第5話 恋心の芽吹き

 朝七時、スマホのアラームで僕は目を覚ました。

 垂れ流しになっていた、最近お気に入りのガールズパンク・ロックを止めると、スヌーズ機能を使うまでもなくベッドから起き上がる。

 昨晩は遅くまで堅実なバカップルに付き合わされ、その後に趣味である釣りの仕掛け作りをしてから寝たので睡眠時間は短いが、いつもよりも遥かに寝覚めが良かった。

 洗面台で顔を洗ってダイニングに向かうと、ちょうど母さんがトーストを焼いてくれている所だった。

 おはようと、朝の挨拶を交わしてから、テレビから流れるコメンテーターの話を聞きつつ、焼きたてのトーストとバナナ、ヨーグルトにコーヒーという、普段通りの朝食を食べる。

「今日はバイト終わったらそのまま遊びに行きがてら散髪に行くからさ、お昼はバイトの休憩に食べるからいいよ」

「そう、夜は要るの?」

「どうだろう、向こう次第かな……」

「あら、友達と一緒に床屋さんなんて珍しいわね?」

 そんなところに、寝癖モンスターと化した姉ちゃんが部屋から降りてきたようだ。おはよう、と言いながら大欠伸をしている。

「私もバイトが十一時から七時だから、お昼も夜も店のまかないで済ませちゃうよ」

 姉ちゃんは冷蔵庫から牛乳を取り出して、グラスに注ぐとぐびぐびと一気に飲み干した。これは高校生の頃からの日課となっている。

「美雪が夜要らないなら、春樹も外で食べてきちゃいなさいよ」

「ちゃんと頑張って来なさいよ〜」

「姉ちゃん!」

 ニシシと笑う姉ちゃんに釘を刺すが、目敏い母はそれだけで意図を汲み取ったらしい。

「あらあら、そう言う事。いいわねぇー、私もお父さん誘って車でお出かけしてみようかしら」

「いいんじゃない? 要は専属運転手兼、荷物持ちにしたいだけなんだろうけど?」

 僕の返しに母は、あらやだ、などと言っているのでどうやら図星らしい。とにかくこれで、余計な詮索を阻止する事には成功した。

「お父さん、明日はきっと海の上でしょ? なら帰りに釣具屋さん寄ってもいいよ、って言えば簡単に釣れるんじゃない?」

「美雪、あなた冴えてるわね。それ、採用よ!」

 一家の主である父親を、いとも簡単に小間使いにする方法を伝授した姉ちゃんは、もう少し寝る、と言ってまた部屋へ戻って行った。

 こんな家族の一幕に、隆哉の未来を垣間見た気がしたのは気のせいだろうか?


 七時半過ぎ、僕は愛車のバイク(PCXと言う車種なので、普段はPちゃんと呼んでいる)に跨り家を出た。

 バイクの免許は十六歳の誕生日を迎えてすぐ教習所に通って取得した。

 父親の影響で、幼いころから趣味が釣りとなった僕にとって、一番必要なのは釣行の為の足だったのだ。

 今のコンビニバイトで半年掛けて貯金した末に手に入れた、125ccのスクーターが土曜日の朝の街を颯爽と駆ける。スマホアプリの天気予報だと昼からは気温が上がり、午後からは夕立に注意との予報だが、今の段階では暑くもなく寒くもなく。今朝の街はバイクで走るのに最高の条件だった。

 バイト先は平日の下校からすぐ出勤出来るよう、学校近くの店を選んだ。

 ここに入って約一年半、発注以外のほとんどの仕事は既にこなせるので、最近は子供の小さいパートのお母さんたちに代わって、長期休暇や休日の度に、朝や昼間の勤務時間に入る事も増えている。

 店の裏にバイクを停めた所でスマホが短く二回震えた。

 確認すると、昨日LINEを交換した人物から、『おはよ、バイト頑張れ!』と握りこぶしをグッとしている頑張れスタンプが送られてきていた。

 今日の予定を伝えてあったので、わざわざタイミングを図って送ってきてくれたのだろう。まったくこんな所まで律儀な子だ。

 仕事前なのもあり、手短に『ありがと!』と、頑張るスタンプを付けて返信しておいた。きっと昨日感じた彼女の性格ならそれ以上は望むまい。

 いつも以上に頑張って品出しや接客をこなしていると、あっという間に四時間が経って、時刻は正午を迎えていた。

 普段の夕方勤務はだいたい五時間で、学校が早ければ午後四時に出勤して六時間勤務になるので、今日が短めなのもあるだろう。

 途中の十分休憩で、早めの昼食として店の弁当を買って済ませていたので、退勤登録を済ませた後は再びPちゃんに跨り、一目散に家へと帰った。

 昨日さんざん悩んだ末、用意した服はシンプルな白のティーシャツの上から七分丈の同色のワイシャツにデニムのスリムパンツという至って普通のスタイルに収まった。姉ちゃんではないが、自分に過ぎたものはなんとやらだ。

 待ち合わせは茅ヶ崎の駅に十三時。自宅の最寄り駅を四十六分の電車に乗れば五十六分着なのでドンピシャだった。昨晩のうちに乗る電車の時刻表をスクショして送ってあるのでその点も抜かりはない。

 一応制汗剤なども使って汗臭くないかを確認し、肩がけの鞄には折りたたみ傘を忍ばせてから家を出た。

 電車の先頭車両に乗り込んでから、いま駅を出たとLINEで送ると、すぐに既読が付き『わたしも今出たところ』と返信が来た。彼女は駅までバスで来るそうだ。

 自分の乗った電車が終点の茅ヶ崎のホームに入った所で再びスマホが震えた。

『ライナーの階段の前で待ってる』

 LINEを開くまでもなく、ここからなら走った方が早い。僕はボタンを押して電車の扉を開く(地元民では当たり前)と、小走りに階段を駆け上がった。

 都会の駅でもなし、階段を上がった所ですぐに夢咲の姿を見つける事が出来た。

「お待たせ!」

 場所柄、僕が来る方向も決まっているので夢咲もすぐに気が付いて、パァっと花が咲く様に微笑んだ。

「わたしも今来たところだよ」

 今日の夢咲は、短めの白いトップスの上から同じ色の薄手のカーディガンを羽織っていた。デニムのショートパンツから見える足が非常に眩しい。

 足元はコンバースという定番なのだが、裏地にもきちんと柄があり、細い足首が際立つ折り返したハイカットシューズと生脚という組み合わせはもはや反則である。メイクも普段より控えめで、むしろ顔立ちの良さを引き立てていた。

 ついつい初めて見る彼女の私服に見とれてしまう。

「今日は歩き回ると思ってスニーカーでラクしちゃった。ごめんね」

 夢咲はそんな事を言ってくるが、謝られる所なんて全くない。

「いや、すごく可愛いと思う。なんか大人っぽいし、大学生みたいだなって」

「へへーん、大人っぽく見られちゃった!」

 これでトゥデイやビーノとか、女の子が乗ってそうな原付とセットだったら僕のどストライクです。とは、心の中でだけ付け足した。

「夢咲さんの私服は初めて見るから、すごく新鮮だよ」

「男子は年上のお姉さんが好きって言うから、意識してみました〜なんてね。なんか、適当に選んだら、服の色がカップルみたいな組み合わせになっちゃったねー」

「あ、本当だ!」

 確かにたまたまそうはなったものの、周りから見たら本当にカップルに見えるのだろうか?

 だとしたら少し恥ずかしいし、彼女の隣に居ても見合うだろうか?

 などと、僕の思考がぐるぐると巡っているうちに夢咲は後を続けた。

「そう言えばクラスの親睦会の時はいなかったんだっけ?」

「あぁ……あの日はバイトだったんだよね。同じような理由でバイト先のメンバーがみんな来れなくてさ」

 話しながら乗り換えのホームへと移動する。

 エスカレーターで東海道線のホームに降りて上りの乗車位置の白線に並ぶ。発車案内を見ると、次の電車まではあと五分ほど時間があった。

「確かに、あの日はほかの学校もそんな感じでファミレスに集まってたっけ。で、バイトはなにやってるの?」

「僕はコンビニ店員。そっちは?」

「すぐそこ、北口のブックオフだよ」

「夢咲さんが古本屋さんってのは意外だね?」

「そう? 似合わないかな? 」

「そんなことはないけど……」

 しばし頭の中でその姿を想像するも、古本と彼女という組み合せのギャップが埋められない。

「むぅ、その顔、わたしには似合わないって言ってるのと同じじゃん!」

 拗ねたように言う夢咲が可愛くて、見ていて笑いがこぼれそうになった。

「ごめんごめん、なんか夢咲さんが本とか読んでるイメージが沸かなくて……」

「そうかなぁ……わたし、恋愛ものの小説とか、少女マンガみたいなのも読む方なんだけどなぁー」

「え、もっと意外かも」

 そう言ってみたものの、昨日夢咲が自身の恋愛観を語った時、『お互いの事を分かって、理解してから真剣に向き合いたい』とか、『彼氏がいたことない』と言っていた事を思い出す。見た目とは反して本当に彼女はピュアなタイプなのかもしれない。

「キュンとするラブストーリーとか大好物です」

「マジで?」

 夢咲はコクコクと頷いた。

「例えばさ、最近はLINEがあるから待ち合わせには便利だけど、不便な時もあると思わない?」

 突然夢咲が切り出した。

「え、既読機能のこと?」

「あぁ、それもあるかも知れないね……未読スルーとか既読スルーって結構めんどくさいし……」

 少し考える素振りをした夢咲はうーん、と、うなってから後を続けた。

「わたしが言いたいのはね、待ち合わせの時とか『おまたせ』からの『わたしも今来たところ』みたいな会話が成立しなくなっちゃったのが寂しいなーって話なんだ」

「なにそのデートでは定番のセリフ……」

「わたしたちもさっきやったじゃん!」

「あ、そうだった!」

 夢咲は、もぅ、と言って笑った。

 それに、彼女はちゃんと今日のこれをデートだと思ってくれているようで、僕の胸は弾む。

「あれ、けっこう憧れてたんだよね。早く行ったら早く逢えるかな? みたいなシュチュエーション」

「もろ少女マンガじゃん……」

「そうだよー。けど現実だとさ、ルート案内のスクショを送ってくれたから、着く時間とかもう分かっちゃうじゃん? そうすると早く行ったら早く逢えるかな……的な楽しみの要素ゼロじゃん?」

「うっ、ごめん」

「いや、別に謝る事じゃないし、むしろ今の時代だとマナーだよね。わたしを待たせないようにって、気配りしてくれてありがとうね!」

「そう言ってもらえると助かったよ……」

「あとは他にもさぁ、朝起きてすぐ好きな人と話したいなーって思ったとして、LINEで一度おはようって挨拶しても、学校で会ったらもう一度おはようって絶対言っちゃうよね? わざわざ二回言うってのも不思議なんだけど?」

「あー、たしかに! 今まで違和感無かったけど言われてみたら、そうかな」

 同意を得られて嬉しいようで、夢咲はニコリと笑った。

「携帯電話の普及で、すぐに連絡が取れちゃう時代になって、ラブストーリーが作りにくくなったって、テレビでやってたのを見たよ。LINEは特にコミュニケーションのハードルが低いから、繋がりたい時にはすぐ繋がれちゃうって」

「それはあるかもね……向こうから連絡来るのが待ちきれなくてLINE送っちゃうとか。逆にすぐに返信するのはガッツいてるって思われないかな? みたいな駆け引きが今度は生れてきたりするわけで」

「あるある! だからね、現実でもフィクションでもになる、待ってる時間って要素が、ごっそり抜けちゃったのよ。さっきの『おまたせ』からの『今来たところ』みたいなのって、もう分かっちゃってる事だから、実は成立してないんだけど、つい言っちゃうみたいな……」

「うわー、なんかすごい納得……」

「どう? こんな話したら、ちょっとは知的な書店員さんらしく見えた?」

「えっ、そこに繋がるの!? うーん、どっちかって言うと恋するロマンチックな乙女に見えた……かな。ははは……」

 ついつい笑ってしまった僕に、何で笑うのよ、と言った夢咲が口を尖らせる。

 そのタイミングでちょうど電車の訪れを告げるアナウンスが流れ始めていた。

「だって今までクラスで見てきた夢咲さんなら、そんな乙女チックなこと言いそうに無いからさ」

「それはそうかも。高校デビューするのにもっと明るく振る舞おうって決めてたし、その為に武装したんだもんね、わたし……」

「というか、その武装っていうの、女の子なんだからもうちょっと可愛らしい表現にしない?」

「猫被ってるつもりじゃないし……というか、それとはまるで反対の事してる気がする」

「確かに……否めない」

「なによ、二面性ある女の子は嫌い?」

「いや、良いと思うよ、僕は?」

「あ、今の絶対嘘だ〜」

 昨日もあった流れだが、今日は少し考えてから、真面目に答えることにした。

「今のも本当だよ! 夢咲さんの知らなかった一面を知れたのは素直に嬉しかった。猫を被るのは女の子の特権としても、夢咲さんの場合は、自分と未来を変えるために努力したんでしょ? 僕は好きだよ、頑張ってる夢咲さんも、素の時の夢咲さんも」

「ふぇぇ!?」

 いきなり奇声を上げた夢咲を見てから、自分が何を言ったか気が付いた。

「あっ、いや、えっと。今のは告白とかそう言う……」

『ガタンゴトン』

 僕が無意識に言ってしまった事への言い訳する余裕もないまま、ホームに電車が滑り込んできた。

『茅ヶ崎、茅ヶ崎。ご乗車ありがとうございます』

「…………とりあえず、乗ろうか」

 お互いにドギマギした空気のまま電車内に入ると、休日昼過ぎの東京行きは思いの外空いていた。

 七人掛けシートの端が二つ並んで空いていたのでそこに座る。

 この場所だと二人の間に席の幅取り防止用のポールも無いので、今にも肌が触れ合ってしまいそうな距離だった。

 目線を下げればシミひとつない、綺麗で柔らかそうな太ももがイヤでも目に入る。昨日もこっそり見つめてしまったそれだが、昨日以上のふたりの距離の近さに思わず緊張してしまった。

 それはそうと、さっきの会話から察するに、僕は男として意識してもらえているのだろうか。

 興味のない男子ばかり寄ってきたという話を昨日聞いたし、そういった連中をあしらう事には慣れているようだ。そんな彼女が自らこのデートに誘ってくれた。だとしたら……

 もう既に僕にとって夢咲美桜という人間は特別な人にになっていた。では彼女にとって僕はどうなのだろう?

 隣に座る少女にとっても、僕という人間が特別であって欲しいという思いをこの時初めて持った。そんな感情がドキドキと高鳴る胸をさらにギュッと締め付けていた。


 辻堂の駅に着くと僕らは先にテラスモールへと向かった。テラスモールは近年出来た大型のショッピングモールだ。

 海老名や平塚にある、ららぽーとと並んで、地元のカップルならウィンドウショッピングのデートコースとしては定番になっている。

 本当は美容院でイメチェンした後にウィンドウショッピングしがてら、秋冬アイテムを揃えようとしたそうだ。しかし、昨晩というギリギリなタイミングで予約を入れた為、15時半という時間しか空きが無かったらしい。むしろそれで間に合っただけでも僥倖だろう。

 賑やかなショッピングモールの中に入ると先程までの緊張は幾分解れてきた。

「そう言えば、予算とかって大丈夫だった? わたしが昨日いきなり誘っちゃっといて言うのもなんだけど」

 エスカレーターで二階に上がりながら、夢咲が尋ねた。

「実はさ、夏休みに結構いっぱいバイト入ったから余裕はあるんだよね〜」

「ほんと? それなら良かったんだけど」

 夢咲はホッとした顔をしていた。

「夏休みで小さい子供がいるパートさんは出勤率下がっちゃうからさ、その人達のピンチヒッターだったんだ」

 なるほどね、と言った夢咲の後を追ってエスカレーターを降りる。

「メンズのお店はこの階が多いみたいだけど、ショップまでは分からないんだよねー」

「ならフロア案内から見てみようか?」

 目の前にあった案内板をふたりで覗き込むと、意外と近くに互いの顔があって慌てて距離を取る、そんな一幕もあったが、結局は店名だけでは分からないので、近いお店から回って行くことにした。

「持ってる服とも合わせたいよね?」

「出来れば……予算的にも浮くし。ちなみに、カジュアルだけど、それなりに目上の方に失礼にならない程度の格好がいいかな」

「へー、思った以上に堅実なんだね?」

 そんな話をしながら、数件の店を冷やかしたあげく、結局ショップで購入に至ったのはテーラードジャケットとパーカーだった。

 テーラードジャケットをアウターにして、今の時期ならTシャツやワイシャツをインナーに。

 もう少し季節が進んだら、後から買い足したパーカーや、自宅にあるパーカーをミドラーにする作戦だ。

 最後に何だかんだと便利なユニクロでカーキ色のスキニーパンツを追加。これはパーカーみたいなダボッとしたトップスには、細身のパンツが似合うという夢咲のアドバイスによるものだった。

 ユニクロオンリーだと微妙だけど、それなりの服と混ぜるといい感じになるよね、とは夢咲の談である。

 意外と早く買い物が済んでしまい、まだ予約の時間までは幾ばくかの余裕があった。

 それも夢咲の選ぶセンスの良さと金銭感覚の相似故だった。

 オシャレな彼女の事である、もし高いブランドばかり勧められたらどうしようという僅かな不安はすぐに払拭された。

 部活の有無によって多少変われど、高校生の懐事情など大差はないという事だ。


「この後どうする? せっかく来たんだし、レディースも見て回るなら付き合うし、早めのおやつの時間にするってのも……」

「アイス食べたい!」

「即答かっ!」

 昨日もマックシェイク食べたいって言ってたし、夢咲は氷菓の類が好きらしい。僕は心のメモ帳にキチンと書き留める。

「サーティワンに秋の限定アイスがあるはずだから、食べたいなーって」

 すぐさま心のメモ帳に、期間限定に弱いという文言が追加された。

「今日のお礼になるか分からないけど、僕が出すからなんでも食べていいよ」

「えっ、本当に? どれにしよっかなぁ。期間限定は三種類かぁー」

 夢咲が店頭で悩む姿を見るのはこれで二度目だ。真剣な目付きでアイスを選ぶ少女の姿はいかにもスイーツ女子といった感じて愛くるしい。

「ショコラモンブランか、チョコレートラズベリートリュフか……」

 どうやら彼女の中では二択になったらしい。これだけ可愛い悩み顔ならいつまでも見ていたい気もするが……

 昨日の失敗を踏まえ、その気持ちを抑えて提案をした。

「いっそダブルでもいいよ?」

「いや、シングルでいいの!」

 名案だ! との返事を期待していたのだが、何故だろう。

「だって東雲君に『太るよ?』って言われたくないし!」

 その一言には流石にぷっ、と吹き出すのを我慢出来なかった。

 思わぬ意趣返しにお腹を抱えていると、夢咲はチョコレートラズベリートリュフをコーンで注文し、東雲君は何にするの? と尋ねてきた。

「分かった、じゃあ僕はショコラモンブランのコーンにする。これで半分こ、ね?」

 僕の言葉に、信じられない幸運に巡りあったかのように驚いた後に、うん! と笑った彼女を見ていたら、言葉にならない感情が湧き上がる。

 今この瞬間の笑顔は百パーセント僕にだけ向けられた物で、ただそれだけの事が今の僕には堪らなく愛おしく思えて仕方がなかった。

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