第60話 テミス兄弟

眼下に見下ろす王都は静まり返っている。魔王の復活が言われて、この街に使者のコダマがきてから夜中は外出禁止になった。今の王都で夜中の街を出歩けるのはお産に立ち会う産婆と軍人だけだ。

真っ白な石で作られた王都は夜でも月明かりだけで淡く輝いてほのかに明るい。テミス家のある場所は城の真横、王の傍にいる自分らの仕事を家も体現しているようだ。それがいいか悪いかは私では判断がつかない。


この家はおかしい。ルイスはずっとそう思ってきていた。だからルイスは出来損ないと言われる。


親からの評価は、剣の才能ならルイス、テミス家の才能はジェルマらしい。「ジェルマに剣の才能があれば」もしくは「ルイスにテミス家の思想が理解できれば」と父親のリルはよく言う。

姉のマールは剣の才能がない、妹のスーラは病気がちだ。剣が強くない子を次世代に残す必要はない、いくら剣が強くても病気になってしまってはテミス家が断絶してしまう。


そういう理由からジェルマの兄弟たちは生かされている。本来ならジェルマとマールの子どもであるルネが生まれた段階で、他の兄弟ルイス・スーラ・ライルは殺されてるはずだった。でも兄妹を処分する前に、伝統であるはずの親殺しの世代交代ができていない。

ジェルマが弱いからだ。だからルイスより弱いライルも生かされている。それに順当にいけばライルの方がジェルマより強くなると見込んでいる。



「それもこれもおかしい」



おかしいものは壊れなきゃいけないと思う。


兄妹で夫婦になるのも生物的にダメだとルイスだって知ってる。兄妹を殺していくのも、親を殺す風習もおかしい。おかしいのに壊れてないテミスはいるだけで害がある。国もおかしい。自国で最も尊ぶヒューマンを殺して利益を受け入れる国がおかしくなくて、なにがおかしいのかわからない。

だから国の手足として働いている自分もおかしいのだろう。だから壊れなきゃいけない。だから自分を壊してくれる強い人をずっと探していた。


そしてこの間、見つけた。


自分よりずっと才能ある一人の女の子を見つけた。あの子ならルイス・テミスを壊してくれる。その面影を探すようにバルコニーから街を見下ろす。見えるはずがないのだけど。

普通の剣士なら傷付けることすらできない才能あるテミスの剣士の腕を傷付けた冒険者としてテミス家としても狙っている。でも、それで彼女はどんどん強くなるはずだ。自分たちはそうやって強くなってきたのだから。


突き刺さった剣の傷口があった場所に触れる。自分を殺すかもしれない相手に会いたいと思うのはきっとおかしいだろう。でも早く強くなった彼女に会いたい。そして早くここから解放して欲しい。


自室のドアが開く気配がして振り返ると、既に部屋を通過してバルコニーに妹がやってきているところだった。



「ルイス、夜は冷えるから中に入った方がいいわ」

「スーラこそ。また風邪ひくよ」

「ねえ」



体調を崩しがちなスーラの顔は月明かりでより蒼白く見える。自分とそっくりで、親ともそっくりで、兄とも姉ともそっくりな一つ下の妹の次の言葉を待った。



「ライルが死んだわ」

「ジェルマに?」

「いえ、戦で。思ってもみなかったわ、まさか、私たちが殺されるなんて」

「そう、ライルは神のもとに行ったか」



ライルに下されていた聖女の護衛とカコの抹殺、この二つの任務を考えたらすぐにわかる。ライルはカコに壊された。テミス自分たちを壊してくれる人は順当に強くなってきてくれている。


大粒の涙が、宝石のような輝きを持って地面に落ちていく。戦の中でみる涙は汚いと思うけど、スーラは特別だ。

あんなに冷たい弟のために泣けるスーラだけはテミスにいるのにおかしくない。弟のライルは決してスーラに優しくなかった、でも弟が死んでしまって悲しいと思う妹はまともだと思う。

きっとスーラは自分のことを殴ったり殺しにくるジェルマやマール、両親が亡くなっても泣いてくれる。だから涙も綺麗だ。



「ルイス、ルイスはどこにもいかない?」

「スーラが望むなら」

「私もルイスについていきたいわ」

「体調がよくなったら考えよう」



それは難しいのだとわかってもそういった。スーラの体調がよくなる可能性があるのなら、両親にマールは殺されているし、ルネは生まれてきてない。

ジェルマはヒューマンの限界レベル99まで行ったのに、私より弱い。でも私がジェルマを殺したいと思わないから、ルイスがテミス家として変だからジェルマが生かされている。


でも私がジェルマを殺さないのは単にスーラが嫌がるから、それに尽きる。スーラが止めないなら、私はスーラを道具扱いするジェルマをとっくに殺している。

目の前で泣き続けるスーラを連れて部屋に入った。夜風にあたっていたらスーラがまた風邪をひいてしまう。



「ルイス、今日は寝るまで手を握っててくれる?」

「スーラが望む間、ずっとそうしてる」



スーラがいれば、スーラが望むようにしていれば私もおかしくなんてないと、そういう幻想を抱ける。目を赤く腫らして眠るスーラは見た目は他の兄弟とそっくりなのに、たった一人の人だと大切に思える。


私はライルが死んだと聞いて何も思わない。両親はジェルマが早く殺した方がいいと思っている、ライルが早くジェルマを殺してしまえとも思っていた。きっとスーラは悲しむけど、涙を流して私に縋って、またスーラに戻ってくれる。


でもスーラが死んだら、きっと何かが終わってしまう。



「ルイスは特別なのね」



違う、スーラが望むからそうしてるだけで、私は他の兄弟と同じおかしいテミスの人間だ。眠り始めたスーラにその訂正をできず、ただ手を握った。

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