第57話 回復魔法
目の前にあった木に引っかかって助かったというべきか、擦り傷だらけになってしまったというべきか悩ましいがとりあえず背後にあった館を見れば丁度崩落したところだった。
「イアン、生きてる?」
「姉さんは元気そうですね」
「そりゃね、生きてて何よりでしょ。これに巻き込まれてたら危なかったね」
「地獄の業火、生死問わず焼き尽くす地獄の炎を呼び出してますからね。魔力が震えて、凄い力です」
館の正面からユーゴさんとボレアース、それにシモンとマリカが攻撃を仕掛けている。突入してから、ある一定時間経過したらユーゴさんが地獄の業火という炎で館を燃やして証拠隠滅作戦だった。
今回はシモンとマリカの代わりにヘカトンケイルとギルド長がお留守番だ。
ユーゴさんが呼び出して、今目の前で館を飲みつくして燃やしているその炎は水を掛けたら一瞬で蒸気どころか、水すら燃やすらしい。意味不明だ。科学で考えられる常識を覆してくる。
「実はイアンもできるとか…?」
「いえ、精霊魔法では地獄の業火は扱えないです。精霊が地獄の業火を嫌がりますから」
「へえ」
木から下りて合流予定の方向に向かって歩き出すことにした。急がないと転移魔法陣という瞬間移動の魔法陣が消されてしまって、ちまちま5日ぐらいかけて街に戻らないといけなくなる。
途中の町は臨戦態勢だし「観光客でーす」なんて受け付けてくれないだろう。寂しく普段通りに冒険者として通過するだけになる。
「えい」
刀をさっき投げつけてなくなったので、蹴りでフラワーマッドを倒した。森の中では最も多い魔物だ。
「そういえば姉さん、蹴り技に名前を付けてなかったですね」
そういえばいい名前がないから使えない!と諦めたライルとの戦いを思い出した。この世界ではイメージとネーミングセンスが大切だなんて、どこの営業なのよ。さしづめ私は技術はあってプログラミングはうまいけど、営業やコネが全くない職人系社員といったところだろうか。
大抵、そういう系の人って扱いがめんどくさくて私は嫌ってた気がする。悲しすぎるから頑張って自分で考えよう。
「頑張って、考える」
「そうですか」
森を抜けて合流する地点の手前に冒険者たち、そして見覚えのあるクレスニクとケルベロス、少女たちがいた。
「ウェルザンティ、帰還しました」
「随分、ボロボロじゃん」
「逃げ切っただけ褒めて…地獄の業火から」
「そっちかよ」
「いや、ホントにギリギリだった」
「ライルはどうした」
「メテオストライクを何回も打ち込んだし、館も崩れた。地獄の業火にも巻かれてたから無傷ではないと思うけど」
「それで無事なヒューマンがいるなら天災レベルだな」
ニヤリと笑って歓迎してくれたジャックは煤がついているものの大きなけがはない。ケルベロスも少女たちも特に問題なし。オリバーさんが杖に手を当てて、私に魔法を送ってくれた。
「
緑の魔力に覆われて、どことなく薬草の香りがする。ふーんと初めて見た回復魔法に感嘆していたのだが、怪我の治りかけみたいになんだかむずがゆい。とってもかゆい。
搔き毟ろうとした私の意図を読み取ったイアンがすぐに私の手を押さえて、水の精霊に頼んで冷やしてくれた。
「かいたらダメです」
「全身がかゆい、痒すぎる」
「全身に傷を負うからです」
歩くのも嫌になって駄々こねる私をイアンは背負ってくれた。私の方が力があるから滅多にこんなことはないが、痒すぎて今は無理。私と比べて物理的な力が低いとはいってもイアンもレベル48、普通の人からしたらあり得ない力を持っている。
本気で戦うつもりなく、ただの子どもとして痒い痒いと駄々こねる私を難なく背負ってくれた。
「金縛りも効いてくれないんですね」
「え、金縛り私にかけてみたの?」
「暴れないよう試してみたのですがやはり姉さんには無理でしたね。治りきるまで軽傷とはいえ5分はかかります。自力で我慢してください」
「えええ!」
地面に倒れてもがきたい気分ではあるが、もちろんそんなことはイアンが許してくれない。
「オリバーさんの魔法なのにイアンのにおいする」
「…そうですか」
「薬草の匂いと花の匂いが混ざった感じ」
続けてイアンが誘惑してきたときの匂いもすると言えば、イアンが耳まで赤くして無言になった。からかいすぎたかも。
イアンに「ねえねえ」と話しかけるが反応がない。緑の魔法の色も薄れてきてかゆみも我慢できるレベルになってきたから背中から下りたい。クスクス笑っているみんなの視線が痛い。
「すみません、カコさんの攻撃から推定して回復魔法をかけたのですが、攻撃ぐらい魔法の耐性があると思って強めにかけてしまいました」
「ううん、オリバーさん、いつもありがとう。駄々こねてる私が悪いのはよくわかってるんだ」
「いえ、魔法耐性が高いと回復魔法も効きにくいので強めにかけたんです。その人にあった強さの回復魔法なら痒くならないのですが、カコさんならと思って強くし過ぎたみたいです」
「あー、うん。魔法防御は物理攻撃に比べたら普通ぐらいなのよ。ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ申し訳ないです」
痒さのあまりに忘れていたが、オリバーさんが申し訳なさそうに謝ってきた。ここは必死に耐えなきゃいけないところだったか。これは失態だ。
「あと」
「ん?」
「回復魔法の匂いはその人によって異なります。家やお気に入りの花とか」
凄く嫌な予感がしてきた。
「男性に対して、回復魔法であなたの匂いがするというのは告白に等しいですからね」
「き、姉弟なんで」
「そうですね、家族なら安心する家の匂いと同じですね」
恥ずかしすぎる。まさかの私が醜態晒してた方、聖女様がいるところでそんなこといってごめんよ、イアン。しっかり姉弟だって主張したから大丈夫だよ!
緑の魔法はほとんど消えかかって、痒さはなくなってきたが、そのままイアンの背中におでこをくっつけてみんなの顔を視界から遮った。
それはくすくす笑うわ、なにも知らないのだろう私が堂々と人をからかうつもりで自爆していたらさぞ楽しいだろう。深くため息をついた。
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