第59話 束の間の休息

目が覚めると見慣れないが知っている部屋だった。頭にかかる気だるい靄は熱のあとに訪れる気持ちの悪いやつだ。

気合入れ過ぎたか。地獄の業火を呼び出してギルドに戻るまでは自分で動けると見込んでいたのだが、思っていたよりも身体は疲れていたらしい。


部屋を見渡すと本の配置、書きこんだ魔法陣まですべて自分に覚えがある配置だ。


なんで放棄したはずの自分の家の部屋で寝てるのか。看病してくれたのだろう人物に思い当たるとため息をついた。二人とも疑問も持たずに私の看病を引き受けたに違いない。


カコさんもイアンさんも、実力があるのに人の支配下から抜け出せない気質だ。

確かに結界も浄化能力もなく街から出て森や荒れ地に住むことは不可能ではあるが、二人なら正体を隠して山岳地帯を抜けて異国に行くことも可能だろうに。謙虚ともいうが、人から拒否されるのを極端に怖がる。



「そんな子たちに英雄なんて役目、押し付けたくはないのですが」



最近のギルドからは私が若干疎まれている気配はある。きっと口うるさいことを言いすぎたのだろう。

私も安全な内勤としてギルドに所属しているのだが、それを反故されている。だからお互い様だと思うが、思い通りにならない駒は他よりも苛立つのだろう。



「あ、ユーゴさん起きてる」

「カコさん、ご迷惑をかけたようで」

「まあ、ここ、ユーゴさんの家だし。忙しくても家に帰って寝た方が私はいいと思うけど」



お行儀悪く足先で扉を開けて入ってきたカコの両手には桶とお盆が乗っている。見た目にそぐわず怪力なのは日常生活でも活かされている。


たった3球で城門を崩落させるスキル持ちの女の子が目の前にいる。すごくマッチョなわけでもない。栗色の髪を持つどこにでもいそうな女の子なのに彼女は強い。どこにでもいそうな女の子に見えるから、ギルド長も殿下も、カコさんをこの国の英雄にする気でいる。


第2案として、シモンとマリカ、カコさんが連れ帰ってきた竜人のシンファとパーティを組むべく殿下も剣の練習をしている。

だが普通のヒューマンで多大な戦果を挙げるのは特殊な訓練でもしない限り無理だ。まあ第2案はただの飾りだというのは殿下もよく分かってる。


それにギルド長が第2案を絶対に取らせない。あの双子はギルド長にとっても特別な二人だ。あの二人のためならギルド長は無理を押し通すだろう。



「とりあえず、はい、水。もうイアン近づけていい?」

「ええ、その段階は抜けたので大丈夫です。いつも通りになるにはもう少し時間がかかりますが」

「うんうん、せっかくだからもっと休んじゃいなよ。

__イアーン!ユーゴさん起きた!

ユーゴさんは働き過ぎだと思ってた!私みたいに過労死しちゃうよ?」



声を張り上げて他の部屋で待機しているのだろうイアンさんに声を掛けている。

気が付けば「休み休み」と言って「美味しいご飯!」と熱意を上げているカコさんが過労死…変なところで真面目だからあるかもしれない。


スキル持ちにも関わらず、街に現れる前の経歴が真っ白。ステータスに偽装の気配はない。確かに一回、どこかで死んだことになって、そういうスキルの元で書き換えているというのはあり得る話だ。


一体どこから?最果ての森から現れたのに?


カコさんは何のデミなのか、本人が知らないというからそのままだが、イアンさんとの親和性の高さを鑑みたら、十分の可能性はある。



「大丈夫ですよ、生きてますよ。あなたは」

「あ。あー、うん、そうだね」

「死なせませんよ、絶対に」



どんなに過去の経歴がわからなくても、私たちの下した任務をこなして帰ってくる冒険者を私が裏切るわけにはいかない。そんなことをするぐらいならわざわざ貴族社会を出て、冒険者として”安全”を求める必要なんかない。


人をだまして殺して生き延びるなら、ただ苗字を名乗って領地に立てこもっていた方が効果的だ。私はそんな親とは違うと証明するために、今ここで働いているのだから、止まるわけにはいかない。



「決して死なせません。あなたたちを」

「ユーゴさんもだよ。地獄の業火って使い方によっては術者が死ぬこともあるってイアンから聞いた。安全を求める内勤ならそんなことを織り込み済みの作戦に参加したらダメ。

それに前衛がいない魔法使いは危険だよ、相手はさ、魔物と違って強くて卑劣だから」



布団の横に腰をおろしながらカコさんは見た目に不釣り合いな年齢の刻まれた笑みを浮かべた。悲しみ、憐憫、そして諦めのこもった疲れた笑いだ。



「カコさん」

「ユーゴさんいなかったら、この街はとっくに落ちてる。ちょっとぐらい休んでいいよ、他の人にも働いてもらおう」



カコさんが手渡してきた紙にはいつもの私の仕事の一覧に矢印と名前が、一部綴りを間違えているが書かれている。


事務仕事にシオリを含む内勤たち。結界はマリカと聖女にベイン大司祭、まさか聖女にやらせるなんてその発想はなかった。あとのことを考えると頭が痛い。

ギルド長の補佐にジゼルと書かれている。あのケルベロスなら確かにできるだろう。でもそれは戦況を見て、合理的な判断をしていく。カコさんたちに危険だ。早く戻らなければいけない。



「どうしても仕事がしたいっていうなら、私がユーゴさんの意識狩りとっちゃうから」

「…できればイアンさんの金縛りの方がいいですね」

「自分で休んでくれるならそんなことしないよ」



恐らく魔力を戻すための薬を持ったイアンさんが部屋に入ってきた。こちらは行儀よく音のしないように閉めてから近付いてくる、対照的だ。



「金縛りしますか?」

「逃げそうならそれで休ませよう」

「ええ。私も姉さんに賛成です」



イアンさんがカコさんの意見に賛同しないことなんてないでしょうなんて言えるわけもなく、いつものように苦虫を噛み潰したような顔をしておいた。

称号にシスコンを書かれるぐらいカコさん至上主義な彼にそれを言うだけ無駄だ。



「次の戦いは5日後に出発。ユーゴさんはお留守番だよ」

「すみません、私から進言しました。内勤が前線指揮を執り続けている状況はいかがなものかと。

ジゼルさんも賛同してくれました。必要ならケルベロスに加わってユーゴさんもパーティ出撃した方がいいと思いますよ」

「ケルベロスも全員前衛でパーティはやりにくいみたいだし、待ってるって」



決して世間は彼女らに優しかったはずがないのにお人よしだ。



「パーティはまだしも、置いていかれるわけにはいきませんから。休ませて貰いますね」



5日後には動けるようになってなければいけない。イアンさんの薬を飲み干してから布団に戻った。

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