第4.5話 幼馴染と姉ちゃん

 ただいまの言葉と共に自宅の玄関の扉を開けると、急に現実に帰って来た様な錯覚を覚えた。

 台所の方からは、おかえりと返す母さんの声が聞こえ、足音と共にすぐに玄関に顔を出した。

「神田君と一緒だったの?」

「うん、まぁそんなところ。LINEした通り、夕飯はハンバーガー食べて済ませてきたから」

 最初から予想はしていたので、一緒の過ごした相手に関してはやや濁しておいたが、先に晩御飯を済ませて帰ると伝えておいたので、それ以上追求されることもなかった。

「お風呂はさっきお姉ちゃんが入ってたから沸いてるわよ。あんたも入っちゃったら? 後は、ご飯足りなかったら冷蔵庫にあるもの適当にチンしてね」

 テレビドラマでも観ていたのだろう、そう言ってすぐに母さんは戻っていった。いつもの事すぎて家族以外(いやもはや家族か?)のスニーカーがある事に触れもしない。

 玄関を靴を見る限り、父さんも週末で飲み会でもやっているのか、まだ帰っていないようだ。

 僕は、見慣れた白のコンバースの隣に自分のスニーカーを並べると、二階にある自らの部屋へと上がった。

「ただいまー」

 僕が扉を開けながら言うと、目の前では白熱の試合展開が繰り広げられていた。

「おかえり、春樹。それっ!」

 先に返事を返したのは、二つ歳上の姉である美雪だった。風呂も済ませてラフな短パンとティシャツ姿の姉ちゃんは、画面奥側から放たれたサーブを打ち返す。

「ハル、おかえり。せいっ!」

 姉ちゃんに続いて返事をしつつ、リターンエースを狙ったボールをジャンプ一番、ギリギリでコート内に弾き返したのは隆哉だった。彼も部活の後に自宅で即風呂(剣道部はまじで臭い)と夕飯を済ませたのだろう、寝間着にしているスポーツメーカーのロゴが入ったジャージ姿だった。

「すきありっ!」

 姉ちゃんは立ち上がりかけている隆哉のキャラがいる場所と正反対にスマッシュ。ピピーッっと言う笛の音と共に、『サーティー、フィフティーン』と得点がコールされた。

「まだまだ!」

 隆哉が言ってサーブを入れ、再びラリーが始まった。ふたりの邪魔をするのも悪いので(僕の部屋だけどな!)着替えだけ持って風呂へ向かう。

 あえてゆっくりと湯船に浸かり、上がった後は、麦茶の入ったボトルと、グラスを三つ持って部屋に戻る。

 二人が対戦していたWiiスポーツのテニスはちょうどマッチポイントを迎えていた。

 5ゲームマッチでゲームカウント2-2、デュースが続いていたのか、姉ちゃんのキャラにアドバンテージが付いていた。

 僕が麦茶をグラスに注いでいる間にも、「うわっ!」だとか、「まってー!」だとか、やたら奇声を上げていたふたりだが、最終的には姉ちゃんが勝ったらしい。

「よっしゃー!」と気分の良さそうな姉ちゃんに対して、「くっそ、連敗かよ!」と言った隆哉は床に仰向けになって本気で悔しがっている。

「ふたりとも飲むだろ?」

 麦茶の入ったグラスを差し出すと、ありがと、さんきゅ、と、それぞれに言って一気に飲み干した。

「この部屋暑くない?」

 風呂上がりの僕が窓を半分網戸にしつつベッドに腰掛けると、秋の夜風と、虫の声が部屋に入ってくる。

 火照った身体には気持ちがいいものの、ふたりには寒いかとも思ったが、多少動いていたからか、拒否されることはなかった。

「それにしても……」

 僕は心底ため息をついた。

「何よ、言いたいことがあるなら言いなさいよ」

 姉ちゃんの言葉に、もうとっくに慣れてしまったとはいえ、僕は言わざるを得なかった。

「週末のデートスポットが僕の部屋って、それどうなんだよ!」

 つまり、姉ちゃんと隆哉はそういう事である。

「別にいいのよ、今はこれで」

 姉ちゃんがそう言うのも毎回の事だった。それが皮肉から出る言葉ではないのは火を見るより明らかだった。だって幸せそうな顔をして毎回言うのだ。

「今の自分達が持ちきれる量の幸せだけがあればいい。過ぎた幸せは互いの無理を強いてしまう」

 最近の姉ちゃんが良く言うセリフだ。


 ふたりが付き合い始めたのは今年の三月、姉ちゃんが僕らと同じ高校を卒業した日だった。隆哉が卒業式の後に姉ちゃん告白して報われたという話。

 しかし、そんなものは形でしかなく、とうの昔からふたりは何も変わっていなかった。

 あれは僕や隆哉が本当に小さい頃だった、それこそ隆哉は『みゅーちゃんのおむこさんになる』と言っていたし、姉ちゃんも『タカくんのおよめさんになってあげる』なんて言っていた。

 そこから時は流れて小学校の頃、隆哉がいじめにあって、僕の部屋でわんわんと泣いていた日があった。

 その時、姉ちゃんは隆哉にこう言ったのだ。

『私のお婿さんになりたいなら、見合う男になりなさい。なれた時はタカ君のお嫁さんなってあげる』

 その約束を護るため、その日から隆哉という男は一変した。前向きに物事を捉えるようになり、剣道や勉強にもすごく力を入れた。

『過去や他人は変えられないけれど、未来と自分は変えられる』という言葉も、元々は姉ちゃんが悔し涙を流した隆哉を抱きしめながら教えた言葉だ。

 その後、小太りだった体型は、中学に入り背が伸びると剣道で鍛えた身体と相まってスラリとしたモデル体型に。元々悪くなかった顔も中学の剣道部引退と共に坊主刈りを脱却(部内で強制ボーズになった時、姉ちゃんは激怒した)してからキチンと手入れされ、ますます磨きが掛かった。

 似たような学力故(努力している隆哉の背中を見て、僕の学力も引き上げられたのは間違いない)に僕らは二人揃って姉ちゃんと同じ南高生となった。

 その一年後、ふたりは正式にお付き合いを始めた訳なのだが……


「進展しろよ少しは!」

 思わず僕が口にしてしまうのも仕方ないだろう。

「「春樹(ハル)に彼女ができたらね(な)」」

 とまぁ、毎回この調子である。

 僕は涼しいを超えて肌寒くなってきたので、ベッドから立ち上がって窓を閉めると、衣装ケースから明日着ていく服を選び始めた。

「あれ、春樹、明日どっか出掛けるの?」

「うん、まぁ午前はバイト入ってるから午後からなんだけどねー」

 姉ちゃんが聞いてきたので、あらかじめ用意していた不自然でない回答を返す。

「みゆちゃん、あれってデートかな?」

「え、なんで?」

 ふたりがひそひそと怪しい会話をし始めた。

「だって神田とかと遊びに行くだけなら、前日から服選びなんかしなくない?」

 その言葉に、衣装ケースに突っ込んでいた手が止まる。おい隆哉よ、お前は僕の親友だが、そういう察しが良すぎる所は嫌いだ。

「なるほど〜」

 ほらみろ、姉ちゃんがポンっとマンガみたいに握りこぶしを縦にして手のひらに当てているではないか。

「えっ、いやそのっ……」

 振り向けば既に虚んな目付きで、両手をこちょこちょと動かしている姉の姿が目に入る。

「すまんな」

 隆哉は謝りながら僕の脇に手を入れ、身動きが取れないように拘束した。

「た、タカっ、このっ裏切り者め!」

 その後、姉ちゃんによる波状くすぐり攻撃に笑い転げた僕は、全てを白状する事になる。

 全てを聞き終えた姉ちゃんが発したのは、「明日の夜はお赤飯ね!」だった。

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