第55話 聖女
聖女がいるとウォルトが言っていた部屋まで走る。道中何回か敵兵にあったが、何事もなく私とジャックが剣を振るった。椿の一閃を使わなくても綺麗に斬り捨てられた。片手剣やめて刀一本にしてもいいかもしれない。
遠目に見えた敵には鉄球を無言で投擲して沈黙させてから近付いて斬り捨てた。イアンもナイフを使っている。スキルがないものの手馴れた手つきだ。
クレスニクのメイもナイフを使っているからそういうものなのかもしれない。
「なんか派手な音がしたな」
「ユーゴさんあたりが門を木っ端微塵にしてたりして」
「有り得そうですね」
単騎でランク3になるのは伊達や酔狂ではできない。実力と強かさがないと無理だ。ギルドでは苦労人だが、有能故の苦労だ。他に代わりがいない仕事が多すぎるだけで
「ジゼルさん、あれだよね?」
「そうだな。他に部屋はない」
ジゼルさんが近付いてドアを押したり引いたりしてみたが、当然のように鍵がかかっているみたいでドアは開かない。
「ふむ、鍵がかかってるな」
「ジゼルさん、ドア斬っちゃいますね」
「は?これは防御の」
適当な名前が思いつかずに「そーれ!」とドアと壁の繋ぎ目になっている金具を斬り捨て、「聖女さま遠くに離れてください!」と声をかけてからドアを蹴っ飛ばしてみた。
威力を加減しただけあって遠くに吹き飛んでいくことなくドアは倒れて、その空間が空いた。
「ジゼルさん、アレにツッコミ入れてると精神摩耗するから諦めが大事ですよ」
ジャックのつぶやきを無視して室内に入っていくと、そこにいたのは綺麗な少女たち、何人もいるが真ん中で他の子を慰めているこの子が聖女だろう。
見た目はイアンと同年代だが、その表情には一切の邪念や穢れがない。丁寧に手入れされた金色の髪の毛は多くの侍女にかしずかれてきた人だとわかる。
同じ年代の見た目でも長い年月で苦労や世の中の冷たさに晒されているイアンとは対照的だ。
「あなたたちは」
「お久しぶりです。ジゼル・ベルガーと申します、以前に聖女さまの近衛隊の一員でいたことがあります。今回は教会のベイン大司祭から聖女さまをお助けし、イーストシティにあるダリエラ教会までお連れするよう任務を承っております」
ここから先はジゼルさんの仕事だ。説得は彼女に任せて、室内に潜む敵がいないかを手早く確認し、ライルがいないことに安堵した。この要注意しなければいけない被保護者の前で戦いをしたくはなかった。
「わかりました。その前に、ねえ、あなたの名前は?」
「私ですか?」
「ええ」
「パーティヴェルザンティの魔法使いイアンと申します」
全身黒で覆い、目元以外を隠すマスクをつけていてもイアンの風貌から漏れている惜しみない美しさに聖女さまも気付いたらしい。透き通るような笑顔がイアンに向けられていた。
「カコ!来たぞ!ライルだ!!」
表で入口を守るジャックたちの声に反応して駆け出した。イアンはまだ聖女さまに捕まっているが四の五の言ってる場合じゃない。それに、イアンの魔法では彼にダメージを与えるのは不可能だ。
ジャックとフランクさんと近距離で剣を打ち合い、メイのサンダーを立て続けにくらいながらも平然としている美少年がいた。
この無駄に顔もレベルも平均値が高い人たちにうんざりする。
「ライル(ヒューマン) Lv52 テミス家三男」
スキルが掌握にランクアップして、のぞき見防止されていても名前とレベル、ちょっとした情報がのぞけるようになった。
「あなたがルイスの腕を斬った冒険者、思ったより若い冒険者ですね」
ルイスと同じ表情の変わらない能面のような美貌は嫌に怖く見える。でもレベル52なら少なくともルイスよりは弱い、はずだ。
少年に成り立てぐらいの見た目のヒューマンに若いと言われるのも違和感しかない。見た目的にももちろん精神的にも年月は私の方が重ねているはずなのに、明らかに修羅場をくぐった数が違うとわかる。
「名前は聞いてる?」
「カコ」
「よくできました」
「私はライル、時間がくるまで聖女を護り、時間が来たら殺すように兄様に言われている。そして」
ライルはサンダーと火の玉が炸裂しているのを物ともせずに、私に剣を向けた。
「カコを殺せと言われてる」
瞬間飛んできた剣を弾いてからライルを蹴りばして、扉から引き離す。
ジゼルさんたちケルベロスとクレスニクを撤退させなければいけない。
聖女と侍女たちという足手まといを連れた彼らを守りきるにはライルは殺さなければいけない。
「奇遇だね、私も君を倒さないといけないんだ」
なんで美形の子どもがライルで、殺し合いをする仲になってるんだ。世界が変わったって矛盾だらけでブラック業務過ぎるでしょ。唇の端だけ持ち上げて笑ってみせた。
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