくれた串をもう一本食べたい。
「串…」
「いいですよ、行きましょう。
ギルドのホールにいたジゼルさんにメアリーの誘惑の危険性だけ告げて、私たちはお祭り騒ぎの街に繰り出した。
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