第9話 冒険者のイロハ
山でケープに包まるよりもずっと快適なお布団とおかげで、太陽が天頂を過ぎた頃になって目が覚めた。いわゆる睡眠負債を溜め込んでいたに違いない。
食堂で昨日の夜も出迎えてくれた星の夜亭、食堂の女将さんが楽しそうに笑っていた。黒髪豊かなで、艶のある女将さんだ。人気なのも頷ける。全体的にこの世界は美人だらけで顔面偏差値高すぎる。
「ゴブリンリーダーを討伐したルーキーはお寝坊さんね」
「人間、頑張っていいときと悪いときがあるんです」
「それで今日は?」
「ダメなときです。無理してなんともならないことが世の中たくさんあります」
それをこじらせた結果が過労死だ。前世の二の舞をするつもりは欠片もない。やらかしたら神様見習いのOLさんが怒るに違いない。私なら絶対に怒る。
目の前に昨日も貰ったスープが置かれる。星の夜亭特製のスープはジャガイモと豆、ソーセージ、タマネギが入っているポトフみたいなスープだ。ちょっと薄味な気がするが許容範囲内で、ホクホクのジャガイモは美味しい。
この妙に硬いフランスパンを更に硬くしたパンもスープにつけて食べれば全然いける。でもあの濃い味のカップラーメンがあればな、と思ってしまうぐらい味が薄い。
「モーニングセットをランチ時間に出すのは特別よ」
「ありがとうございます」
宿泊にセットで付いてくるモーニングは追加料金なしのご飯だ。ランチとディナーはそれぞれ好きなメニューを頼める代わりに追加料金が発生する。
昨日のゴブリンリーダーに金貨2枚の報奨金がついていたためにちょっぴりリッチな私ではあったけど、それでも金貨3枚だ。貯蓄貯蓄貯蓄!が大好きな元日本人としてはまだまだ貯蓄が足りない。
真っ黒だった髪は栗色に変わっていたが、憧れのパーマはかかっていない。ストレートだ。顔の造形は井戸水を汲んだ桶でびっくりした。
転生したら美形になるのかと思ってたら、至って普通だった、可もなく不可もなく。目の色が金色という中二病発揮していたぐらいだ。デミの部分の血だねとか言われたので、まあそんなもんだろう。これで美形だったら中二病になりきるしかない。
「おすすめの装備屋さんとかあります?」
「何が得意なの?」
「剣と槍、あと物投げるのも得意かも」
「とっても物理的ね」
「だよねー」
「でもそれならひとつのお店で済むわね」
女将さんが紹介してくれた『火山の懐』という武器を扱うお店、『ミカリンのセンス』という防具を扱うお店に行くことにした。
後者に関しては名前からなんとも言えない不安を感じるがどうしても不味い雰囲気だったらその通りの別の店に行けばいいだけだ。
武器は最悪その辺に落ちてる石でも代用できる。無理なのは洋服だから先に防具を揃えよう。
「いらっしゃいませー!」
店内を見渡してみるがそこまで変ではなさそうだ。ミカリンのセンスとか言うから一体どんな奇天烈な、ゴスロリ系を用意しているのかと思ったら割と普通だ。ファンタジーではあるが、許容範囲内だ。
「凄いシンプルなかっこうだね、とりあえずモラル分着てみたぐらいシンプル」
ファンタジーを圧縮したミカリン、たぶん店主だろう、耳が猫か犬かはわからないが三角の尖った耳が頭についている。彼女の格好は中々派手で赤と緑のクリスマスカラーのワンピースである。足元にヒラヒラする半透明な布が泳いでいる。
私の格好への感想は、まあ青いケープの下は上下麻のクリーム色の服だ。私もそれで異論はない。
「何をモラルなのかとか聞きたいことはたくさんあるけど、新米駆け出しの冒険者です。剣と槍を使う、見合う洋服が欲しいんだけど」
「ほうほう、予算は?」
「金貨1枚、下着類も全て揃えたい」
「それだけあれば十分!任せなさい」
私にこの世界での服のセンスは全くわからない。冒険者はみんな好き好きに着たい服を着ていて、何が正解か全くわからない。
とりあえず黒スーツで及第点を貰えてたころが少しだけ懐かしい。
「ふんふーん!全部一気に金貨1枚分だからね、奮発しちゃうぞー!」
…お金、出しすぎだったのかも
楽しそうにお店の中を行ったり来たりしてくれていたミカリンは長い尻尾を器用に使って服を引っ掛けておいたり、戻したり、手が3本あるのと変わらなそうだ。自分の意のままに操れる尻尾があったら確かに私も追加の手として使うかもしれない。
「渾身の力作!どうよ!」
そう胸を張るミカリンの手元を見ると確かに力作だった。白を基調とした青のアクセントが入った旅装、要所には青く染められた革が使われているが基本の布は白でシンプルだ。袖口などに少しだけ施されている花のレースが可愛らしい。
例の革の袋は冒険者の必需品らしく、それを加工してもらった白と青の革のポシェットになって腰元に下がっている。
私からしたらすごくファンタジーな服だがそれは魔物と戦うという冒険者の特性上仕方ないものだ。
冒険者仕様なのは他に靴があり、足裏に鉄板が仕込んであるらしい。武器も仕込めるよ!とミカリンはドヤ顔でアピールしてうれた。
「下着は」
「5着、これだけあれば大丈夫でしょ?」
「ありがとう、でもその真っ赤な勝負下着は色チェンジで。白のズボンから絶対にすける」
見た目が小学生から毛が生えたぐらいの年齢の私に何売りつけようとしてるんだ。真っ赤な無駄にフリフリしている下着はチェンジしてもらった。
その場で服を着替えさせてもらって、ずいぶんとファンタジーになった私はミカリンのセンスを後にした。
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