第58話 看病

ギルドに戻ってからマリカが駆け寄ってきた。周りを見てみるが、私に一直線だ。シオリさんから渡された報奨金をイアンに手渡して夕飯の買い物と武器の補充を頼んだ。あの二人が駆け寄ってきて、良いことが起きたことは一度もない。もしかしたらお互い様かもしれないけど。



「カコ、ユーゴさんが倒れて看病して欲しいわ」

「は?ユーゴさんが倒れた?」

「ええ」

「それで、私に看病頼みたいの?マリカの方が適任じゃない?」



看病したいがこの世界の看病らしい看病はなにもできないし、やり方も皆無だ。魔力もスキルもない私が薬なんて作れやしない。そもそもなんで倒れたのかすらわかってない。



「地獄の業火の反動、ですか。姉さん、ユーゴさんは今魔力に敏感になっている状態です。普通ならそれでも魔力のある人が看護につくしかないのですが」

「いいたいことはわかった」



魔力がある人が触れると辛いとかそういう系か。


基本的に冒険者は自分のパーティメンバーとカードを管理しているギルド以外にステータスを開示しないが、私が魔力を持ってないのは城門ぶっ壊しちゃおう作戦でみんなに知れ渡ることになっている。

MPと魔力が0だったことと力と素早さが高かったことばかりが有名になって、他のステータスのチェックが入っていない。回復専門のオリバーさんですら防御値を見てなかったために起きた事故もあって、このステータスにため息をつきたい。



「はいはい。で、ユーゴさんはどこにいるの?」

「元ユーゴさんの家に、あなたたちの宿舎に比較的魔力の少ない冒険者に運んでもらってますわ」



あの家、通りで。重厚な護りが多いと思ってた。しかも難しいはずの結界を無駄遣いしてた。結界を雑草が増えすぎるの防止するためだけに使う無駄遣い加減から、強力な術者が住んでいたのだろうとイアンと話していたが、よく知ってる術者だったか。


私たちに家を明け渡して、ギルドに住んでいたに違いない。



「りょーかい」



看病のやり方を心得ているイアンから聞いたし、問題ないだろう。普段の恩返しも含めて丁寧に看病してあげよう。イアンに買い物を任せて先に帰り、いつものように無駄に分厚いカギを開けて家に入る。

わかりやすく、私たちが使っていない部屋が開け放たれていた。個人の私物があるから掃除だけしてそっとしておこうと放置していた部屋だ。


布団に伏している様子を見れば普段の鬼の形相で仕事に向かっているときのことがわからないぐらい…なわけもなく、眉間に皺を寄せた熱に苦しんでいる表情で熱と戦っている。今回の国政のごたごたによる内戦でとんだとばっちりだ。



「…か」

「あ、起きました?」



目を開ける様子も、私の声に反応する様子もない。思わず返事をしてしまったがどうやら寝言だったらしい。寝言に返事をしてはいけないとか昔言われたような気がする。



「誰が、言うことなんて聞くか」



夢の中でまでなにか苦労していそうな暴言が聞こえた。水桶から引き揚げたタオルを熱にうなされている額に乗せてみるがすぐにぬるくなる。


イアンがいうにはこのユーゴさんの熱の看病をしている人が魔力を感じられると、ぞわぞわするような感覚が味わえるらしいがそんなことは全くない。私には見えない精霊ちゃんにはわかるらしく水面が震えている。



「っ、俺は奴隷じゃない」



この寝言は絶対聞かれたくない奴だ。部屋を見渡しても私以外の人影は見えない。私もきっとこの場にいない方がいい、そうは思うものの誰もいない部屋に一人放置するわけもいかないし、聞かなかったふりをするしかないだろう。



「人の命を何とも思ってない貴族様なんか、親父なんか大嫌いだ」



聞かなかったことにできない寝言止めてくださーい。


ユーゴさん、まさかの貴族出身発言。というか寝言がはっきりしすぎ、そして声大きすぎるわ。うなって転がっている様子から悪夢だろうことはわかるけど、叩いてゆすって殴ってみても起きないのは既にシモンたちが試している。

ついでに魔力が高いエルフの彼らが触れたことによってより悪化したらしい。確かにマリカには向いてなかったんだろう。シモンも魔力が高い方らしいが、それよりも高いのだから。



「大丈夫だよ」



何の根拠もないこんな言葉しか私は掛けられない。


子守唄でも聞かせたいところだけど、私の歌はびっくりするぐらい下手くそだ。夜寝れないときに父親がよく歌ってくれてた子守唄を弟に聞かせてたら母親がこれ以上音痴を増やしたくないと必死で止めてくれたぐらいひどい。

それでも他にいい言葉が見つからず、めちゃくちゃ音痴のお墨付きの歌をユーゴさんに聞かせながら冷やしたタオルを首に巻いてあげた。とりあえず歌に対するうめき声は聞こえるが、わめき散らしていた暴言は無くなった。


イアン、早く帰ってきて。


そう思いながら壁に掛かれた意味不明な魔法陣を眺めつつ、歌っていた。

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